Vtuberになったはいいものの彼氏ができて困っている

噫 透涙

耳舐めのシレン

個人勢Vtuber、めろめろ天使系の染織なでしこは、小規模ながらもチャンネル登録者数450人の活動者だった。

路線としてはガチ恋営業の、ASMR配信がメインである。

デビューから二ヶ月でこの伸びっぷりは正直気持ちが良く、収益化もすぐそこまで来ていた。

ただ、一つ大きな問題が発生した。

彼氏ができてしまったのだ。

なでしこは普段百貨店の高級ブランド店の接客販売員をしており、言葉遣いには日頃から気をつけていた。それが幸いであったか、趣味で文通をしていた男性と意気投合し、会うことになった。

最初は雑誌の投稿で彼のことを知った。

なでしこは仕事柄、知識と教養が求められるため、その補填にといろんな雑誌を買い読み漁っていたのだが、彼の投稿した小説を読み終わった後にいてもたってもいられなくなり、ファンレターを送った。

彼も初めてのファンレターに相当喜び、返事をくれた。そこから文通しようということになった。

二人とも都内に住んでいたので会うことは簡単だった。

初めて顔を合わせ、適当な店で食事をし、夕方に別れた。

これがまた良い時間だったので、すぐに気持ちをしたため、手紙を出した。彼も手紙をすぐに送ってきたので行き違いになったりもしたが、今度は直接会って手紙を交換することにし、その流れで交際をすることになった。

だが、なでしこには秘密がある。

それはめろめろ天使系Vtuber染織なでしこであること。

もしファンに恋人ができたと知られると、コンテンツからの離脱は激しいだろう。

とはいえ、隠すことができるほどなでしこは冷静ではなかった。

なでしこは彼を心底好きになってしまっていた。彼もなでしこを猫かわいがりして、ついに泊まりで会うようにもなった。

なでしこの部屋は機材であふれているので、彼の家に行っていたが、とうとう彼を家に上げることになった。

なでしこの家は一人暮らし用のワンルーム。機材を隠す部屋はない。ダミーヘッドマイクなどを見られたら、怪しまれてしまう。

緊急的に貸倉庫を借り、機材をそこに移した。やや手間ではあるが、確実に隠し通せるはずだった。

そして彼も特に怪しむことなく、楽しいひとときを過ごした。

なでしこは配信は続け、ついに収益化を達成した。

濃厚なファンたちからスパチャを送られ、サイトに差し引かれた額が懐に転がり込んできた。だが。

ガチの彼氏がいるのに、見ず知らずのファンに「好きだよ」「愛してるよ」などと囁くのはいささか、とてつもなく抵抗があった。

耳舐めASMRが特に人気で、吐息を吐いたり、リップ音を混ぜ込んだり、それはそれは濃いコンテンツだった。

もし彼に知られたら、嫌われる。

しかし、今更清楚系に路線変更をしてもやっていける自信はない。

なでしこは彼に探りを入れてみた。

Vtuberは好きか、と。

彼は大手の商業タレントなら見た目だけは広告で見たことがある程度。アニメのキャラクター程度と思っていた。

まだVtuber界隈に馴染みがあれば説明も可能だったかもしれないが、まず彼は耳舐めというジャンルがあることすら知らない。

しかも恋人がネット上の男に甘い言葉を囁いていることなど、到底理解は得られないだろう。小遣い稼ぎと言えばまだ聞こえはいいが、そもそも耳舐めをして発展したアカウントである。収益化前からやっていたことだ。趣味で耳舐めをしているなど、変態だと思われてしまう。

そもそもなでしこが耳舐めASMRに手を出したのは、欲しかったダミーヘッドマイクを知り合いのVtuberに譲ってもらい、試しに耳舐めをやってみたら、ウケてしまったというところから始まる。

増えていく数字に快感を覚え、もう引き返せなくなっていた。

いっそ活動をやめるか。だが一度覚えた味は忘れられない。

転生と呼ばれる、アカウントもチャンネルも変え、初期の状態から再スタートすることも考えたが、なでしこにはトークスキルがなく、ゲームもすぐに飽きてやめてしまうし、歌も歌えず、残ったのが耳舐めだったのだ。

