七.竜の出現
ウサギたちが家から去ったあとのことである。
「ところで、玉手箱の問題はどうなったんだ」
桃太郎が思い出したようにつぶやいたとき、ピーチ少年もまたそのことを考えていた。
「よし、玉手箱をもう一つ、もらってこようじゃないか」
その声は川上妖海のものであった。妖海はもう一度、竜神と会えないかと言っているわけである。竜神の背にまたがって竜宮まで行き、そこで土産に玉手箱をもらってこようというのだ。
「わしが竜神を見たのはかれこれ六十年前のことになる」
ピーチ少年は妖海の声で語りはじめた。その話にじっと耳を傾けるのはお母と桃太郎、そして川上大海であった。
特に川上大海は熱心であった。今まで、妖海の口から竜宮の様子など聞いたことすらなかったからだ。妖海が竜宮へ言ったとき、その家族はみな、半信半疑であったわけだから、誰も本気にして、孫の大海に話して聞かせるなどということはしていなかったのである。それが今、子孫のピーチ少年の口を介して、妖海が在りし日の冒険を語っている。色とりどりのサンゴや海藻に飾られた竜宮城の姿というものは、想像するだけで胸躍るものだったのだ。
それにしても都合よく竜神が現れてくれるのかどうか。その点だけがその場にいるみんなにとって気がかりだった。
こんなときに発揮されるのが、ピーチ少年の限界を超えた能力だ。
ピーチ少年は庭に出るといきなり大声で叫んだ。
「出でよ、竜神! そしてわれに竜宮を見せたまえ!」
いくら何でもそれは無茶だとお母も桃太郎も思ったかもしれない。そんなことを叫んだくらいで竜神が現れるというのなら、世界中のどこでも誰もがやっているはずだ。
ところが……!
ピーチ少年の体から妖気が四方八方に向けて発散されると、それは次第に一筋の光の綱のように収束し、くねくねと身をよじりながら空に向けて立ちのぼった。
竜である。ピーチ少年の体から発した妖気が竜に変じたのである。ピーチ少年は自ら竜を作りだしてしまったのだ。
「す、すごい!」
大海もお母も桃太郎も、ただただ驚きの声を上げるしかなかった。
ピーチ少年は光の竜にまたがると、そのまま空の彼方へ飛び去ってしまったのだった。
……その少し前のことである。ウサギの星では大変な騒ぎになっていた。
「宇宙探索隊の船が遭難したというのか」
「いったい、どこで」
「地球という星です」
「助けに行こう」
「そうだ。何百年も待たせるなんてできないぞ」
「今すぐ出発だ」
「しかし船が……、大きな船はもう、この星にはありません」
「では船を作ろうではないか」
「それは無理でしょう。今、この星には大きな船を建造できるだけの技術者がいません」
「うう……なんということだ。ミューイたちは遠い宇宙の彼方の惑星上で一生を終えるというのか」
それは仲間を大切にするウサギたちにとって、あまりにも悲痛な出来事であった。
「地球人たちは確かに約束してくれたのだな」
「はい」
「では信じよう。地球人を信じようではないか」
「返事をしておいたほうがよろしいかと思います」
「どうやって」
「地球という星には月と呼ばれる衛星があったのですが、そこにはウサギが餅をついているような模様があるのです。そのため地球人のなかには、月にウサギがいると信じている者もあるようなのです。現に川上大海という地球人がそうでした。そこでその月の模様を利用してメッセージを送るのです」
「今、この星には小舟が一艘あるだけだ。ふたたび地球の辺りに行くのには片道半年はかかるぞ。さっきのように、ピーチとやらの地球人に送ってもらうわけにはいかない。あの人は早々に地球へ帰ってしまったぞ」
「仲間を安心させてやるには無理をしてでもやるべきです。われわれはいつまでも待っていると伝えてやるのです」
「うむ。ではさっそく出発させよう。一日でも早くミューイたちにわれらの意思を伝えるのだ」
かくしてウサギの星から月へ向かい、一艘の小舟が飛び立ったのである。
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