エッチに至る100の情景_006「言うだけならタダ!」

 気が付いたら、近藤 タケルは走り出していた。呆気にとられる両親を置いて、家のドアを開けて走り出した。行き先は決めていない。

 期末試験の成績が悪かった。「志望校に行けないぞ」「やる気あるのか?」「将来のこと、ちゃんと考えてるのか?」こういった両親の質問に答えるなら、「やる気もないし、考えてもいない」だ。そう言い返したかったが、じっと黙って聞いていた。すると、不意に我慢できなくなって――

「逆ギレしてるだけじゃねーか、オレ」

 タケルは走るのをやめた。汗だくになった体に、秋の夜風が心地いい。

 

 汗がひいても、タケルは考えていた。近所の誰も来ない公園でブランコに揺られながら、

 「どのツラを下げて、家に帰る? どうすっかなぁ」

 すると、

 「おーっ、やっぱいたいた。おーい、お前のご両親、心配してたぞ~」

 聞き慣れた声に振り向くと、自転車に乗った同級生の山瀬 リホがいた。

 「え、なんで?」とタケルは応える。スマホも持っていない。着の身着のまま飛び出した。ここに自分がいるなんて、誰にも分かるはずがないのに。

 「この辺で一人になれる場所、ここしかないもん。自意識を拗らせまくってる系のお前なら、なんか雰囲気のある場所、公園か駅前だと思ったわけよ。で、見事に正解。どうよ? このプロファイリング! がははは!」

 リホは勝ち誇った顔で笑った。いつもの豪快な顔だ。柔道部の部長で県大会優勝、おまけに成績も優秀。まさに文武両道の才女だ。しかし179㎝に80キロのあまりにデカく太い体と、口の悪さ、そして猪突猛進の行動力で周囲から恐れられている。

 「ほれ、チャリに乗れ。数少ない友だちが迎えに来たんだから」

 タケルは自転車に乗った。すると、

 「ちょい遠回りすっから。悩みあんなら聞いてやるよ」

 そして2人は、爆速で夜を駆ける。夜風に飛ばされそうになりながら、タケルは尋ねた。

 「いつも思うんだけど、何でオレに構うんだ?」

 リホは答える。

 「お前が好きだから」

 以前、タケルはリホに告白をされた。断ったが、彼女は「まぁ、諦めねぇけどね。惚れさすから」と笑った。

 リホは言う。

 「お前じゃなきゃダメなの」

 「だから、なんで?」

 「好きになるのに、理由って要る? 好きなもんは好き、そんだけ」

 「なんだそりゃ」

 「お前、何でも難しく考えすぎなの。で、考えるくせに、口に出さなすぎ。親御さんとケンカしたときも、ひとこと口に出せばいいんだよ。『その話をするのは嫌だ』って」

 「でも、言ったところで聞くワケねぇだろ」

 「言わなきゃ、可能性はゼロのまんま。物は試しって言うし。だから私も、お前に告白したわけよ」

 タケルは思った。あのとき、両親に反論するのが怖かった。物事がこじれるのが嫌だった。結局、自分は口に出す勇気と行動力がない。リホのように他人の心に土足で入るのはどうかと思うが、自分は人の心の玄関先で立ち尽くしている。

 「もうちょい頭を冷やす?」

 「頼むわ」

 「了解~♪」

 タケルを乗せ、リホは爆走する。しかし不意にブレーキを踏んで――。

 「お前、ここ……」 

 震えながら呟くタケルに、

 「うん、ラブホ」

 リホは微動だにせず答える。

 「ここなら邪魔は入んないし、お前の話もじっくり聞けるし、頭を冷やすにはピッタリじゃん。……あっ! そ・れ・と・も~、私をそーいう目で見ちゃう感じ? 遂に私に惚れた? ヤレそうな気配を感じ取って、オスの部分が反応した?」

 「バ、バカ! そんなんじゃねーし!」

 タケルが答えると、リホは彼と肩をガッシリ組んで、

 「じゃ、入ろう。ゴーゴー!」

 ずんずんとラブホテルに入っていった。


                                     終

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