空想回春小説 狩虎者没己主

天海女龍太郎

第1話 プロローグ

 ここのところ、SNS上を大いに賑わせている話題がある。

「熊本に、黒装束の謎のヒーロー現る!」

「本物の正義の味方か、それとも、ただのコスプレーヤーか?」

 1枚のイラスト画像と共に掲載された小さな記事に、ネット民が反応した。

「見た、見た、おいも見たばい。」

「災害現場で、人命救助ばしとらした。」

 記事には、怪人の風貌について次のように書かれている。

「全身黒づくめの衣装をまとい、加藤清正の烏帽子冠を彷彿とさせる一本角のマスクをかぶっている。顎がとがっているが、口元の様子は定かでない。表情はもとより、口や鼻があるかどうかさえ分からない。両の目は、きな色に輝いているが、怖い感じはない。穏やかなまなざしと感じられた。

 角のせいか、とても背が高く見える。2メートル以上もあろうかと感じられる。

 アーマードスーツ? の上に鎧を着用しているようだが、その胸当てには、大きく金色のマークが描かれている。それは、アルファベットの『K』の文字のように見えた。」

 市民からの目撃談の書き込みが少しずつ増えて、プチ炎上状態となっていった。

「せいしょこさん、せいしょこさん、来てはいよとお城に向かって3回助けを求めると、どこからともなく現れる。」、「跳躍力がもの凄まじく、ビル火災の際に3階で逃げ遅れた子どもを助けた時は、尋常でない高さまで一跳びだった。ジャンプする瞬間『ダケンホー』と叫んだ。」、「鳩尾の辺りにある六角形のクリスタルに一瞬番号が表示され、胸の前に交差して構えた両手から光線を放つのだが、発射の瞬間、『ナンバーショット! ネーッ。』と大声を発した。」、「全てが片付くと、小さく『あとぜき』と呟いて、雲散するように一瞬で姿を消す。」などと、奇抜な展開の遭遇体験がまことしやかに語られた。

 加藤清正公の生まれ変わりだとか、生きた虎を引き連れていたとなどいう荒唐無稽な話もあった。

 正体不明のその怪人を、誰が呼んだか、その名は、カルトラモン・もっこす。

 熊本に出現したこと、胸元のKの文字、加藤清正からの連想、怪獣物のSF映画のスーパーヒーローのように見えなくもないことなどから名付けられたのだろうか。

「なんか、そん名はwww! 往年の円谷怪獣ドラマ『ウルトラマン・コスモス』のパクリじゃね?」

「ちったぁ似とるばってん、ちごとじゃなかな?」

 言いたい放題である。

 謎の怪人に関する報道や公式な発表はされていなかったし、投稿の中には、目撃情報は全て幻覚であってその広がりは集団催眠のようなものであるとか、フェイクニュースと決めつけて、怪しげな情報に惑わされぬよう注意喚起を促す現実的な意見もあって、流言は遅からず沈静化するものと思われた。そのうちに飽きられ、忘れ去られるだろうと予想された。ところが、地元テレビのローカルバラエティ番組で、「街のうわさ、徹底検証」という企画の特集番組が制作され、これにくだんの怪人が取り上げられたことで、にわかに現実味が増し、ブームが再燃したのである。遭遇体験者から語られたエピソードは、このような内容だった。

 ある日、天草に住むばあちゃんが、孫を連れて港の埠頭に散歩に来た。天気が良く、波も穏やかであったことから、孫は雁木の途中に脱いだ靴を並べて、段差の縁に腰かけて、水面に裸足を浸して遊んでいた。ばあちゃんは日傘をさして雁木の上からその様子をほほ笑ましく眺めていたが、突然大波が押し寄せ、あっという間に孫と靴を飲み込んで、沖に連れ去った。今飛び込めば、助けられるかもしれないと一瞬思ったが、足がすくんで、身動きすることさえできない。やっとのことで、「誰か、誰か助けてぇ。」と声を発して周りを見渡したが、埠頭には誰一人姿がない。絶望感に打ちひしがれて、「ああっ!」と声にならない悲鳴を上げたその時に、どこからともなくカルトラモン・もっこすが現れて、滑るように海面を走って、孫を救い上げ、靴までも拾い上げて跳躍し、ばあちゃんの傍らにひらりと舞い降りたというのだ。

「水の上を走ったとですか。」 

 司会者が素っ頓狂な声で尋ねる。

「そうですたい。何が起こったか、わけも分からずおろおろしとりましたらな、そん人は私の前にしゃがみこんで孫をそっと手渡して、抱きかかえさせてくれなはったとですばい。」

 漆黒の兜のようなマスクに金色の目が光っていたが、不思議なことに恐ろしいとは思われず、優しいまなざしのような感じがしたという。

「あたしゃ、ああ、こん人がうわさの正義の味方ん人ばいなと思うて、手を合わせて、ありがとう、ありがとうてお礼ば言いながら、あーたがとらがりもっこすさんな、会いたかったぁ、感激ですばい、て言いました。したらな、一瞬きょとんとしなはってから、マスクの下で、がはははと大きな声でお笑いなさって、虎刈りじゃなかばいって言いなはったと。優しかおっちゃんの声でしたばい。私もつられて、一緒になって大笑いしました。」げな。

 番組には、「中の人は、きっと、人のよかおじさんに違いなか。」、「悪か人であるわけがない。」という、高評価のファクシミリが山のように送られてきた。「見たい。」、「会いたい」というメッセージも多かった。夢を信じたい、世知がない社会の中で、救いを求めたいという、すがるような思いが人々の間に広がっていったのだろう。老いも若きも、見たことのないヒーローに、身近な救世主として憧れを抱いたのである。

 どこの誰だか誰も知らない、カルトラモン・もっこすは一体誰なのでしょう。

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