世界エンジンのリンク
休日――ぼくと石輪さんは、近所の大きな公園を歩いていた。
「散歩でもしない?」と、彼女が電話をかけてきたのだ。
少し曇り気味の昼下がり。
ぼくと石輪さんは、公園内を並んで歩く。
ふと前を見ると、何かが道に転がっているのが見えた。
立ち止まり、ぼくはそれを拾いあげる。
「何だろ、これ?」
ぼくが拾ったのは、一つの大きなネジだった。
古い物なのか、ちょっと錆びついた感じの赤褐色。
サイズは、薬用リップくらい。
電化製品とかに使われるやつじゃなく、もっと大きなメカに使う感じだ。
「あぁ……これ、ヤバいね」
隣から覗きこんできた石輪さんが、けっこうマジな顔で言った。
金星人の彼女がそう言うのだから、これ、ひょっとして、さわっちゃダメなやつ?
ぼくは大いにあわてる。
「ちょ、ちょっと、石輪さん! 拾っちゃったよ! ぼく、触っちゃったよ! 捨てた方がいい? 毒とか、ついてない?」
「そういうのは大丈夫だよ」
石輪さんが、ぼくの手からそのネジを受け取った。
色んな角度から、それを見つめる。
「やっぱり……これ、なかなか珍しい物だよ。フツーはあんまり外れないんだ。何かの拍子に外れちゃったのかな?」
「な、何なの、それ? どこのネジ? 電線とか? 工事系?」
「ううん。世界エンジンのネジ」
「世界……エンジン?」
石輪さんの言葉に、ぼくは首をひねる。
世界エンジン……。
で、それ……何?
〇
「太郎は知らないだろうけど……この世界は、ある程度、世界エンジンによって統制されてるんだ」
「とうせい……」
「行こ」
石輪さんが歩きはじめる。
ぼくは、彼女についていくしかなかった。
ぼくたちの向こうに見えるベンチには、疲れた顔のおじさんが座っている。
前を通り過ぎる時、おじさんの「はぁ……」というため息が聞こえた。
「世界エンジンでとうせいされてるって、それ、どういう意味なの?」
「まぁ、ザクッと言っちゃえば、リンクとカムとギアってとこかな」
「ますます、わかんない……」
「たとえば――あれだよ」
石輪さんが、ぼくたちの横に広がる小さな湖を指さす。
そちらに目を向けると、白鳥のカタチをした足漕ぎボートが浮かんでいるのが見えた。
ぼくらより少し年下の男の子が、なんだか不安そうに自分の足元を探っている。
ペダルの調子でも悪いのだろうか?
「あのボートは、ペダルを踏むことによってプーリーを回転させ、水の上を走る推進力を得る」
「自転車みたいな感じだよね」
「乗っている子が地球、スワンボートが文明、この湖が宇宙だと考えてみて」
「乗っている子が地球……スワンボートが文明……湖が宇宙……」
「あ。ほら、太郎。こっちによけて」
石輪さんが、ぼくの腕を引っぱる。
ぼくたちのそばに、一人のおばさんがやってきた。
「ごめんなさいねぇ」と頭を下げながら、彼女がぼくの足もとのゴミを拾う。
立ち去っていく清掃スタッフのおばさんを見ながら、石輪さんが言った。
「あの人だって、そう。文明のプーリーを回転させるための、一つの部品なんだ」
同じようにおばさんを見送りながら、ぼくは彼女に聞いた。
「それって、つまり人間一人一人は、地球を動かす部品の一つってこと?」
「さすが太郎。小5にしては理解が早いね。その通り。人間の一人一人は、単純に装置の部品の一つなんだ」
さっきのネジを見つめながら、石輪さんが言った。
そんな彼女の横で、ぼくはポツリとつぶやく。
「でも……そういうのって、なんか夢が無いよね……」
「夢?」
「だってそうじゃない? せっかく生まれてきたのに、自分が部品の一つなんてさ……」
「そっか。太郎はまだ、あんまよくわかってないんだね」
「わかってない? 何が?」
湖に沿って、石輪さんは歩いていく。
ぼくたちは、少しずつ湖の端の森に近づいていた。
「じゃあ、太郎が思う、夢がある状態って、どんなの?」
「夢がある状態……うーん……社長になるとか、有名人になるとか?」
「それ、夢があるの?」
「夢……夢……そういえば、よくわかんないね……」
「幻だよ。そもそも夢なんか、どこにも無いんだ」
