第56話 エルフィーナの夢 1 (両手のぬくもり)
「やあ、エルフィーナ先生、もうすぐ1学期も終わりなんですが、夏休みの計画はできたのかなあ?」
「あ、校長先生。そうですね……子ども達は、自由研究や作品作りなど、いろいろと自分の好きなことを極めたいと計画をしていますよ」
「あはははは…………そうじゃなくてさ。君の計画さ……例えば、
笑顔で校長先生が茶化し始めたので、僕は、急いでエルの傍に行った。
「田中校長先生、職員室でエルフィーナ先生に変なこと言わないでくださいよ~」
僕は慌ててエルを引っ張って連れて来てしまった。
そしたら校長先生が、やたら笑顔で傍に居る先生に話し掛けていた。
「ねえ、山田先生。やっぱりエルフィーナ先生と素田教頭先生は、お似合いだと思うんですけどね~」
「私達、みんなそう思っていますよ、……なあ」
「そうなんです、みんな知ってますからね。気づいてないと思っているのは、教頭先生だけなんですから」
一条先生が、笑いながら言っているのが聞こえてきた。
職員室のあちこちから、笑い声が上った。え? どういうこと? みんな何を知ってるの?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『いやー校長先生には、まいったね……。エル、また、村長のアレクさんと同じように、からかわれたら恥ずかしいじゃないか。まったく……なあ。……エル?……エル?……どうした?』
「直人?……今……村長のアレクって?……アレクって知ってるの?」
「村長?……アレク?……僕、そんなこと言ったかい?……言ってないよ、気のせいだよ、エル」
廊下の隅で、僕達は不思議な感覚に襲われていたんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「エールーせんせーいー……」
グラウンドで遊んでいる女の子に遠くから声を掛けられていた。
「きょうーとーせんせーせー……」
その子は、反対方向を歩いていた僕も見つけて声を掛け、二人を同じ場所に呼びつけたんだ。
「どうしたの?美穂ちゃん」
「はあ、はあ……は、は……な、な、なんかあったかい?」
僕は、走って来たので、息が上がってしまっていたが、呼びつけた
「ねえ、教頭先生にも、生えたのね。……きれいだよ……。エル先生と御揃いだね!」
と、言って僕達の間に入って両手で手を繋いで嬉しそうにしたんだ。
「な、何が生えたって?」
慌てて、僕は、繋いでいない方の手で、顔や頭をなでてて確かめてみたが、何もなかった。
「ねえ、美穂ちゃんだっけ?……教えてくれないかな……何かな……どこに生えたかな?」
慌てる僕に、美穂ちゃんは、エル先生を指さして、「同じだよ……ここ!」と、背中を示した。
僕が、自分の背中を見ようとしても見ることはできない。すぐ僕は、エルの顔を見たんだ。そして、ただ事ではないことが、エルの表情からわかった。
「エル、エル……どうしたの?」
美穂ちゃんには聞こえないように小声でささやくと、エルも我に返った。
「美穂ちゃん、ありがとうね。……わかったわ……。じゃあ、後は任せてね」
と、言って美穂ちゃんを、また一人で遊びに行かせた。
「どうしたんだい、エル?」
美穂ちゃんが居なくなって、すぐに僕は聞いた。
「見えたのよ。直人の背中に、エルフの羽根が4枚。……しかもオルナートの羽根が……」
エルは、嬉しいのか、驚いたのか、また思い出して悲しいのか、……どれも混じった、……どれとも言えない、なんとも言えない表情を見せていたんだ。
「エル、あそこで少し休もうか」
七月の晴れた空の下、中休みのグランドは、もう夏の訪れを感じた。グラウンドの真ん中では、子ども達がサッカーをして遊んでいる。その周りでは、鬼ごっこをしたり、鉄棒をしたり、ブランコに乗ったりしている子もいる。
賑やかで、楽しい風景だ。グラウンドの周りには、大きな木が日よけになっている。 エルは、そこに設置してあるベンチに腰を下ろした。
その近くに、子どもの姿はない。日陰のここだけは、静かだった。
『エル、今、水を汲んでくるから少し待っていておくれ。……この前の満月の夜は、僕が水を汲んできてもらったのに、飲めなくてすまなかったね……』
「え?……直人?……あなた、今、何て! ね、オルナートなの?……待って!……行かないで! また、置いていかないでーーー!!」
エルは、グラウンドの木陰で気を失ってしまった。
「さ、エル、エル、水だよ……」
エルを抱き起し、汲んできた水を口にふくませた。
「あ!……あなたは誰?」
「何、言ってるの……直人だよ……どうしたの?」
「直人―――」
エルは、僕にしがみつき、泣き出してしまった。そこへ、さっきの美穂ちゃんがやって来て言ったんだ。
「エル先生、どうしたの? 何、泣いてるの? ……良かったよね。羽根の人だよ。教頭先生が羽根の人だったんだよ。泣くことないんだよ! よかったんだよ!」
そして、また遊びに行ってしまった。
「え? 羽根の人? 直人が……どういうことなの? よかった?」
エルは、またそのまま気を失ってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「気が付いたかい?エル」
「ああ、直人……、ここは?」
「保健室だよ……」
周りに、心配して集まっていたのは、校長や保健の先生だけではなく、学年主任の平野先生達も来ていた。
「どうもご心配をおかけしまして……ちょっと、暑さにやられたのかもしれません」
「そうか、エルフィーナ先生の国は、こんなに夏は暑くないからねえ……」
校長先生が口裏を合わせて、みんなを納得させた。結局、エルは、軽い熱中症で倒れたということで、学校は早退することにしたが、もちろん僕が付き添うことにした。
帰り際、僕は、田中校長先生に呼び止められた。
「教頭先生、エルフィーナ先生は、とてもよく頑張ってくれている。知らない世界にきて、4か月が過ぎようとしているんだ。普通の先生でも、そろそろ心がオーバーワークを起こす時期なんだよ。自分では気が付かなくても、寂しくなったり、孤独感にさいなまれたりするもんだ。
君には、彼女を召喚した責任があるんだ。いや、彼女が、君だからこの召喚に応じたのかもしれないんだ。この召喚は、彼女自身が選んだと言っていただろう……。だから、やっぱり、君がしっかり面倒をみてあげて欲しい。……これは、命令じゃない……お願いなんだ」
校長先生は、いつものいい加減さは微塵もなく、真剣に頭を下げていた。
「校長先生、頭を上げてください。……わかっています。僕は、エルが、大好きです。先生としても、それから………。だから…………任せてください」
僕も真剣だったが、だんだんと顔が赤くって行くのがわかった。
「さあ、エル、今日は帰ろうか……」
少し早いが、お昼で切り上げ、午後から二人で年休をとったんだ。
(つづく)
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