シルバーコードが、ぼくらをつなぐ
「太郎。これ」
学校の帰り道。
石輪さんが、ぼくに小さな包みを差し出してきた。
なんか……すごくおしゃれな感じ。
そっか。
今日は、2月14日。
バレンタインデーだ。
「あ、ありがとう……」
「ん? 太郎、ひょっとして嬉しくない?」
「いや、こういうの貰うの初めてだから、一体どうしたらいいのか……」
「まぁ、でも、こういうの、私たちには必要ないよね。なにしろ私たちは、ほら、『運命の赤い糸』で結ばれてるから」
石輪さんが、ぼくの手を握ってくる。
いつもの、あたたかい彼女の手。
「『運命の赤い糸』……それって、金星にもあるの?」
「ううん。ないよ。たぶん地球人が言ってるのは、アストラル投射におけるシルバーコードみたいなもののことだと思うんだ。あれ、角度によっては、赤く見えるから」
「な、何、それ?」
「見てみる?」
石輪さんが、スチームパンクのランドセルから例のゴーグルを取り出す。
ぼくに手渡してきた。
それをかけ、ぼくは自分と石輪さんの手を見つめる。
「な、何だ、これ……」
ぼくの手のひらの真ん中から、一本の管のようなものが伸びていた。
銀色だ。
一体、何メートルあるんだろう?
それはロープのように長く、ぼくたちの足もとでトグロを巻いている。
これが、その……シルバーコード?
ぼくはそのコードをたぐり、その先を見てみる。
ぼくの手のひらから伸びたコードは――石輪さんの手のひらに繋がっていた。
『運命の赤い糸』って、これか……。
うわぁ……初めて見た……。
「石輪さん、ぼく、なんかすごいものを見たよ……」
ぼくは石輪さんに言った。
だけど石輪さんは――その場で、ものすごく大きく目を見開いていた。
かなり、衝撃を受けている感じだ。
「あの……どうしたの、石輪さん?」
「コ、コードが……コードが、前より細くなってる気がする……」
「え?」
「ねぇ、太郎? 私、何か足りないものがある?」
「足りないもの?」
「そう。何か、私に、不満に思ってることはない? 私のこと、前より好きじゃなくない?」
「そ、そんなことはないけど……」
石輪さんがぼくから手を離し、真顔を向ける。
「私、今から色々調べてくる」
「え?」
「これは一大事だよ!」
「一大事……」
「いい、太郎? 私のことを好きでいて。太郎に捨てられたら、私、もうどうしたらいいのか……」
「いや、捨てるとか……」
いきなり、石輪さんがぼくに抱きついてきた。
ものすごい力で、しがみついてくる。
「私は絶対……ずっと太郎の彼女でいる! だから捨てないで! お願い!」
「いや、だから、ぼくは……」
「大好きだから!」
そう告げると、石輪さんはその場から一気にダッシュした。
少し、泣いていたように思う。
な、何なんですか?
ぼくは、その、何もしてないんですけど……。
ぼくがぼう然と立ちつくしていると、後ろに誰かの気配を感じた。
振り向くと――そこには一人の男性が立っている。
「た、太郎先生……」
なんか可哀想になるくらい負け顔で、彼が言う。
鶯岬高校の制服を着た、水島さんだった。
〇
「太郎先生は、その、亜季さんにチョコを貰われたのですね……」
ぼくと水島さんは、帰り道を並んで歩いていた。
水島さんは、なんだか絶望した顔で、さっきからぼくの手の中にあるチョコを見つめている。
「は、はぁ……でも、あの、水島さん」
「はい? 何でしょう?」
「なんで、その、さっきから敬語なんですか?」
「身分が違います。たしかに私の方が年齢は上ですが、男としては太郎先生の方がステージが上です」
「やめてくださいよ。いつも通りにしてください」
「おれは、すねてるんだよ、太郎。どうしようもなく、すねているのだ……」
「すねて……水島さん、こ、高校生ですよね?」
「少し話でもするか。そこのコンビニに寄ろう」
ぼくたちはすぐ近くのコンビニに行き、ジュースを買って、駐車場で飲んだ。
水島さんがおごってくれた。
「なぁ、太郎……亜季さんは、可愛いよな……」
「は、はぁ……」
「ぶっちゃけ亜季さんは、そこらへんのアイドルより可愛い。あんなキレイな子のハートを射止めるとか、お前、もしかしてあれか? 魔術師か何かか?」
