29.覚醒、再び
アイコンタクトを交わし、緋色と美雨は左右に散っていく。
(自分が幻蝕を引きつける。その隙を突いて、美雨先輩が攻撃してくれれば!)
そんな考えを抱きながら、緋色は一つ目の注意を引くべく上昇を開始した。大きな瞳がギョロリと動き、黒髪の隊員を視界に捉えると、巨大な左腕を振り上げる。
その動きを確認してから、緋色は旋回運動を開始した。弧を描くように右方向へ急加速する。交差するように左から右方向へ加速し始めた美雨は、緋色の後を追いかける左腕をすり抜けて、そのまま幻蝕の背中へと回り込んだ。
「もらったっ!」
会心の笑みを浮かべ、二本の刀を構えた美雨が「
「待て、葛城。現状で滅幻刀技を放つことは許可できない」
構えを途中で止めた美雨は、不満もあらわに「どういうこと!?」と声を荒らげる。
その時だった。
一つ目の頭部がぐるりと180度回転し、その瞳が美雨を捉えたかと思いきや、二刀流の女剣士を叩きつけるべく、振り抜いた左腕を鞭のようにしならせたのだ。
「ちぃっ!」
その場で急上昇した美雨は、ベチンという衝撃音とともに幻蝕がみずからの背中に左腕を叩きつける光景を眺めつつ、忌々しげに呟いた。
「まるで全身ゴム人形ね。素早い上に柔らかいとか」
そして刀で肩をトントンと軽く叩きながら、隊長に向かって問いかける。
「それで? どうして滅幻刀技を禁止するわけ」
「眼下を見てみろ、民間人の避難誘導が終わっていない」
見下ろした先では、真澄の防御陣地に守られながら、ゆっくりと移動している人々がいて、美雨は一瞥をくれてから再び姫崎に尋ねるのだった。
「で? あれがどうしたの?」
「鷹匠が防御陣地を構築しているとはいえ、民間人に被害が及ぶ可能性が捨てきれない」
「私が技を外すわけないでしょう!?」
「お前の馬鹿力で滅幻刀技を放ってみろ。幻蝕を貫通した挙げ句、民間人を巻き込むだろうが、この馬鹿者」
やりとりの最中も幻蝕の攻撃は止まらない。今度は裏拳のように右腕が背後へ回り、美雨に襲いかかる。
巧みにそれをかわした美雨だが、一つ目は背中に回した両腕を、反動を付けて前方へ振り抜き、緋色を捕らえるべく両手を叩きあわせた。
「あっぶなっ!」
下降してそれから逃れた緋色の耳に、ガキンという衝撃音が届いた。一つ目の掌の口腔にそなわったいびつな牙がぶつかったのだろうか。食われたらひとたまりもないな、と、ぞっとする思いに駆られながら、緋色は視線を上に向ける。
「まーかせて!」
瞬時に一つ目の右肩へと場所を移した美雨が、巨大な二の腕目がけて二本の刀を振り下ろした。
「うらぁぁぁあああああ!!!」
鋭利な刃は、まるでそこになにも存在していなかったかのように、瞬時に胴体と腕とを切り離す。落下していく右腕がモザイクと化して消失するまで、わずか数秒。
そして、一つ目の幻蝕に新たな右腕が再生されるのも、それからほんの数秒の出来事だった。右肩からどろりと伸びた巨大な物体は、みるみるうちに形を変え、失ったはずの右腕にその姿を変えたのだ。
「再生能力も一級品か、めんどうねえ」
ため息を漏らした美雨は再び眼下へ視線を向けた。真澄と警備担当者らが懸命に誘導しているとはいえ、民間人の避難は遅々として進んでいない。
「
「胴体部分の口腔奥深くにあると推測されました。よって、腹部へ強力な一撃を加えるのが妥当でしょう」
姫崎の問いに、オペレーターリーダーを務める神山が解析結果を伝える。であれば、なおのこと、民間人が待避した後、滅幻刀技で討伐するのがベターかと姫崎は思わざるを得ない。
「じゃあなに? チマチマと嫌がらせをしながら、時間稼ぎしないといけないわけ?」
攻撃を避けながら上空を漂う美雨は、うんざりとした面持ちで呟いた。
「これも仕事だ。鷹匠の報告があるまで、現状を維持しろ」
応じながら、姫崎は表情を曇らせる。
緋色と美雨では力量差がありすぎる。経験も火力も比較にならないのだ。例の現象を再現させようにも、状況がそれを許さない。
比較的、理解力のある上司だという認識はあるものの、現場の苦しさを目の当たりにすると、無理難題を押しつけられているような気がしてならない姫崎だった。
(少しは課長も、現場に顔を出してくれないかな)
それが叶ったら叶ったで、現場の面々がやりにくくなるだろうが、と、想像の翼を広げていると、オペレーターの絶叫が姫崎の鼓膜を叩いた。
「幻蝕の足下後方20メートル先に民間人二名を確認!」
「まさか、逃げ遅れたのか?」
「おそらくは……! 現在、ショッピングモールの店舗裏に隠れていますが、危険な距離です」
ディスプレイが拡大され、おびえた表情の若い男女を映し出す。避難誘導している集団との距離は500メートル以上離れていて、真澄がフォローに向かうのは厳しいだろう。
だとすれば、緋色と美雨のどちらにこの男女を守ってもらうほか手段がない。そう判断した姫崎が口を開きかけたその瞬間、一つ目の幻蝕が突如として左足を上げ始めた。
高く上がった左足は後方へ動き、男女のいる場所目がけて踏み降ろされようとしている。
「奴め! 気付いたか!?」
「逃げ遅れがいるっ! 美雨先輩!」
「わかってる! 行くわよ緋色!」
危機を打破すべく、美雨と緋色は急降下する。ただ、それまで上空で攻撃を続けていた美雨から男女までは遠く離れており、その機動力を持ってしても間に合わないだろう。
必然的に、緋色が救出の任を請け負うことになった。
「間に合え!」
叫びながら緋色は加速する。グングンと速度を上げ、男女の元へと向かう緋色だったが、現実は厳しい。
幻蝕の巨大な足は重力に正しく導かれ、男女の頭上へ降ろされようとしている、距離にして、もはや5メートルもない。一瞬の後に踏み潰されるであろう若い男女は身をかがめ、本能的にその脅威から逃れようとしていた。
(守るっ! なんとしてでもっ!)
緋色は大太刀の構えを解いて、両手を伸ばした。1センチ、1ミリでも長く腕を伸ばし、この男女をつかんで逃れなければ!
だがしかし、献身的なその行為も無駄に終わろうとしていた。幻蝕の巨大な足は、もはや男女の頭上数十センチにまで迫っていて、二人の命が終わることは決定事項になるのは間違いない。
緋色の両手が、光を放ち始めたのはその時である。
いち早く変化に気付いた神山が、部下に指示を伝える。
「解析班、一ノ瀬に集中しろ! 一瞬たりともデータを逃すな!」
覚醒が、再び、その時を迎えようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます