ラブホテル城の愛のカケラ
「太郎くん」
商店街で石輪さんと別れ、一人で道を歩いていると、ぼくは後ろから誰かに声をかけられた。
振り向く。
そこに立っていたのは――ものすごく可愛い女の子だった。
女の子……そう、女の子だ。
元・圭太。
ついこないだまで男だったのに、神様に見つけてもらい、女の子に作り変えられた友だち。
今では、なぜか名前が変わっている。
「圭子ちゃん……」
「何してるの?」
「ま、まぁ、用事の帰り道って言うか……」
「いっしょに歩いていい?」
「う、うん……」
ぼくは、圭子ちゃんと歩きはじめる。
石輪さん以外の女の子と、二人で歩くのは初めてだ。
なんか、緊張する。
いや、こいつはもともと友だちの圭太だったんだけど……。
「今日、石輪さんは?」
「あぁ、さっきまでいっしょだったよ。だけど彼女、何か用事があるって帰っていったんだ」
「ねぇ」
「ん?」
「太郎くんは、その……石輪さんのこと、どのくらい好き?」
「え?」
「死ぬほど好き?」
「死ぬほどって……ま、まぁ、そういうのはよくわかんないけど、彼女は大切な存在だよ」
「私は、太郎くんのことが大好きなんだけど」
「は、はぁ……」
いきなり、圭子ちゃんがその場に立ち止まる。
少しホホを赤らめながら、続けた。
「太郎くん、昔、私がいじめられてた時によく助けてくれたよね? 仲間外れにされた時も、太郎くんだけは、いつも通りに話しかけてきてくれた」
「そ、そういうこともあったかなぁ……」
「だからその頃から、私、太郎くんのことが大好き……」
そうか……。
神様に体を作り変えられても、記憶はそのまま、女の子バージョンで引き継がれるんだ。
まぁ、でもたしかに、誰かが太郎をいじめてても、ぼくが太郎をいじめることはなかったな……。
「でもぼく、今、石輪さんと付き合ってるから……」
「ねぇ。石輪さんが帰ったんなら、今は太郎くん、ヒマなんでしょう?」
「ま、まぁ、ヒマと言えば、ヒマだね……」
「だったら――今から私に付き合ってくれない?」
「付き合うって、どこに?」
「ずっと気になってる場所があるんだ。一人で行くのは怖いから、太郎くん、ついてきて」
ぼくは街の時計を見上げる。
まだ昼の2時だ。
この時間に家に帰っても、まぁ、ヒマだろうな……。
「わかった。いいよ。で、どこに行くの?」
〇
圭太、いや、圭子ちゃんに連れてこられたのは、街の中心から少し離れた場所だった。
それほどにぎやかではない、人通りが少ないところ。
多くのマンションが立ち並ぶエリアに、たった一つ、なんだか不思議な物が立っている。
何と言うか……西洋のお城みたいな建物だ。
もちろん、本物ほど大きくはないけれど。
だがその城は、完全に閉鎖されていた。
『立入禁止』の札と鎖が、入口にダラリと垂れ下がっている。
「私ね、ずっとこのお城が気になってたの」
「こ、ここは一体、どんな城なんだろう?」
「たぶん、ここ、ラブホテルっていうんだ」
「ラブホテル……愛の旅館……旅館なのに、このルックス?」
「ロマンチックな演出なんだろうね」
「なんか、めちゃくちゃ古い感じだけど……」
「誰かに聞いたことがあるんだけど、ここ、昭和からあるらしいよ」
「昭和……」
「昭和の恋人たちが、愛を語り合っていた場所なんじゃない?」
「愛は――どこで語っても同じなんじゃないかな?」
「違うよ。ここはね、男の人と女の人がエッチなことをする場所なんだ」
「え……」
ビックリして、ぼくはその城を見上げる。
こ、ここが……男の人と女の人がエッチなことをする場所……。
な、なんで?
なんでわざわざ、こんな城に来て?
って言うか、エッチなことって、何をするの?