譲ってもらったマイクがとても良いものだったので、素人のなでしこでもそこそこのクオリティが出せたのである。

普段声を作って配信しているが、あまり長くやると喉を傷めてしまい、仕事に支障が出るので、雑談配信もあまりしない。

もはや耳舐め以外の道はなかったのである。

彼と付き合っていくうちにだんだん気が緩んで、ついに匂わせに近い投稿を繰り返すようになり、それを数分で削除するのまた繰り返し。

だが、一度SNSに載った投稿は簡単に消えない。ついに匂わせのスクリーンショットを魚拓にされ、「彼氏いるんじゃないか説」がファンの中に漂うこととなった。

一部のファンは掲示板で染織なでしこの推し語りを日常的にやっていたのだが、「彼氏いるんじゃないか説」に敏感に反応して、アンチに反転。

配信のコメントも荒れに荒れ、対処できなくなった。

さらには過去に別動画サイトで顔出し配信していた頃のアーカイブが出回り、顔も割れてしまった。

一連の騒動でチャンネル登録者は逆に急増し、掲示板に書き込まれるほとんどのコメントはアンチによるものとなった。

幸い恋人である彼は掲示板やSNSを見ないので、この炎上などは全く知らないのだが、なでしこへの誹謗中傷は絶えず行われ、なでしこ本人が耐えきれなくなった。

ある日彼に八つ当たりをし、話し合いの末別れることになった。

なでしこは染織なでしことしての活動を終了し、新たなアバターを纏って、カメラで胸元を映しながら料理配信などをした。

ガチ恋路線は相変わらずで耳舐めも再開していたが、耳舐めというものに固有差は少なく、かつて染織なでしこであったことはバレなかった。

やがて露出が過激になり、メインで活動している、成人向けの表現に規制のある動画サイトにチャンネルを消去されてしまった。

あらたに成人向けサイトに登録し、有料会員のみが視聴し投げ銭をできるシステムに組み直し、活動を始めた。

もうそろそろ33歳。これで合っていたのだろうか。

結婚どころか、恋人とも上手くいかず別れ、相手にしているのは性欲盛りの養分でしかない視聴者。

仕事は続けているが、だんだん同僚とも話が合わなくなり、お客様にも相手にされなくなった。

日頃から配信で得る快楽だけを考え、企画を練り、その中で高級ブランドの接客販売をやるというのは無理難題である。

もちろん、日進月歩の業界での勉強もしていない。

配信を終え、ふと鏡を見た。

そうか。お客様に相手にされなかったのは、こんな顔をしていたからか。

目をとろんとさせ、頬が上気し、息を荒くさせ、果てにはサービスと言いつつ、びちゃびちゃになった股をまさぐりその水音を垂れ流す。

それを長くて5時間やったり、ずっと声を作り続ける。

潰れた喉で鼻にかかった甘ったるい声が常となり、接客をすれば見限られるのも当然と言えよう。

見かねた上司に事務に回された。パソコンスキルはあっても、計算ソフトに関してはさっぱりなので、研修から始まる。当然給料も激減。

ただ、ファンからの「お布施」があるので、十分に食べていける。

それでいい、と思うことしかできない。


昔文通をして知り合った恋人を思い出した男は、彼女の不可解な言動が引っかかっていた。

どうやら彼女は仕事か何かで辛いことがあったらしく、ある時から強く当たってきた。

今思えば接客業なのだから、クレーム対処もあっただろう。

それにしてはひどく精神が不安定で、気分のいい日もあれば、やけになって酒をあおることもあった。

酒に酔って寝ている時に「好きだよ」「愛してる」と、やけに甘ったるい声で囁いていたので、不気味であった。

今の妻はそんなことはない穏やかな人だ。

妻はダミーヘッドマイクという、バイノーラルマイクを使って、ASMR動画を作っている。元々6万円くらいのものを使っていたのだが、奮発して100万円代のマイクを買い、知り合いに安い方のマイクを譲ったのだという。

マイクの種類は豊富にあり、ダミーヘッドマイクのみならず、いろんな機材を使って、スライムを握ったり、キーボードを打ったり、そういった音(トリガーというらしい)を収録して繋げて、投稿している。

マイクを変えてからは劇的に音質がよくなり、今やチャンネル登録者数は100万を越している。

顔出しは一切しておらず、その代わり手を見せることが多いので、得た収益でネイルサロンに通って動画にネイルを映している。

こういった活動は応援していて、収益はすべて妻が管理している。

かつて文通で知り合った彼女は、確かブライダルジュエリー店で働いていたはずだが、結婚はしたのだろうか。

自分より素敵な男性を見つけられただろうか。

当時の彼女を支えられなかったことは後悔しているが、今の妻と出会って後悔はしていない。

だが、最近になって、妻も寝言で甘ったるい声を出すことがあるということを発見した。舌足らずで歯の抜けたような、アニメの女の子が出すような声だ。

元々こんな声ではないのだが、妻は昔ぶいちゅーばーというものをやっていたらしいので、きっとその影響だろう。

妻がぶいちゅーばーだった頃を知らないが、自分はそんな妻も愛している。

愛した人がどんなことをやっていたとしても、すべてを受け入れる覚悟がある。

そんな妻の寝顔を見ながら飲む酒は上手い。いつか甘ったるい声で囁かれてみたいものだ。

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