第7話

***


 十五日(オリジナル+一回目) 

 【タムリンの予定】 オーグを救う行動をとってみる。記録をとる。


***


 目が覚めてまず頭に浮かんだのが、今日は再び十五日だ、ということだった。規則正しく七時に起きれた自分に、少し感謝する。着替えて顔を洗って朝ごはんを食べて、支度をして馬を見てから事前視察の集合場所に向かう。と、これからの自分の行動を確認した。

 念のため自分の今日の予定をメモに書き留めて、腰につけている小さな革製のカバンへとしまった。かさかさした紙と鉛筆の感触になぜか、少し安心した。


 事前視察の集合場所に到着すると、三十を超えるメンバーが集まり、ダレオが

 「おお~、なんだかすげえな~」

 と、やって来た。これを聞いた瞬間、ああ、今日が昨日の繰り返し(自分にとってだけ)なんだなと、改めて思った。

 ダレオの真新しい真っ白の装束に周りがざわつき、旗の黄色とワインレッドが青い空に掲げられたのを見て、昨日……あらためオリジナルもそうだったなと、心の中で確認する。そうなると続くのは確か……


 「聞いているものもいるかと思うが」


 真っ黒のビロードのようななめらかな生地の装束をまとって、同じように真っ黒の馬に跨っているキムノワが、大きな声を出す。ざわつく団員に対して叱咤するキムノワの声を耳にしながらタムリンは、次の展開を思い出していた。ダレオだ。


 ダレオが近づいてきて、タムリンの前で馬を止める。予定通り。

 変な言い方だけど、今日はしっかりと、昨日、つまりオリジナルと全く同じに進んでいる。タムリンは確信した。するとこの先ダリオからセセナの件を聴くことになるが……正直二度目だし、もうショックを受けることはない。……が、多少はショックを受ける、つまり、昨日(というかオリジナルの十五日)と同じ様子に見えたほうがいいんだろうか?昨日は確か、かなりショックを受けた記憶がある。わずかなずれが影響するとは思わないけど……一人でいる時とは違って周りに人がいると、どこまでオリジナルを踏襲すべきかすこし悩む。


 図書館や資料庫で見た文献にはもちろん、タムリンとまったく同じパターンはなかった。ただ一様に書かれていたのは、なるべくオリジナルの行動をとったほうが、その日をあとでトレースしやすいということだった。そして変えたい場合には、できるだけピンポイントで変えていた。とりあえずそれが良いのではと考えて、それに倣うことにしたのだが……自分だけならまだしも、他人の目に映るであろう自分の「様子」まで考えが及んでいなかった。まったく別の人間みたいな反応はやはり、周りに変な影響を与える可能性がなくはないだろう。できるだけ自分の反応も、オリジナルに近づけよう。タムリンは心の中で、そう決めた。


 予定通りダレオが団員の前で、大きな声でタムリンの資料を褒めてくれる。

 「タムリン、あの資料は素晴らしかった。ぜひこの事前視察で完成度を上げてほしい。セセナお嬢様の護衛は本日は、別部隊が担当するので、気にしなくて大丈夫だ」

 気遣いの副団長に心で感謝する。そしてダレオは昨日のままに、セセナがこの同行を直訴したこと、辺境伯の企みを聞かせてくれた。

 ダレオが副団長の顔になり、「伝えたように今日は、セセナお嬢様が特別に同伴する……」とみんなに語りかけ、周りから拍手が湧く中で、タムリンは硬い表情をしたまま、オーグを探した。いた。あの帽子。目深にかぶっているから顔はよく見えないが、帽子にあの馬。間違いない。

 当たり前にその姿を目にしたら、勝手なもので少し目の前がじんわりと弛んだ。思わず話しかけようとした瞬間、前の方から大きなダレオの声がした。

 「さあ、出発だ!」

 慌てて追う。だめだ。話しかけるのはまずかった。ダレオの声に助けられたな……と前を見ると、ダレオの白い装束が、明るい太陽の下で眩しかった。タムリンは深呼吸をし、ひとり、気合いを入れた。


