読み専で感想を入れた先が、派手めの金髪女子大生だった

@Arabeske

序章

第1話

……なかなか面白いし、心情もちゃんと丁寧に書けてる。

勿体ないな。会話群像劇なんて流行らないことをやるから。


よし。


「★で称える」


青い「+」をみっつ、押していく。

暗闇の中に、命を灯したような感覚。


満天下に、この作品を自分が承認したことを、

高らかに告げる気恥ずかしさを押し込める。

いい歳して、こんなことにすら自意識を感じてしまう自分が恥ずかしい。


わざとログアウトし、ブラウザをリフレッシュする。

こびりついた自意識を、振り払うように。


*


もともとは、書き手だった。

高校生だった僕は、見様見真似で転生ものの時流に乗ると、

最大手のサイトでランキングに入った。


あとちょっとで表紙、上位5位以内に乗る。

というところで、僕の書いた小説は「失速」した。

あの時の舞い上がった全能感、その反動の虚無感はいまでも忘れられない。

と同時に、そんなものを追いかけて成績がガタガタになってしまった時期は、

僕にとっては黒歴史以外の何物でもない。


大学生になってみると、なんとも恥ずかしいものを書いていたなと思う。

ただ、ああいうものは、才能のない人間には、

子どものうちしか書けないなと思い知らされる。

常連で表紙に載せている人達は、自意識を抑える鋼の精神とプロ意識、

たとえようもない利他主義でできているのだろう。


最大手以外にも、小説サイトはいろいろあり、

表紙を狙おうとする動きの底の底には、

自分の自意識を惜しげもなく書き連ねる呪詛のような小説たちの山がある。


その中に、埋もれてしまった宝の山がある。


流麗な、書きなれた、落ち着いた文体。

昏い情念や狂気、恐怖、清冽で静かな世界、穏やかな日常。

表紙を彩り続ける文章の上手な人達と、ほとんど変わらないレベル。


違うのは

「売れなさ。」


まず、タイトルがわかりにくい。

流行に背を向けているか、乗り切れていないか。

わかりやすいカタルシスがなかったり、中途半端だったり。

どこかに、自意識がにじみ出てしまうものは、偶然が揃わない限り、売れない。


それは、そうだ。

書き手以上に、読み手のほうが求めている。

全能感を、多幸感を、優しい世界を、無限定の安らぎを。

世の中が辛く厳しく不条理で許せなくままらならないことだらけだからこそ。

なにもかもが叶わないからこそ、なにもかもを叶えてくれる気持ちになりたい。


そういう場で、自意識を振りかざしてしまえば、

誰もついてこないと、わかっているのか、いないのか。


……書けなくなった自分を棚に上げて、なに言ってんだか。


*


全57話、完結済で、

PVが72。ハートが1。

栞が2つで、もちろん、★はゼロ。


なんとも絶望感に溢れた数字だ。

タイトルが「BRIOSO」だけだもんな。

カタカナですらない。廻り見てないのか、いらん矜持持ちか。


でも、とても綺麗な文章だ。

きっと、年上の人なんだろう。30代、いや、40代くらいだろうか。

僕の知らない、バブル時代の話が書いてある。

バブル期のイタリア料理屋はこんな感じだったのかと。


女性向け。主人公の女子に言いよってくる男性は、

少女漫画的な世界感で、繊細な心理描写が目立つ。

オトコは絶対にこんなこと考えない。

「恋愛」ならともかく、「ラブコメ」に置くのはどう考えても間違ってる。

ほんとにどういうつもりなんだろうな。


ただ、文章は上手い。比喩の使い方も慣れてる。

昔に紙の同人誌でも書いてたタイプの人なのか。

地の文から会話文に繋ぐ技術がしっかりしてて、

プロットをちゃんと練っていたことが伝わってくる。


それでPV72。

まぁ、「BRIOSO」じゃ誰も読まないよな。

意味わからんし。


……

結構、読める。

ちょっと読み飛ばしたくなるところや、

都合よすぎるところ、書ききってないところが目立ったけど、

まぁ、読めはする。って、エラそうに。


人物造詣がしっかりしてるからなのと、

丁寧に書かれているけれど、文章が軽妙で、御洒落だけど、ちょっと古い。

若い頃の山田詠美のようなセンスというか。


もったいないなぁ。

題材ちょっと変えれば……。

