11.前衛(アタッカー)として
黒地に白のラインが入った
やがて緋色に気付いた姫崎は視線を上げ、オペレーターに声をかけたのち、新入隊員のもとへ近づいたのだが、その表情は渋い。
「スマンな、一ノ瀬。本当は
「なにかあったんですか?」
「葛城が行方不明だ。あのバカ、どこをほっつき歩いているんだか」
怒りよりも呆れの感情を込めて吐き捨てると、オペレーターたちは頭をふった。
「いつものことじゃないですか、姫崎隊長」
「そうそう。気にするだけ損ですって」
「首輪をつないでおいたところで、“狂犬”が言うこと聞くはずないですよ」
失笑を込めた呟きがあちこちで上がり、姫崎は眉間にしわを寄せる。
「……とにかく。葛城のことは鷹匠に任せた。いま、探索に出てもらっている」
「はあ……、鷹匠さんを更衣室で見かけなかったのは、そのせいでしたか」
「ああ。ともあれ、三人揃うまで時間を持て余すのはもったいない。葛城が見つかるまでの間、一ノ瀬、きみには一人で訓練を受けてもらう」
声に出しながらファイルを開いた姫崎は、記載されている内容に目を通した。
「訓練時のきみのデータを読んだ。特に近接戦闘における成績が良いようだな」
その発言に、緋色は内心で小首をかしげる。
(……あれ? そうだったっけ? 平均点だった気がするけどなあ)
どちらかといえば遠距離戦闘を得意としていた自負があるのだ。……初任務ではいいところを見せられなかったが。
とはいえ、そういった結果もデータに加味されているのかも知れない。数値として明確化されたのであれば、そちらのほうが正確なのだろう。
緋色はそう思い直し、姫崎の話の続きを待った。
「ゆえに、きみには近接武器を用いて幻蝕討伐にあたってもらう。初任務の時と同じく、
「わかりました」
「……で、ここからが重要なのだが」
ファイルをパタンと閉じてからオペレーターに指示を出すと、姫崎は壁面に備え付けられたディスプレイへ視線をやった。ディスプレイには大小様々な剣や斧、または槍などが次々と映し出されて、名称とともに大きさや重量といった各種データが数値化されている。
「いまから、きみに任務に扱う武器を選んでもらう」
「え? この中からですか?」
「そうだ。一口に近接武器といっても得手不得手がある。これらをひとつずつ試してもらった上で、きみと武器との相性を確認するぞ」
「相性って……、これを全部ですか?」
表示された武器は三桁目に突入しようとしていて、あまりの数の多さに緋色は軽くめまいを覚えたものの、姫崎は顔色一つ変えずに頷き返した。
「なに、心配いらない。今日一日ですべての武器を試せというわけではない。データ自体、5分もかからず収集できるし、順番にこなしていこうじゃないか」
「わかりました」
平静を取り繕って緋色は応じたが、カプセル型のプリンティングシステムに向かう足取りは重い。
みずからのパーソナルデータが記録された『
(隊長は5分でデータが取れるって言ってたけど……、全部を試したら500分を軽くオーバーするじゃないか……)
やがてピットインでの調整を終えたメカニックのように、カプセルからオペレーターたちが離れていくのがわかると、緋色は我に返ったように気を取り直した。
「三番機、パイロット収容完了。システム『KoHD』起動準備オーケー」
「パイロットの意識レベルオールクリア、パーソナルデータ異常見られません」
「スーパーコンピュータ『
おそらくは幾度となく繰り返されてきた言葉が室内に響き渡る。いつでもいけますというオペレーターの声に姫崎は頷いた。
「よろしい。一ノ瀬隊員の訓練課程を開始する」
***
訓練はきわめて単純なものだった。……初任務の幻蝕討伐に比べればという話だが。
主武器となる剣や斧が次々に転送されると、それらを構えて、敵を模した“動かない標的”に攻撃を加えるのだ。
