カフェでリンブルグのことを聞いたの。

 雑貨店をあとにして、カフェの個室で休憩。


 カフェって個室があるのね。パンケーキのお店は専門店だったようだけど、こういうカフェに入るのも初めてだから、知らなかった。


「なにを頼みますか?」

「お勧めの飲み物はなにかしら?」

「ここはコーヒーですね。あ、カフェオレがお勧めです!」


 食べ物のことになると目を輝かせるブレンさまに、ふふっと笑みを浮かべる。


 レグルスさまよりも年上ということは、わたくしよりも年上……なのよね? そういえばレグルスさまの年齢を知らないことに、今気付いたわ。


「では、わたくしはカフェオレを」

「私は……コーヒーを」

「俺もコーヒー」

「じゃあ僕は、ココアとパフェにしますね」


 胃袋の底がないと聞いたけれど、本当にそうなのかもしれない。だって、あまりにも幸せそうに選んでいるんだもの。


 わたくしたちは三人で顔を見合わせて、小さく肩をすくめた。


 さっきパンケーキ食べたばかりなのに、もうパフェが入るのね……


 店員を呼んで注文すると、ぱたんとブレンがメニュー表を閉じて元の場所に置いた。


「ブレンさまは、甘いものがお好きなのですか?」


 気になったようでクロエが声をかけた。パンケーキも甘いもの……チョコバナナだったものね。


「学園の寮に戻ると食べられませんからねー。今のうちに食べておかないと!」

「……えっ?」


 寮では食べられない? おかしい。寮の食堂では甘いものも提供されるはず。


 それこそ、凝ったものではないけれど、ヨーグルトのはちみつがけとか、フルーツのデザートは用意されていたはずよ。


「……もしかして、留学生だからと……?」


 こくりとうなずく二人に、わたくしは頭を抱えそうになった。どうなっているのよ、この国の留学生(しかも王太子)に対する態度は!


 ――まさか、リンブルグを怒らせそうとしている……?


 扱いの悪さを、レグルスさまがリンブルグの国王陛下に伝える。『国の王太子を冷遇した』と苦情を入れる。その先に待っているのは……。わたくしが口元を覆い、最悪の状況を考えていると、注文の品が届いた。


 そして、パフェの大きさを見て唖然あぜんとしてしまった。だって、かなり大きいんだもの。


 食べきれるのかしら……と不安になるくらいの大きさ。


 わたくしはカフェオレを一口飲んで、思っていた以上に飲みやすくて目を見開く。


 まろやか、というのかしら。普段こういう飲み物は口にしないから、不思議な感じ。


 クロエとレグルスを見ると、砂糖も入れずに飲んでいた。……苦くないのかしら?


「あー、やっぱり甘いものは癒されますねぇ」

「お前は、食べ物だったらなんでも癒されるだろ……」


 幸せそうにパフェをぱくぱくと食べていくブレンに、わたくしとクロエは目を丸くしてしまった。すごい勢いで消えていく……一種の魔法のようにも見える……って、そうじゃなくて!


「それで、リンブルグのなにが知りたいんだ?」

「レグルスさまたちから見た、リンブルグルのことを」


 わたくしが言葉を紡ぐと、レグルスさまは「そうだな……」と考え始めた。


「まず、陛下と王妃は仲が良いよな」

「ラブラブですよねぇ。アレで結婚何面目でしたっけ?」

「三十年以上だったはず……」


 仲がとても良いのね。おしどり夫婦という感じなのかしら? 想像して少しだけなごむ。


「あと、この国よりは気候がいい。ちょっと暑いかもしれないが、そういう日に海で泳ぐのが気持ち良いんだ」

「浜辺での特訓を思い出しますねー。砂浜ダッシュはきつかったです……」


 あ、ブレンさまが遠い目をしているわ! あまり思い出したくないことだったのかしら?


「俺はそれより、砂浜での乱闘のほうがきつかったよ……」

「……あの、レグルスさまも訓練? に参加していたのですか……?」

「まぁね。強くなりたかったし」

「今では、レグルスさまに勝てる人を探すほうが面倒ですよー」


 かなりの強さを誇っているのね。勝てる人を探すほうが面倒って……。リンブルグで一番の強さを持っているということ?


「なんせ、武術大会で優勝しましたもんね」

「あの頃から、だいぶ楽になったよな」


 楽になった?


「陛下たちに子どもがいないから、誰が王太子になるかっていう……押し付け合いが……」

「……そ、そうなのですね……」


 もしかして、王太子になりたくなかったのかしら?


「年齢が大体同じくらいなのが問題でしたよね」

「よりにもよって俺に来るか、普通」


 なりたくなかったみたいね。リンブルグもいろいろあったみたい。


「候補者はどのくらいいたのですか?」

「十人くらいか?」

「削りまくってそのくらいですねー。いやぁ、選別が大変そうでしたよ」


 リンブルグの王位継承権ってどうなっているのかしら。削りまくってって……


「いろいろあったんですよー」

「そうみたいね……」


 のほほんと笑っているけれど、たぶん、わたくしが想像もつかないことを経験してきたのよね、きっと。


 困惑しながらもカフェオレを飲む。美味しい。少し、現実逃避をしてしまった。


「俺に決まったのって、たぶん優勝したからだよな?」

「でしょうね。レグルスさま、国で一番強いといわれる人を倒しちゃったから」

「えっ! それは……すごいですね」

「……あれ、絶対自分が王太子になりたくないからだと、思うんだがなぁ……」


 レグルスさまも、自国でいろいろあったのね。と、彼を見ると懐かしむように目元を細めていた。


 やっぱり、自国が恋しいのかしらと考えていると、クロエがコーヒーを飲み干してから口を開く。


「この国からの移住は大変そうですか?」

「クロエ?」

「いや、このままだと私、出世もなにもできそうにないので、外に出るのも良いかと」


 クロエがそんなことを考えているとは知らなくて、目を丸くした。彼女は「意外そうですね」と笑って、店員を呼び、コーヒーのお代わりを頼んだ。どうやら美味しいコーヒーだったみたいね。


「きみは医者じゃなかった?」

「ええ。マティス殿下の主治医という名の追い出しを受けた、医者です」

「それはどういう……?」

「国の医療体制、貴族が仕切っているんですよね。そして、殿下には私の他にも男性の主治医がいますから。ようするに、『女はこっちに来るな』って感じです」


 にこっと笑うクロエ。……彼女も苦労人だ。


 いえ、違うわ。苦労を知らない人なんて、いないはずよね。


 大事なのは、苦労した分をどうやって自分に返せるか。幸せになるために、どうすれば良いのかを考えること……かしらね?

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