いや、ネット小説に出さなければ……。

って、ネットでないと書かないよな、こういう人は。


ま、いいや。


「★で称える」

の青い「+」を押していく。

暗闇の中に、命を灯したような感覚が指先に灯る。


たとえようもなく恥ずかしい行為だけど、

一瞬だけでも、作者さんには幸せな気持ちになって欲しい。

誰かの心が動いた証拠を、誰かが貴方の文章を了としたの証を。


*


密かに小説を書き始めたのが小学生の頃。

文集を読まれて辱められた黒歴史を経て、

匿名でのネット小説投稿を知ったのが中学生の頃。

友達と思っていた文芸部の子と喧嘩し、

引っ越しを機に、小説を書いていることを隠したのが高1の頃。


大学の第二志望の学部にギリギリで潜り込み、人並みに化粧で飾ることを身に着け、

サークル活動をソツなくこなし、陽キャってほどでもないけど、

不毛なマウント合戦を躱す程度には生きていけている。


小説書きなんて陰な趣味、言えるわけがない。

20歳を超えてひっそりニチアサのグッツを集めてること以上に。


だから。


ネットで、匿名で、バレないように書く。

性別も、年齢も偽った設定を盛り込んで。

流行に乗りそうで、乗らないような題材に。

男性が書いているフリをしながら、女性の敵意を買わない程度、

自分の性癖や嗜好をギリギリ盛り込める範囲で。


分かってる。無駄なことだと。

もっと生産的な、目に見えることに時間を割くべきだと。

こんなの、ただの不毛な、悪癖に過ぎない。


それでも。

排泄物のように、溜まってしまうから。

こういう形で、出しておきたくなってしまうから。


……だから、こそ。


私のように、小狡く飾ろうとしない、見られることを考えてもいない、

不器用で、正直な、創作衝動だけに従った小説を読むのは、

私にとって、癒しになる。


小学生時代の、文章の主がすべて自分であった時のような、

虚しくもうるわしい全能感を思い起こさせてくれるから。


*


え゛


信じ、られない。

「BRIOSO」に★3がついてる。


こんな古典的な少女漫画に栞とハートをつけたのは

私だけだろうと思ってたのに。


悪役令嬢ものであれば、このタイプの主人公こそ、

極悪な性格がくっつけられて「ざまぁ」されてしまうのに。


そもそも、これ、1年前の小説なのに、

どうしてこの人、★3をつけたんだろ。


なにか、庭が荒らされた感じがする。

私しか知らない森の奥を浸食されたような。


……そんなこと考えちゃいけないんだろうな。


でも、作者さんの最新作は11か月前で止まってるから、

もう、アクセスもしてないだろう。

★をつける意味、あったのかな。


……そういう発想になっちゃうっていう私って、

どんだけ黒い人間なんだと思うけど。


それにしても、どんな人なんだろ。

過去に★をつけてた作品を……


「ななみ」……

女の子、かな? いや、ネカマさんかな?


自分だって「たこわさ」だけど。

高校んときにヘンなのいろいろ寄って来て以来なんだけど、

このIDはちょっと気に入っている。


……うーん。

凄いな。★10以下が7~8割だ。

スコッパーって感じなんだろうか。


ジャンルは恋愛ものとラブコメ、現代ドラマ……。

いま風のファンタジー系がほとんどないな。

歴史ものもちょっと見てる感じかな。


ん……。

ちょっとだけ、この人の趣味、見てみようかな……。


「赤き藍」。

このタイトルのダメさ、焦点の弱さと寒さで鳥肌が出そう。

意味がまったく分からないもの。


でも、「BRIOSO」を推した人だしなぁ……。

……読んでみよう、かな。


……あぁ。

なるほど。

うん。


これ、あ、んー。

あー、でも、わかる、わかる、これ。


要するに、「風俗娘だった自分」の体験談を

小説仕立てにしたものなんだろうけれど、

自意識しか出ていないし、物語になってない。


ただ、文章、上手いよねこの人。

ちゃんと構成されてる感じだし、無駄な自分語りにはなってないし。

どういうつもりで書いたんだろうな、ほんとに。


……ちょっと、だけ。

ほんのちょっとの、悪戯心で。

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