緋色は前後左右に動き回りながら、次々と出現する標的に的確な攻撃を加えていく。扱う武器の中には訓練課程で使ったことのないものもあっただろうが、緋色の武器の扱いはなかなかのもので、モニタリングしていた姫崎とオペレーターたちをうならせたのだった。
「なかなかやるじゃないか、一ノ瀬は」
「ええ、本来のデータでは“遠距離攻撃を得意”としていたはずのですが、近接攻撃もなかなかどうして見応えがあります」
「ほとんどの新人は一時間もすれば音を上げるんですがね、順応能力が高いのかな?」
「なんにせよ、仮想空間へ適応できる人材は歓迎すべきです。いまのところ『転送酔い』の症状も見られませんし」
仮想空間に長時間滞在するユーザーの中には、往々にして意識が混濁する状況が発生する。そういった症状を総じて『転送酔い』と言うのだが、いまのところ緋色にその兆候が見られないことに対して、オペレーターは感嘆しているのだ。
一方、緋色と言えば、若干の退屈さを覚えながら黙々と訓練をこなしているのだった。
(うーん、これは……。結構、ツラいな)
5分も経たずに扱う武器を変えているとはいえ、結局は同じ作業の繰り返しである。出現する標的の位置もパターン化されているし、いわば延々と単純作業をこなしている状況なのだ。
とはいえ、訓練には変わりない。データ収集を主目的としているとはいえ、気の休まらない時間が続くことに、正直なところ、緋色は辟易していた。
訓練室のドアが開いたのは、それから程なくしてのことである。
モニタリングに集中していた姫崎たちの眼差しが一斉に後方へと注がれると、視界に捉えた闖入者に落胆のため息を漏らすのだった。
「なんだ、葛城か……」
「なんだとはなによ、扱い酷くない?」
「おい、葛城。どこに行っていたんだ!? 鷹匠にお前を探させていたのに」
姫崎が詰め寄ると、美雨は抱えた紙袋を見せつけるように胸の高さまでかかげてみせる。
「朝ご飯足りなかったから、ドーナツ買ってきたの。食べる?」
「食わん! いいか、精密機械があるんだ。間違ってもここでは食べるなよ?」
へいへーいとけだるげに応じた美雨は、そのままスクリーン前まで歩みを進め、訓練中の緋色の様子を眺めやった。
「あらあら、張り切ってるじゃないの、新入りは」
そう言って、オペレーターからファイルを受け取り、ペラペラと内容に目を通した後、確かめるように再びスクリーンを見やった。
「どうして近接武器使わせてるの? データを見る限り、遠距離武器のほうが成績いいじゃない」
「一ノ瀬はアタッカーだ。であれば、あらゆる武器に慣れておいたほうがいい」
「アタッカーなら私一人で十分じゃない」
赤色のロングヘアを揺らし、美雨が振り返る。姫崎はむしろ冷笑とも受け取れる面持ちで、特機の問題児に向き直った。
「私としては、いつ辞めてもかまわないと考えている人物に、アタッカーを任せるつもりなど毛頭ないのでな」
「誰が辞めてもかまわないって?」
「目の前にいる、ドーナツショップの袋を片手にウロウロ動き回っているやつだ」
「やだなあ、隊長。私、辞めるつもりなんてないのに」
「目的が果たされるまでの間は、だろう?」
姫崎はいまや真顔で美雨を見据えている。視線が交差し、沈黙が室内を満たすが、それは数秒で終わりを告げた。
「おっといけない、せっかく買ってきたのに、こんなところで無駄話してたらドーナツ冷めちゃう」
「もともとドーナツは冷めているだろうが。まったくお前ときたら……」
「じゃ、私はこれで。あんまり新入りいじめちゃダメよ~」
よいしょと紙袋を抱え直した美雨は表情を隠すように振り返り、颯爽とした足取りで訓練室を去っていく。
残されたオペレーターたちが好奇心のないまじった視線とささやきを交わし合う中、姫崎は腰に手を当てると、誰にも聞こえない声で呟いた。
「
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