「で、圭子ちゃん、ここに来たかったんだ」
「うん。一度、この中に入ってみたかった」
「入っちゃダメだろ。ここ、立入禁止って書いてある」
「今は昼間だし、少しくらいはいいんじゃないかな? さ、行こう」
ムリヤリに、圭子ちゃんがぼくの手を引っぱっていく。
ぼくはそれについていくしかなかった。
〇
ラブホテル
めちゃくちゃ古くて、荒れまくっている。
中のあちこちにガラス片や瓦礫が落ちていて、完全に廃墟状態。
おまけに室内のガラス窓全部が、なぜかピンク色をしている。
だから外から入ってくる光は、屋内をピンク色に照らし出していた。
何と言うか、とてもあやしい雰囲気だ。
「すごいね、太郎くん。廃墟マニアが大喜びしそうな場所だ」
「廃墟マニアは、実際ここに来たんだろうね。だからこんなに荒れてるんだ」
圭子ちゃんが、あちこちのドアを開けて、中を確認しはじめる。
一階は、全部で十部屋くらいあった。
外から見るラブホテル城は大きかったが、さすがに十部屋もあると、一階はせまく感じる。
各部屋の隅には大きなベッドが置かれていて、そこには雨もりに汚れた布団が敷かれたままだった。
なんだか、とても不気味だ。
「今は誰も使ってないんだな……」
「ホテルがつぶれて、誰かに手放そうにも売れなかった。そして放置。そんな感じだね」
「もったいないなぁ。せっかくこんな立派な城なのに……」
「外観とかより、ここで行われていたことの方が問題なんじゃない?」
「ここで行われていたこと?」
「だからエッチなことだよ。ここでは、色んな男女が、色んなエッチなことをしてたんだ」
「ぼ、ぼくには、よくわからないけど……なんか、そう言われると、めちゃくちゃすごい感じがするなぁ……」
「二階に行ってみよう!」
圭子ちゃんがそう言って、またぼくの手を引っぱる。
ぼくたちは、二階への階段を上がった。
二階へ到着すると、そこはやっぱり一階と同じだった。
汚れた廊下、ガラスの破片や砂、あちこちにゴミが散らばっている。
なんだかお化け屋敷みたいな雰囲気だ。
ぼくは、少し怖くなる。
だけど圭子ちゃんは、とても楽しそうに二階の部屋を次々と開けていった。
ぼくはそれに付き合うしかない。
そして二階の部屋のほとんどを確認し――残るは一番奥の部屋だけになった。
「ここが最後の部屋か……」
「見て、太郎くん。ここだけ、とても立派なドアだ。たぶんここが、このラブホテルで一番料金が高かった部屋なんじゃない? まるでこの扉を開けたら、向こうにお姫様でもいそうな感じ」
「ラブホテル城のお姫様の部屋か。中は一体、どんな感じなんだろう?」
「きっと他の部屋より、めちゃくちゃ豪華なんだよ」
「だろうね。見てみたいな」
「見てみよう」
圭子ちゃんが、一番奥の部屋のドアに手をかけた。
このラブホテル城で一番高そうな、お姫様の部屋。
一体、どれだけ豪華なんだろう?
ゆっくりと、そのドアが開かれていく。
「え……」
次の瞬間、ぼくは完璧に言葉を失った。
圭子ちゃんも「あれ?」と同じように驚いている。
そこに座って何か作業のようなことをしている女の子が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
いつもの、冷静な感じで口を開く。
「どうしたの、二人とも? なんでこんなとこに?」
そう言ったのは――石輪さんだった。
〇
「そっか。圭子ちゃん、ずっとここが気になってたんだ」
ぼくたちの話を聞いて、石輪さんが言った。
ぼくは――石輪さんがフツーなのが、少し怖い。
だって、ついさっきまで石輪さんといっしょにいたのに、彼女と別れてから、ぼくはあっさり別の女の子とこんなところに来てしまったのだ。
まぁ、別の女の子と言っても、元・圭太なんだけど……。
圭子ちゃんが、石輪さんに聞く。
「でも石輪さんこそ、こんなところで何してるの?」
「ちょっとした宝探しだよ」
「宝探し?」
「こういうところにはね、たくさん落ちてるんだ」
「落ちてる……何が?」
「愛のカケラ」
「愛の、カケラ?」
「見てみる? フツーの人には見えないけど、圭子ちゃんなら見えるかもしれない」
そう言って石輪さんは、そばにある例の歯車ランドセルから、二つのゴーグルを取り出した。
この間の田んぼの時と同じだ。
ぼくと圭子ちゃんは、それを受け取り、かけてみる。
すると――このラブホテル城の床の上に、たくさんの小さな石が転がっているのが見えた。
赤、青、黄、緑、透明。
様々な色をしている。
