八.竜宮城へ

 竜の背にまたがったピーチ少年は、今まさに竜宮へ到着せんとするところだった。竜宮の場所を教えてくれたのはほかならぬ川上妖海の魂が持っていた記憶である。今、ピーチ少年の体のなかには川上ピーチと川上妖海という、二人の超人の魂が宿っているのだ。


 竜宮は海中にあるのか空にでもあるのか、あるいは地球外のどこか別の星にあるのか、それは定かではない。しかし、妖海の記憶を頼りとして空間を進む光の竜は、たしかにピーチ少年を竜宮の方角へと近づけていくようなのである。


 と、竜はまぶしいほどに輝くトンネルに突入した。その先に竜宮があるらしく、次第に周囲は不思議な色を帯びてくる。赤色や、橙色、黄色のサンゴや、緑色の海藻、そして青い海。やはり竜宮は海のなかにあったのだ。その海を突き抜ける形で光のトンネルが延びているのだ。


 ピーチ少年の目の前に豪華絢爛な竜宮城が見えたときだった。フワッと光の竜が空中に霧のごとくに消え去った。ついにピーチ少年は竜宮城にたどり着いたのだ。


 それはおとぎ話や昔話の世界に憧れて以来、初めて目にする本物のおとぎの国であった。浦島太郎が訪れたという竜宮城を、ついにその目で確かめたのである。


「おーい、わしじゃあ、川上妖海じゃあ」


 ピーチ少年の声は川上妖海のそれであった。六十年ぶりにやってきたのだ。せめて声だけでも昔のままで叫んでみたのだった。


 すると奥の方から綺麗な着物を身にまとった女性が現れた。妖海はそれが乙姫であることを知っている。乙姫は年を取らないのか? 少なくとも人間より何十倍、何百倍も長生きする可能性があった。乙姫の姿は妖海が知っているものと何も変わらない、懐かしい姿のままであった。


「今、妖海どののお声がしましたけど……、あら? あなたはどなた?」


 ピーチ少年はそれまでの事の成り行きをわかりやすく説明した。月のウサギの存在など、普通に考えると信じてもらえそうになかったが、この時代の、さらに自らもおとぎ話の登場人物であるような乙姫にとっては、ウサギも、ピーチ少年の大冒険も、すべて信じることのできる、真実の物語なのであった。


 ピーチ少年の長い説明が終わった。


「……というわけなのです。だから、どうしても玉手箱が必要なんです」


「わかりました。ほかならぬ妖海どのの頼みとあらば」


 乙姫は親切にも、ピーチ少年らが元いた時空間までの時空的距離を計算し、玉手箱に煙を収めてくれたので、これを開きさえすればそれでもう、元の場所に帰れることになった。


 ここにピーチ少年は竜宮の土産物として玉手箱を手に入れたのであった。



 ……遥かな時代を超えて戦国の世に現れたピーチ少年。その少年の体には偉大なるご先祖・川上妖海の魂が宿っている。今にして思えば、ピーチ少年が家宝のある納戸に入っているときに地震が襲ってきたことも、それをきっかけとして玉手箱を発見したことも、すべては川上妖海の導きだったのかもしれない。死期を悟った川上妖海の魂が、新しい宿主としてピーチ少年を呼んだのだ。



 玉手箱を手に入れたピーチ少年は、みんなの待つ家までふたたび光の竜にまたがることで急行した。あとは無事、未来へ帰るだけだ。川上家に伝わる言い伝えも、予言の家系図も、すべて自分の手で作り上げたのだ。と、ここでピーチ少年はミスに気がついた。


「しまった! 家系図に自分の名前を記すのを忘れたぞ」


 まあ、いいか。それも未来の歴史のとおりだ――いまや、ピーチ少年のすべてが〝少年ピーチの物語〟を正しく形作るべく作用しているのだ。すべてがバッチリ、決まっているのだ。その事実にピーチ少年は感動すら覚えるのだった。


 川上家に帰り着くと、お母に桃太郎、そして大海が首を長くして待っていた。


「どうだった? 玉手箱は手に入った?」


 お母の問いに、玉手箱を高くかかげてみせるピーチ少年だった。


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