自己反響

頭野 融

第1話

 一人で喋るか歌うかしないと、家の中で静かで、文の終わりで句点を付けたり、息継ぎしたりすると、静寂が流れ込んでくる。この部屋を私を蝕んでくる。カッコつけた言い方がくどい。私の身に余る。

 Spotifyで音楽でもかければいい、ホコリを被っているテレビでも点けようか。それともYouTubeで配信でも流すか。全部やって今日はどれもしっくり来ないから、家が静かなんだけどね。何かが自分の中でくすぶっている。エネルギーが有り余っていると言えば聞こえがいいが、不完全燃焼、モヤモヤする、なんて言えばネガティブだ。適当なものだね、言葉なんて、感性なんて、この世なんて。


 酔うと話が大きくなるのは彼の癖だし、そもそも彼の家にテレビは無い。Spotifyも入れていないと言っていたっけ。忘れた。彼に興味が無いから。私は。


 俺は寂しいの!


 声が大きい。いつもは蚊の鳴くような声なのに。今度は彼の心が泣いているようだ。適当に相槌を打って慰める。水でも飲むか? と言ってグラスを差し出すと、俺は良いからお前が飲め、とジャンプのキャラのようなことをサラッと言う。ありがとう、じゃあ次はきみね、とわざとらしくグラスを返すと彼は大人しく飲んだ。私が口すら付けていなのは視界に入っていると思うのだが。まあ、そういうことではないのだろう。私の気遣いが届いてよかった。同時に、彼の気に入りそうなことをやってしまう自分が嫌になった。


 彼の光の無い目が好きだ。もっと、言葉を尽くすなら、頑張って光があるように見せかける態度が好きだ。俺は周りと一緒の正常な人間なんだ、と信じたいが故のぎらついた欲望が必死さが好きだ。空を飛びたがるペンギンと同じくらい好きだ。羽に頑張って糊を付けるイカロスも同じ理由で好きだ。彼の名字が斑鳩なのは偶然だろうか。今日もそうだが、居酒屋などを予約するときに電話口で「いかるが」と言って聞き返されるのが面倒くさいものの、偽名を名乗るのは気が引けるという妙な誠実さによって、彼は私の名前で予約をするようになったし、店先でも二人で予約した神崎です、と悪びれずに言うようになった。自分のことを好きな女の名字を軽々しく名乗るのは不誠実だ、とは思わないのだろうか。


 と、ここまで思い上がった自分に気づいて酔いを認識する。めずらしく酔ったかもしれない。彼を家まで送るところまでが私の飲み会、というか、彼の愚痴聞き会なのに。


 酒に酔ったフリというのは難しいと友達が中学のころ、言っていた。もう今は疎遠で連絡を取っておらず、男同士の盃とでも言おうか、は交わすことができていないのだけれど。彼がなんでそんなことを知っていたかは知らないが、その目はかなりの凄味があって、説得力には事欠かなかった。

 ただ、私は難しいということを認識さえすれば、割と卒なくこなせるタイプである。練習した甲斐があった、惚れた女性が目の前で笑っている。本当によかった。景気づけにもう一杯といきたいところだが、今夜こそは床で寝ないために、そして彼女を残さないように、店を出よう。伝えたいことがある。

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自己反響 頭野 融 @toru-kashirano

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