 途中でゆっくりと後退し、セセナの護衛の近くまで来た。オリジナルと同じように、このあたりでセセナと話すことになるはず。と、馬車のカーテンが開き、セセナが顔をだす。

 「お嬢さん」

 「ああ、タムリン。あなたも乗っていく?」

 記憶通りの呑気そうな声。危なくないか、大丈夫、という記憶通りのやり取りをしていると、オリジナル通りに不思議な声が耳に入って来た。

 「ヤェイホゥ、クンゥッオエィ」

 よかった、まだオリジナルから外れてはいない、と、少しほっとする。セセナも気がついたようで、なんだろう?という表情になっている。

 「ねえあなた、今のって、なに? 歌?」

 セセナが大きな声を出し、オーグが自己紹介をする。笑顔を浮かべて斑鳩インコの説明をするオーグを見ながらタムリンは、ここからのシナリオと時間軸を思い出していた。昨日の夜、磁石みたいに上瞼と下瞼がくっつきそうになるのを必死に堪えてオリジナルの時系列と何が起こったか、誰と話したのかを書きまくった。メモはリセットで手元には残らなかったが、記憶にはしっかりととどまっている。


 そう、たぶんここからの数時間が勝負だ。

 ここから斑鳩インコの止まり木の話のあたりで、ダレオが合流。それからしばらく歩き、多分十五分とか二十分とかそのくらいで、洞窟に到着する。休憩をとりながら、みんなで昼食をとる流れになるはずだ。昼食は一時間ほど。昼食を終えてから洞窟を出て、ものの十分も歩いたかどうか、というあたりであの獏の声がした。確か、そんな時系列だったはずだ。

 もうひとつ小さなことだけど、洞窟を出る時に隊の並びが変わった。昨日(オリジナル)はあまり気にもとめなかったけど、出発してから洞窟のお昼時間まではダレオとキムノワが先頭でその後にセセナの馬車と護衛、それからタムリンを含む団員たちという並びだったが、洞窟を出る時にはダレオとキムノワは二手に分かれ、一団を挟む形になっていた。だから最終的に洞窟を出た時点、つまり獏に出会うまでは、ダレオを先頭に騎士の一団、タムリンたち従士とセセナの馬車に護衛、それからまた騎士と従士、最後にキムノワという並びになったと記憶している。


 なんて考えているうちに、

 「おい、なにしてる? 楽しそうだな」

 と、ダレオが話に入ってきた。来たな、とタムリンは思う。オリジナル通りだ。

 「……副団長」

 「ほら、見ていてください、あの木ですよ」

 昨日……じゃなかったオリジナル同様にまた、遠くの木に止まっていた赤いインコたちが飛び去って、わずかに赤い実をつけた木の影が目に入る。

 「斑鳩インコはとても仲良しで、ああやってみんなで仲良く移動するんですよ。一家の止まり木になるあの木のことをぼくの田舎では約束の木と呼んで、とても大切にするんです」

 「どうして、約束?」


 セセナとオーグの話を聞きながらタムリンの意識はもう、洞窟から後の時点へと飛んでいた。昼休憩をした洞窟で、オーグはセセナと一緒に食事をとっていた。タムリンは二人に声はかけたが、ダレオたちの大きな輪の中に加わって、報告を聞いたりしていたんだ。それは多分、変えないほうがいい。ただそのあと、休憩が終わって洞窟を出た時から獏に遭遇するところまで……ここまではなんとか、オーグの近くにいるべきだ。オリジナルの時にダレオが話してくれた獏の話の詳細は忘れたが、音だか声だかの振動を与えることで、攻撃されると聞いたはずだ。そしてとにかく離れろ、と言われて、かなりの距離を置いたのだから……オーグはどこかの時点で、獏に近づきすぎたんじゃないだろうか。ちゃんと聞かなかったが鳥の説明からしても、オーグが動物関連のデータを収集していた可能性は高い。だったら珍しい動物の気配に反応して、単独行動をとったのかもしれない。セセナはあの時、見失っていた風だった。だったら見失わないようにマークしていればいい。洞窟から獏までの距離はわずか数十分程度。その間目を離さなければ、きっと問題ない。救えるはずだ。


 思い出したくないのに、オリジナルの記憶が蘇ってぞっとする。ぼろぼろの包帯。毛布。セセナの泣き声。呆然とするダレオの姿……


 「おい、ぼーっとしてどうした、大丈夫か?」

 「お、おう! ……ダレ……副団長」

 「はは、なんだそれ」

  どすん、とダレオが、タムリンの近くに腰を下ろす。うん、これもオリジナル通り。そしてこの後の流れも、記憶にあるオリジナルの流れのままだった。


 「タムリン、聞いてよ」

 セセナに呼ばれて、オーグとセセナの近くに座る。

 「お嬢さん。ずいぶんと仲良くなったんだね。疲れたりしてない?」

 「全然大丈夫よ、いつもと同じだわ。山道って言ってもすごく揺れるわけでもないし。町に出るのとあまり、変わらないわ……それよりね、聞いて。オーグは本当にすごいわよ。物知りで。動物のこと、本当によく知っているのよ。あなたともきっと、話が合うんじゃないかと思う」