「夢なんか……どこにも無い……」
「私は太郎に、そんな考えで生きてほしくないな」
ぼくたちは森の中に入っていく。
さっきまでの曇り空が、さらに暗くなった気がした。
おまけに少し、肌寒い。
「地球人って、不思議だよね。何にでも順位をつけたがる。キツくて、誰もやりたがらない仕事をしてる人のことを、みんなダサいと思ってる」
「……」
「ほら、太郎。あれを見て」
石輪さんが、森の左に見える建物を指さす。
公園内にある、公共施設だ。
「建築業の人がいなければ、あの建物はあそこに存在しない。つまり、人々があそこで様々なイベントを楽しむことはできない」
次に石輪さんは、その建物の下を指す。
「警備の人。あの人たちがいなければ、悪いことをしようとしてる人たちの出入りが自由になる。あの人たちがあそこに立っているだけで、
石輪さんの指が、ずっと横にスライドしていく。
黄色いキッチンカーが止まっているのが見えた。
エプロンをした女の人が、ジュースとハンバーガーをお客さんに手渡している。
「接客業。あの人がいるから、ちょっと小腹が空いた人が、その場でおいしい物を食べることができる。彼女が加工してお客さんに提供しているのは、おそらく工場で作られた食品。ライン作業を一生懸命やってる人たちの仕事だ」
次に石輪さんは、その向こうの国道を走る大型トラックを指さした。
「運送業。あの人たちがいるから、私たちは他の土地で作られた物を受け取ることができる。そこには食品や娯楽商品、医薬品や燃料を運ぶ人もいるだろうね。本来ここに存在しない物を、あの人たちは運んできてくれるんだ」
石輪さんが手を下ろし、今度はぼくに顔を向けた。
「わかったかな、太郎? この世界はね、じつに様々な欠かせない歯車で成立しているんだよ」
「欠かせない、歯車で……」
「ひょっとしてあなた、世界は立派な政治家やお金持ちの人を中心に回ってると思ってたんじゃない?」
「もしかしたら、そういう風に思ってたとこもあるかもしれない……」
「そんなことはありえない。地球人ってヘンだよ。この世界をホントに回してきたのは、装置の中にいる、名も無き小さな部品たちなんだ」
森の一番端に到着すると、ぼくは「え……」と目を見開いた。
なんだか見たこともない不思議な機械が、そこに置かれていたからだ。
その機械はジャングルジムくらいの大きさで、プスプスと動いていた。
カタチにはまとまりがなく、ごちゃごちゃとしたホースが機械全体に入り組んでいる。
一体何がどうなっているのか、さっぱりわからない。
まるで色んなパーツを寄せ集めてくっつけただけの、すごいポンコツ感だった。
機械のアチコチからは煙突が突き出ていて、そこから蒸気のようなものがモクモクと漂っている。
周囲に、機械から噴き出した水のようなものが飛び散っているのが見えた。
な、何だろう、これ……。
こんなの、この公園の中にあったっけ?
何かの、イベント?
「これが世界エンジンだよ。基本的にこのメカが、この世界を統制してる」
「これが、世界エンジン……」
「さて、ネジ穴はどこかな?」
石輪さんが、スカートのポケットから何かを取り出した。
赤茶けた、古い感じのゴーグル。
い、石輪さん……もしかしてきみ、いつもそんな物を持ち歩いてるの?
ゴーグルをかけ、ドライバーのような道具を持って、石輪さんが世界エンジンに近づいていく。
ぷふぉ~~~うっ!
石輪さんが近づくと、世界エンジンについたたくさんの煙突が、なんだか可愛らしい音で煙を吐き出した。
何だ、これ?
よ、喜んでる?
もしかして、これ――生きてるの?
「あった。ここだ」
ネジ穴を発見したのか、石輪さんがさっき拾ったネジを、エンジンの奥に差し込んでいく。
ドライバーで、クルクルとネジを回し入れた。
ネジを締め終えると、石輪さんはアチコチをチェックし、他のゆるんだ箇所も調節していく。
「よし。これで大丈夫」
ぷおぷおぷお~~~うっ!
石輪さんが離れると、世界エンジンがかん高い汽笛を鳴らした。
な、なんか、これ……ひょっとしてお礼を言っているのかな?
もしかして……うれしかったり、するの?