「なんで魔術師なんですか……」
「まぁ、でも、やはりお前には何かものすごい魅力があるんだろうなぁ……」
「いや……そんなことは……」
「謙虚だ。やはりそういった謙虚さが、おれには足りない。だから幸運の女神は、おれにそっぽを向いていくんだ……」
「どうしたんです? めちゃくちゃネガティブじゃないですか?」
「そりゃあ、ネガティブにもなるさ……」
水島さんが、空を見上げる。
ぼくも同じようにそうした。
空は、まるで今の水島さんのように少し曇り気味だった。
「おれは今、恋をしてる……」
「え?」
「LOVEをしてるんだよ」
「LOVEを……」
「来た。あの子だ」
水島さんが、声をひそめる。
彼の視線の先で自転車を止めたのは……一人の女子高生だった。
「
ぼくは、渡辺夏帆さんを見る。
渡辺さんは……金星人の石輪さんや運よく神様に見つけてもらった圭子ちゃんと同じくらい美少女だった。
いや、彼女たちとは、まったく違った魅力もある。
めちゃくちゃ大人っぽくて、セクシーだ。
「水島さん……」
「ん?」
「ヤバいです。めちゃくちゃ美人じゃないですか」
「やはりお前もそう思うか……」
「もうコクッたんです?」
「バ、バカ。コクるわけないだろ」
「え? なんでです?」
「自分でもわかってるんだ。おれには、ちょっと無理すぎる……」
ぼくたちは、自転車を降りてコンビニに入ろうとする渡辺さんを目で追った。
その時――渡辺さんが、ふとぼくたちを見つけ、足を止める。
「あれ、水島くん?」
彼女が、ぼくたちの方に歩いてきた。
水島さんが、一瞬にして、キリッとした顔つきに変わる。
「やぁ、渡辺さん。今日もこのコンビニで、ジョブっちゃうの?」
え……。
な、何を言ってるんだ、この人……。
その、取ってつけたような爽やかさと、ミョーな言葉のチョイス……。
だが渡辺さんは、そんな水島さんに慣れているのか、肩をすくめ、笑顔で返してきた。
「うん。そう。今から二時間、労働するんだ」
「大変だね。感心だ。仕事に向き合ってる女性は、いつだって美しい。きみは今日も輝いてるよ」
「ありがとう。で、えっと、そっちの彼は?」
「あぁ。近所の子で、おれの弟分・太郎だよ。そこでバッタリ会ったから、ジュースを奢ってるとこ」
「そっか。やさしいね。よろしく、太郎くん」
渡辺さんが笑顔で言ってくれる。
ぼくは「ど、ども」と頭を下げた。
「それじゃあ私、仕事してくるね。バイバイ、太郎くん。水島くんも」
「あぁ。お仕事、がんばって」
渡辺さんが軽く手をあげ、ぼくはお辞儀をする。
クールな眼差しで彼女を見送り、水島さんがその場にしゃがみ込んだ。
顔が、死にそうになっている。
「ヤバすぎだろ……今日も可愛すぎるだろ、夏帆さん……」
「あの、水島さん」
「あ? 何だ?」
「その、もしかして……水島さんって、渡辺さんに接する時、いつもあんな感じなんですか?」
「そうだが?」
「お言葉ですけど……やめた方がいいと思います」
「は? 何でだよ? クールでカッコ良かっただろ?」
「いえ、あの……すごく……不思議な人って感じです……」
「不思議な人? いやいやいや。太郎、今のはイケメンのふるまいだぞ? モテる男のマナーと言うか――」
「水島さん、モテてないんですよね?」
「……」
「生意気ですけど……水島さんは、水島さんのままでいいと思います。水島さんは素晴らしい人です。ぼくはそれを知っています。だからその、裸の自分で、渡辺さんにぶつかっていけば――」
「太郎」
「はい」
「お前はまだ子どもだからよくわからないかもしれないが……裸で彼女にぶつかったら、おれは通報されるぞ?」
「誰がそんな話をしてるんですか……」
その時、いきなり誰かがぼくに飛びついてきた。
ギュッと抱きしめてくる。
「太郎!」
ぼくに抱きついてきたのは――石輪さんだった。
彼女は股の間にぼくの体をはさみ、コアラみたいにしがみついている。
ぼくと水島さんは、そんな彼女にあっ気にとられた。
〇
「太郎! 私の見間違いだった! 私たちのシルバーコードは、前より逆に太くなってたよ!」
「あ、そ、そう……それは、良かったよ……」
「何? 嬉しくないの? 私は太郎のこと、こんなに好きなのに!」