 ぺこり、と頭を下げるオーグに、タムリンも軽く頭を下げた。

 「さっき来る時も、そうね。斑鳩インコだっけ? 細かい生態までよく知ってるし、本当にすごいなって、わたしも思った」

 「いや、そんなことないです。あれはたまたま。田舎でよくみる鳥なので」

 「そうかもしれないけど、ほかにもたくさん知っているじゃない。しかもあれ、なんだっけ、研究してるって言ってたの」

 セセナが言うとオーグは、

 「ああ、えと、すこし恥ずかしいんですがぼく、もともとは声楽を学んでいたんです。ただ目が出なくて研究職に切り替えました。音声や音響を今は主に研究していて、今回であれば馬をリラックスさせたり、生産性をあげるための音や音楽、音響なんかを調べるために参加したんです」

 「すごいわよね、ね、タムリン」

 「本当だな」

 自分のことのようにオーグの自慢をするセセナを見ながら、タムリンは考えていた。昨日(オリジナル)ではさらっと流していたこの会話が、もしかしたら鍵だったのかもしれない。オーグが音や音声の専門家であれば、あの獏の声はきっと、研究者としてどうしても、知りたいものだったはずだ。逃げろと言う声に思わず逆らってしまい、近づきすぎたのではないだろうか。逃げ遅れたのではなく、むしろ自分から危険に飛び込んでしまったのかもしれない。なんとなく必死になったら周りが見えなくなるタイプな気がする。

 「ただ馬が気に入る音を流す、とかそれだけじゃないんだって。たとえば蹄鉄の素材によって馬の脚に響く音? 波動とか、地面とあたるときの衝撃音なんかも調べて、馬にとっての不快な音の研究もしてるらしいのよ。ね!」

 セセナの言葉にオーグも、照れくさそうに笑っている。嬉しそうでピカピカな、なんとも無邪気な笑顔だった。セセナを泣かせたいだけじゃない。オーグ自身も傷つけたくない、そんな気持ちになった。何があってもオーグから離れてはいけない。タムリンはそう、心に誓った。


 大きなグループ内に戻ったタムリンはデータの報告や確認、ダレオからの隊列の順番や馬の食事を少し変えるといった指示を再度聞いた。このあたりもまったくオリジナルのままだと、安心する。

 「いったん解散。それぞれ出発の準備をしてくれ」

 キムノワの声に一同はそこで散り、それぞれが自分の馬について指示通りの順番で列を作ろうとしていた。その時馬車から大きな声がした。


 「ねえ、タムリン!」


 え、え? タムリンは驚いた。セセナが馬車の窓から顔を出し、こっち、というように手を振っている。

 「……!!」

 おかしい。オリジナルではセセナとは昼休憩の後は接触はなく、獏の場所まではノーコンタクトだったはず。え、なんで?

 明らかにオリジナルとはかけ離れた展開に、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走る。ちょっと待て、小さいけれどこれは明らかにオリジナルと違ってしまっている。セセナに対して無意識のうちに自分が影響を与えてしまったということなんだろうか?

 やばい、なんだ?考えろ……記憶違い?いやそれはない。セセナは絶対に昨日(オリジナル)、タムリンにこのタイミングで声なんか、断じてかけなかった。昼はほとんど同じで変わらなかったし……え、どこで?昼のわずかな間に、なにかセセナの運命を変えるようなことを無意識のうちにしてしまったのか…???


 「セセナごめん、ちょっと待って」


 とりあえず牽制。言葉遣いを修正するゆとりもない。腰のカバンからメモを取り出して、体の陰に隠して確認する。

 昼休憩でちょっとだけセセナとオーグと話をし、順番に記録の報告をしてからオーグとセセナに挨拶。そのあとは洞窟を出て獏に遭遇……やはり。セセナとは出発前に、特に話はしていない。メモから顔を上げると、セセナはいらいらした表情を浮かべている。

 「早く、いいから早く来て。ちょっとですむから」

 どうしよう。でもここでもたもたしていたら、獏の箇所へ着く時間が変わってしまうかもしれない。

 「わかった、ちょっと待って」

 ゆっくりと馬上から降りて、馬を繋ぎ直し、セセナの方へ向かう。

 「なにかあった?」

 「えっと、あの、このあとね、できたら私の馬車の近くにいて欲しいんだけど」

 「え? あ、いいけど」

 もともとそのつもりだったが、まさかセセナから言われるとは……いや待て。セセナから依頼されなくても、徐々に馬車とオーグに近づこうとは思っていたんだし。若干流れはおかしいけれど、自分が考えていた予定通りだし、ここで頷いても大丈夫、だろう。確実じゃないけど迷ってる暇はなさそうだ。

