月華は糸をあえかに紡ぐ
一条 月葵
〜Chapter Ⅰ〜
episode.0 prologue
星の天幕がきらきらと降りている紺碧の空の下。
屋内では典雅な音楽と人々の楽しそうな話し声が絶えず響いている。今宵は学園の卒業パーティーが行われているのである。そこからは離れた、微かに金色の光が漏れる静寂に包まれたバルコニーにて、一組の男女が向かい合っていた。
背が高い青年は白を基調とした煌びやかな服に身を包んでおり、小柄な少女は淡いオレンジ色をした華やかな夜会用のドレスを纏っている。
青年の、令嬢に負けず劣らず美しい長い髪は、頭の低い位置で一つに結えられていた。群青の空によく映える、輝かしいほどの白髪に少女はついつい目を奪われてしまうのだ。
涼やかな夜の風が少女の頬を撫でるように流れていく。少女はその視界に白髪の青年だけを閉じ込めて彼に語りかける。
「今日でお別れね。私ね、今更後悔しているの。貴方ともっと沢山お話しておけば良かったなって。馬鹿だって、笑われてしまいそうね」
困ったようにくすくすと笑う少女に対し、青年は何も答えない。少女は彼に構わず続ける。
「貴方と過ごした時間、私はとっても楽しかったわ。貴方がどうだったかは知らないけどね。でも、答えを聞きたいとは思わないわ。無駄な時間だったとでも言われたら、私、悲しくってここで泣いちゃいそうだもの。最後くらい、笑ってお別れがしたいでしょ?」
ね、と同意を求める少女に、青年はただ、感情が読めない瞳を向けているだけである。まるで水のような、色素が薄い澄色の瞳に映る少女は、明るく振る舞い続ける。少女は青年の方にトンっと軽やかに一歩を踏み出す。
「ねえ。最後に、ぎゅってしてもいい?」
青年は依然として何も応じない。しかし、そうなることを少女は初めから分かっていたらしく、気にも留めていない様子である。あと一歩、青年との距離を縮めた少女は彼の腰にくるりと腕を巻き付け、抱き付いた。
色っぽさの中に、力強さを感じるお香のような高貴な香りをすぐ近くに感じながら、少女は長い睫毛に縁取られた目を伏せる。彼に会えるのも今日で最後になるのかと思うと、どうしてだか胸がズキズキと鈍い痛みを訴えるのだ。
「……今までありがと。またいつか、会いましょうね」
言いながら泣きそうになってしまった少女はすぐにするりと腕を解き、青年から距離を取る。長いドレスのスカートを摘み、屋内に戻らんと裾を翻す。今は彼に向けられる顔をしている自信がなかったからだ。
一方的に愚かな気持ちを抱いてしまっていた自分に鬱々とする。大きな目からは今にも涙が溢れ落ちてしまいそうになっていた。
しかし突然、少女の細い手首が後ろから強い力で掴まれたのである。
「……あ……っ」
手首ごと青年の胸に手繰り寄せられた少女の涙は、驚きのあまり一瞬にして引っ込んだ。戸惑う少女の小さな背を抱き寄せた青年は、真冬の夜風よりも冷ややかな声で告げる。
「──私の心をこれほどまでに乱す女はお前だけだと、認めてやる。ティアナ・リュミエール・ブランシュ」
身体を硬くした少女は、丸い大きな目をさらに大きく見開く。
「……名前なんて、今まで一回も呼んでくれなかったくせに」
拗ねた声で責め立てる少女に、青年は小さく鼻を鳴らした。
「お前が私に名を呼ばれたいと言うのなら、これから何度でも呼んでやる」
青年は少女の顎をくいと持ち上げる。上を向かされた少女は頭上の美しく整った顔に息を呑む。長く目を合わせていると、呼吸ごと止められてしまいそうだった。
「──ティアナ。私はお前との時間を今日で最後にするつもりは無い」
頬を染めた少女は青年の顔からぷいと目を逸らす。そして、一度離れたばかりの彼の背に再び優しく手を添えたのだった。
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【あとがき】
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