「さて。世界エンジンのネジはきちんと調節した。これでしばらくはネジが外れることもないでしょう」
「あの、石輪さん」
「ん? 何?」
「この世界エンジンって、その、生きてるの?」
「生きてるよ」
ぼくのとなりに戻ってきて、石輪さんが首もとにゴーグルを下げる。
世界エンジンが放つ光に照らされた石輪さんは、やっぱりめちゃくちゃ美人だった。
「ほら見て、太郎。さっきのネジを締めたら、なんだか世界エンジンの調子が良くなってきたでしょう?」
「ま、まぁ、たしかに……さっきまでのプスプス音が聞こえなくなったね……」
「世界ってね、こんな感じなんだ。色んな小さなパーツやネジで構成されている。不必要な物なんて、何一つない。それがどんなに無意味に見えても、ダサく見えても、じつは絶対に欠けてはならない大切な一部なんだよ」
〇
世界エンジンの調節を終えると、ぼくたちは元の場所に引き返した。
世界エンジンはしばらくお礼の汽笛をあげていたが、ぼくたちが遠ざかるにつれて、その音が聞こえなくなる。
森を出る前にもう一度振り返ると、あの装置の輝きはもう見えなくなっていた。
「世界エンジンは、その、地球ではこの町だけにあるの?」
「ううん。世界中にあるよ。私が確認してるのは、今のところ日本国内にいくつかだけ」
「国内に、いくつかあるんだ……」
前を見ると、さっきの清掃スタッフのおばさんが、ベンチに座ってお茶を飲んでいた。
通り過ぎる時、ぼくたちは彼女に軽く一礼をする。
おばさんも、ほほ笑みながら礼を返してくれた。
少し離れてから、石輪さんが言う。
「あのおばさんが今飲んでいたのは、世界でもトップクラスのおいしいお茶だ。どれだけお金を積んでも、あれと同じ物は飲めない。一生懸命働いたおばさんに、神様からの贈り物だよ」
「たしかに……なんだかめちゃくちゃ価値がありそうなお茶だったね」
湖の方を見ると、さっきのスワンボートが直ったのか、男の子が軽快に湖の上を走っていた。
「あの子の今日は、きっと良い思い出になる。いつか『そういえばあの時、ボートの調子が悪くて困ったな』って思い出す。あきらめずにペダルを調節したことで、『あきらめなければできるかもしれない』という可能性を学ぶことができた」
ネジを拾った場所に戻る。
さっきため息をつきながらベンチに座っていたおじさんが、ケータイで誰かと話していた。
さっきまでの表情がウソだったかのように、なんだか楽しそうだ。
それを見て、石輪さんが満足そうにうなづく。
「どうやら世界はフツーに回りはじめたみたいだね。太郎がネジを拾ってくれたおかげだ。この世界は順調に動きはじめた」
「ぼくのおかげって言うか、石輪さんのおかげじゃない?」
「そう? なんで?」
「だってぼくはネジを拾っただけじゃないか。世界エンジンのネジを締めたのは、石輪さんだろ?」
「太郎は、まだわかってないなぁ!」
そう言って、石輪さんがいつものようにぼくの腕にしがみついてくる。
「つながりだよ。リンクだ。太郎がネジを見つけてくれたから、私にあのネジが届いた。ネジがなかったら、私だってネジを回せないでしょう? 私と太郎はね、今日、二人で協力して、世界エンジンの調子が悪くなってるのを直したんだ。太郎が欠けていても、私が欠けていても、世界エンジンの調整はできなかったんだよ?」
「そっか……そう言われてみれば、まぁ、そうなのかも……」
「私の彼氏って、やっぱ最高だよ!」
それからぼくたちは、さっきのキッチンカーでハンバーガーを買い、ベンチに座ってそれを食べた。
さっきまでなんだか暗かった空が明るくなり、たしかに世界が正しく動きはじめたような気がする。
「ほら、太郎。口もと」
石輪さんがぼくに手を伸ばし、くちびるの横についていたソースをとってくれる。
それを彼女は、フツーに舐めた。
か、間接キス?
「マ、マジか……」とぼくはホホを赤らめたが、石輪さんはまったく気にした様子がなかった。
太陽の下で、ただ気持ち良さそうにハンバーガーを食べている。
ぼくの彼女は、金星人だ。
彼女といっしょにいると、ぼくはたまに今まで見たこともない物を見ることがある。
でも本当に今まで見たことがないのは、きっと彼女みたいな素敵な女の子だ。
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