 「よかった、じゃ、よろしくね、あと……」

 セセナはまだ何か言いたそうだったが、護衛の人が馬車の近くに来て出発を告げたので、タムリンはセセナに手を振ると、自分の馬の方へと戻った。




 何が起こるかわかっているので、正直少し緊張していた。

 オリジナルどおりのまぶしい光の中を伸びる森の中の一本道を目の前にして、タムリンは、セセナの馬車を確認した。馬車の近くにはオーグの姿がある。ほがらかな日差しに笑い合う二人の姿を見ていると、これから数分後には一転して獏に出会うのが、嘘のように思えてくる。

 ……いや。あんな思い、絶対にごめんだ。セセナの馬車とオーグよりも後ろになるようにゆっくりと慎重に馬の歩調をゆるめる。全体を眺めるため、あまり近づきすぎず、かといってなにかあったらすぐに近寄れるくらいの距離まで後ろに下がると、二人の背中を少し前の視界に入れながら、ゆっくりと進むことにした。見回すと周りはぐるっと、絵本にでも出てきそうなほんわかとした森だ。お日様は暖かく、風も優しい。この一行の中でこんなに緊張しているのは俺だけだろう。そろそろか……緊張で喉が乾いて来た。腰に下げていた水筒に手を伸ばした瞬間、


 「……よゥ……」


 遠くの方からかすかな声と、ふうわりと温かい、パンを焼くような香り……


 来た!とっさに馬の足を止め、オーグの背中に目をやる。予想通り、オーグはその声に興味を持ったようだった。明らかに気になる、と言う顔で馬の頭を声のする方角に向けようとしているのと、セセナが戸惑い気味にそれを止めようとしているのが目に入る。ダメだ、止めなければ。

 急いで自分の馬を向ける。

 「オーグ! 待って!」

 セセナの声がしてオーグの馬がぱっとかけ出すのと、後ろからぎゅっと誰かに腕を捕まれ、ぐいっと後ろに引き戻されるのがほぼ一緒だった。

 「いてっ、なんだよ」

 そこにいたのはダレオだった。目の色が変わっている。

 「あいつらにはかかわるな、走れ、戻るんだ、方向転換しろ。急げ!」

 「……」

 悩んだのは一瞬だった。いや、正確には一瞬も悩まなかった。

 「ごめん、ダレオ!」

 馬に鞭を入れ、ダレオとは逆方向に走り出す。誰かの舌打ちが聞こえた気がしたが、気にしてはいられない。木々の間を必死で探すと、オーグの馬が小さく先方に見えた。急がないと。タムリンは自分の馬に思い切り鞭を入れた。頼む、急いでくれ!



 森の中の道をそれて走っているオーグの背中がすこしだけ近づいたタイミングで、大声を上げた。

 「オーグ! 待ってくれ、少しでいいから!」

 見失うわけにはいかない。

 「タムリンだ! 待ってくれ、行くなら一緒に行こう!」

 急いで馬を駆けさせたので息が上がってしまう。馬にはまだ、慣れていない。少し体を捻ったオーグはタムリンに気づき、驚いた表情を浮かべつつも、速度を緩めてくれる。

 「タムリンさん……セセナお嬢様の……」

 「護衛をしている」

 急いで自分の馬を、オーグの方に寄せる。

 「ちょっとだけ、立ち止まってもらってもいいかな?」

 「……はい」

 気になる、という顔をして先にチラッと目をやりながらも、オーグは素直にタムリンの言葉に耳を傾け、馬を止めてくれた。所作のひとつひとつや、こうやって目上を立てる姿勢に品がある気がする。オーグってもしかしたら割と、育ちが良い子なんじゃないだろうか。

 「この香り、なにか知っている?」

 オリジナルで嗅いだ、ふうわりとしたパンを焼くような香りはまだそこまで強まってはいないのを確認して、タムリンはそう聞いてみた。自分はオリジナルで、ケガレだの脳をぶっ飛ばす獏の説明を聞いている。オーグは、どうなんだろう?どの程度、知っているんだろうか?