「いや、石輪さん。好きとか、今、そういうのは……と、隣に、水島さんが……」
そこで初めて、石輪さんは水島さんの存在に気づいた。
「あ……」
そうつぶやき、彼女がようやくぼくから体を離す。
「こ、こんにちは、水島さん」
「あ、亜季さんは、その……ものすごく、太郎のことが好きなんですね……」
「はい。大好きです」
「太郎……お前はいいなぁ……こんな可愛い彼女がいるなんて……」
「ん?」
突然――石輪さんが、水島さんを見つめる。
それはものすごい目つきだった。
まるで水島さんの顔に、何か見たこともない虫でもくっついてるみたいな表情だ。
水島さんも、そんな石輪さんにめちゃくちゃ戸惑う。
「あ、あの、亜季さん? な、何でしょう?」
「水島さん」
「は、はい?」
「あなた――ウソついてません?」
「ウソ?」
「うん。間違いない。水島さん、あなたはウソをついています。ウソはあなたの人生を良くない方向に導く。今すぐやめた方がいいですよ」
「あ、亜季さん。それは、一体……」
「いいですか、水島さん? あなたがカッコつけて誰かに愛されても、相手が愛したのはあなたではない架空の誰かです。そんなのであなた、幸せですか?」
「え、えぇっと……」
石輪さんが、コンビニのガラスの向こう、店内に視線を向ける。
中で働いている渡辺さんを見て、さらに続けた。
「なるほど。あの女性ですね。すごい美人じゃないですか」
「た、太郎……亜季さんはひょっとして、何か、こぉ、超能力的なものを……」
それについて、ぼくは何も答えられない。
石輪さんは、さらに水島さんに続けた。
「ねぇ、水島さん。よく聞いてください」
「は、はい」
「あなた、カッコ悪いですよ」
「え……」
「実際のところ、あなたには何の取り柄もありません。勉強もできない、スポーツもできない。おそらく社会に出ても、それほど大したことはないでしょう」
「そ、そんな、ハッキリ……」
「でも人生なんて、そんなことでは絶対に決まりません。あなたは幸せになれる人です。私にはわかります」
「は、はぁ……」
「わかったら――私の分のジュースを今から買ってきてください」
「え? 亜季さんの分を、ですか?」
「はい。正直に、ウソをつかず、ダメな自分を彼女の前でさらけ出してください。大丈夫。あなたの気持ちは、まっすぐに彼女に伝わります。さぁ、行ってきて」
「え、でも……」
「早く行きなさい! あなた、幸せになりたくないの? 私、オレンジの、シュワシュワなやつね!」
「は、はい!」
石輪さんに鋭く言われ、水島さんが慌てて店内へ入っていく。
それを見送り、ぼくは彼女に聞いた。
「い、石輪さん。なんで水島さんに、そんな、ジュースを買いに行かせるとか……」
「ほら、見て――」
石輪さんが、コンビニのガラスに近づき店内を見る。
ぼくは、彼女の隣でそれを見た。
水島さんが、石輪さんに頼まれたジュースを持ってレジに立っている。
接客してるのは、渡辺さんだ。
渡辺さんは、とてもやさしい笑顔で水島さんと向き合っていた。
水島さんも、なんだか普段と同じ顔で、彼女と笑顔で会話をしている。
試しに、ぼくは頭に乗っけていたゴーグルを目にかけてみた。
そしてそれを見て「え……」と目をこする。
水島さんの手から伸びる銀色のコードと、渡辺さんの手から伸びるコードが……つながっているように見えた。
「自分を偽らなければ、上手くいくんだよ。偽るから上手くいかなくなる」
「水島さんと、あんな美人が……銀色のコードでつながってる……」
少しの間、ぼくたちはそんな二人を見守った。
やがて彼らは手を振り合い、水島さんがコンビニから出てくる。
石輪さんにジュースを手渡しながら、彼が言った。
「亜季さんの言う通りだったよ! なんか、今、すごく良い感じで、夏帆さんとお話ができた!」
それは水島さんの、ずっと昔に見たことがある笑顔だった。
まるで、ぼくたちと同じ歳みたいな感じ。
うん。
水島さんは、やっぱカッコつけない方がカッコいいです。
ぼくは、そう思いますよ。
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