さっきまでは見えなかったけれど、ぼくたちの足元にはこんな宝石たちが散らばっていたのだ。
「これは……」
ぼくがぼう然とつぶやくと、石輪さんが薄っすらとほほ笑む。
「かつてこの場所で過ごした、恋人たちの愛のカケラだよ。中には結婚した人もいるだろうし、別れた人もいる。だけどここで愛し合った時の二人の感情のカケラは、今もここに残ってるんだ」
「感情の、カケラが……」
「すごくない、太郎? 人が本当に心から愛し合った時、人体から見えない宝石が生まれるんだ。それはそれは美しいものだよ」
「石輪さんは、これを拾いに?」
圭子ちゃんの言葉に、石輪さんが頷く。
「そう。実は私も、このお城が前から気になってた」
「集めて、どうするの?」
「単純に、キレイでしょ? 家の周りに置いとくと、お日様の光でキラキラと輝くんだよ」
「これを庭石にするってこと?」
「そう。ウチの周りを、愛のカケラでいっぱいにするの」
それを聞いて、圭子ちゃんが、なんだかワクワクした表情を浮かべる。
「石輪さん、これ、私も持って帰っていい?」
圭子ちゃんが、床に落ちている宝石を拾い上げ、楽しそうに見つめる。
圭子ちゃんは……やっぱりとても美人だ。
元が圭太だと知らなかったら、ぼくだって気になっていたかもしれない。
そんな圭子ちゃんに頷き、石輪さんがランドセルからビニール袋を取り出す。
それを、圭子ちゃんに手渡した。
二人して、楽しそうに宝石を拾いはじめる。
何だろう、この状況……。
でもぼくは仕方なく、二人の作業を手伝った。
〇
夕方になると、ぼくたちはラブホテル城を出た。
帰る方向が違うので、ぼくと石輪さんは、その場で圭子ちゃんと別れる。
圭子ちゃんはなんだかとてもうれしそうに、愛のカケラが入ったビニール袋を持って帰っていった。
それを見送り、ぼくたちはゆっくりと家に向かって歩きはじめる。
「あの、石輪さん。なんか、ごめん……」
「なんで謝るの?」
石輪さんが、ぼくを見つめる。
どうしたらいいかわからないので、ぼくはただ下を向いた。
「だって、その……いくら圭太、いや、圭子ちゃんとはいえ、石輪さん以外の女の子とあんなところに行っちゃったから……」
「どうせ太郎は、彼女にムリヤリ連れてこられたんでしょう?」
「ま、まぁ、ムリヤリって言うか……」
「仕方がないよ。だって圭子ちゃんは、もともと圭太くんだもの。女の子になる前は、太郎の友だちだったわけだし」
「うん、まぁ、そうなんだけどさ……」
「でも、今日は大量に取れたな。太郎と圭子ちゃんがいたから、思った以上に作業がはかどった」
「それは良かった」
「ねぇ、太郎」
「ん?」
「この愛のカケラを作ったカップル、一体どのくらいの人たちが結婚したと思う?」
「どのくらい……うーん、どのくらいなんだろう?」
「愛のカケラを作るのはね、実はとても簡単なんだ」
「そうなの?」
「うん。だって誰かのことを好きになれば、すぐに作れるんだもん」
「まぁ、そうなのかな……」
「でも――」
石輪さんが空を見上げる。
ぼくも、同じようにそうした。
白い月が、ぼくたちを見下ろしている。
「愛のカケラってね、作り続けることの方がむずかしいんだ」
「……」
「太郎」
石輪さんが、歩きながらぼくの手を握ってくる。
とてもあたたかい、石輪さんのいつもの手。
「私たちは、愛のカケラを作り続けようね」
「う、うん」
「でも――さっきは一瞬、ちょっとムカついたよ」
「え……」
「いくら圭子ちゃんとはいえ……太郎が他の女の子と、ラブホとか……」
「ご、ごめん」
「これは、罰!」
そう言って、石輪さんがぼくの背中に思いっきり飛び乗ってくる。
ケッコー、腰に来た。
石輪さんの足を抱え、ぼくは彼女をおんぶしたまま歩き続ける。
「重い?」
「いや、そうでもない。石輪さん、細いから」
「そんなこと言っても、私はごまかされないからね!」
石輪さんが、ぼくの肩口にアゴを乗せてくる。
なんだか、くすぐったい。
ぼくは石輪さんをおんぶしたまま、しばらくの間歩き続けた。
本当のことを言うと、彼女はちょっと重かった。
だって彼女が背負っているランドセルには、色々な物が入っているのだ。
おまけに今日は、宝石まで詰まってる。
ラブホテル城にあった愛のカケラは、すぐに石輪さんの家の庭石になるだろう。
そしてその夢がすでに終わっていたとしても、かつて生み出された愛のカケラは、永遠に輝き続けるのだ。
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