 「いえ。ただ、以前……本で読んだことが、あって」

 「本に書いてあったのか、この香りに関して?」

 「はい。ドラゴンの森の近くで、香ばしい香りを嗅いだ経験談はとても多いんです。もしかしたらこの香りになにか、ドラゴン討伐につながるヒントがあるような気がして、思わず」

 「そうなんだ。急に飛び出したから多分聞こえていないと思うけど、実はあのあと、副団長や班長から、急いで引き返すように、指示があったんだ」

 「え、そうだったんですか? 急いで飛び出してしまってまったく周りが目に入っていなかったです、すみません……結構動物のこととなると夢中になって、周りが全く見えなくなるんですよね。悪い癖で」

 まあ、そんな感じだな。わかるような気もする。

 「わかる気も、するけどね」

 タムリンは続けた。

 「なんでも、香りの根源は、獏、らしいんだ」

 「バク? マレーバクとかですか? でも彼らは別に危険ではないですよ? とうもろこしなんかを食べていますし、攻撃性もなくて……」

 「ああ、じゃなくて、霊獣の獏なんだって」

 「レイ、ジュウ?」

 「そう。ほんとうに夢を食うやつら。それがなんと、実在するらしい。しかも食った夢から対象の固有の音だったか振動だかを分析して、それで……あー、なんだったかな、同じ音をぶつけて……とにかく攻撃してくるらしい。危ないんだ」

 「え……」

 「かなりやばい話だけど本当なんだって。これ、ダレオから聞いたから、間違いないと思うんだ」

 聞いたのはオリジナルの時なので、現在の時間軸だとタムリンはまだダレオからこの話を聞いていない。まあそこは問題ないだろう。今頃まさに、団員にその話をしているあたりじゃないだろうか。音だの振動だの、オーグにとっては逆にそそられるキーワードばかりだな、と思いながらもタムリンは思い出した話をオーグに聞かせ続ける。

 「この、ふわっとしたこうばしい香り。これで対象者を誘き寄せていると言う話もあるから、音源にあまり近づきすぎるのは、まずいと思うんだ」

 「共振を引き起こして、攻撃……? という、ことですか? だから、危険だ、と?」

 「そう、それ! ……いやもう、それはいいや。言いたいのはつまり、興味を持ってしまうのはわかるけど、本当に命の危険がありそうなんだ。今回のところは一緒に、獏から遠ざかって欲しい。一緒にみんなのところに、戻ろう」

 オーグの眉間に皺がよる。タムリンにだって、気持ちはわかる。興味と危険、信じられない情報との間で、とっさに判断ができないんだろう。でもタムリンは、このまま放置したらオーグに何が起こるかを、確実に知っている。

 「なあ、お願いだよ。本当に、時間がないんだ」

 もう一度声をかけると、オーグが顔を上げた。

 あ、のような形に口を開けたオーグの表情を見た瞬間、首の後ろあたりに痺れるような衝撃があった。目の前が暗転する。


 え、待って。この展開……非常にまずい、んじゃない、か?





 「おい、おい!」 

 がんがんがん、と頭が痛む。 

 「う……」

 タムリンは寝かせられていた。背中がひんやりと固い。反射的に起きあがろうとして、目の前が真っ赤になるようなものすごい痛みに、俺は目を抑える。

 「おい! 気がついたか、大丈夫か?」

 ダレオ? 

 「タムリン!!」

 ダレオを押しのけるようにして目の前に飛び込んできたのは、セセナのキラキラしたプラチナホワイト髪だった。口を開くが、声が出ない。差し伸べられた手をなんとか握り返すと、大粒の涙が降ってきた。

 「タムリン!」

 「お嬢さん、動かしちゃダメです」

 後ろの方から聞こえたのは、あれはキムノワ?あ、じゃなくて、え、なんだっけ?もっと大事なこと……なんとか目を開けて周りを見る。あたりはほんのり暗くて、風が少し冷たい。何時間経っているんだろう……オーグ?

 「オー、グ……?」

 なんとか声に出す。そのタムリンの声を合図にしたかのように、みんなが一斉に固まり、そして一部が同じ方向に視線をやった。

 「オーグは? あいつは……」

 「……」

 タムリンの手を握るセセナの手に力が籠る。震え。近くにいた隊員が、そっと首を振る。待ってくれ。

 ……見てしまった。視線の先に、オリジナルで見た毛布を。ふっくらと人型に膨らんだ毛布に、じっとりと滲む黒ずんだ血痕を。


 「うわーーーーーーーーーーー!!」


 誰かが大声を上げている。と思ったらそれは、自分の喉から出る絶叫だった。動揺と混乱で息がつまる。タムリンの体の中から大丈夫だ大丈夫だ、大丈夫!!と、狂ったような乱れた思考が沸き起こる。体と心の、どちらが先に限界になったのかはわからない。糸が切れるようにタムリンはそのまま、気を失ってしまった。

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