第46話 エル学級がめざした運動会 4(入場行進)

※今日は、教頭としての直人の視点




「みんなーーー、準備は、いいかあーーーーー」

「「「「「おおおおおおーーーー」」」」


 運動会のスタートを告げる入場行進が始まる。

 ゲートのところで、6年生が大きな声で確認をしている。





「田中校長先生、始まりましたね……」

「そうだね……」



 相変わらず僕は、ドキドキしながら見ていたが、校長は微笑みながら式台の上から子ども達の様子を見守っていた。

 式台は、グラウンドの正面、本部席の前に置かれていて、入場した子ども達を真正面から迎え入れるようになっている。

 校長は、式台の上に立ち、入場から一部始終を見守るのである。



 僕は、その式台の脇に控えるだけだが、それだけでも緊張するのに、司会は6年2組の井上いのうえめぐみさんだ。エル学級のエースなんだ。

 学級委員としてこの大役を任されていた。



「最初は、1年生か………」


 ゲートをくぐり1年生がグラウンドに入って来た。

 1組は赤、2組は白と別れてのチームカラーが決まっていて、すべて体育帽子で色分けされている。


「おや?今年は、入場の時は、バラバラか?」

 僕は、子ども達の頭に目が奪われた。学年の中で、赤い頭と白い頭が、ぐちゃぐちゃに入り混じっていたんだ。


「面白いじゃないか…………さすが6年生……アイディアマンだね」

 校長が感心した。


「いや、それにしても今年の運動会の企画を6年生に任せたというのは……」

「おや?素田すだ教頭先生は、何を心配しているんだい?」

「だって、校長先生…………」



 僕は、式台の上の校長を見上げながら、ソワソワしていた。




 その1年生が、本部席や多くの観客がいる前を通る時は、列の並びなどは気にせず、目いっぱい体を向けて両手を振ったり、体を揺らしたりしながら、自分を表現して見せていた。




『……あ!うちの子だ!』

『○○がいたぞ!がんばれ!!』

『○○ちゃんだ!こっち向いて!わーー!』



……………………………お客さんも、大喜びだった。





 同じように、2年生も3年生も拍手喝采を受けた入場行進だった。すべての学年の入場行進が終わった。



「え?……6年生が、居ない!!」


 客席もざわついた。

 グラウンドの中央には、1年生から5年生までが、少し詰めて並んでいた。紅白に別れ、学年ごとだ。


 ざわつきが止まらない。



「整列!」

 いつものめぐみさんにしては、鋭い声だ。司会のマイクを通して声が響いた。一瞬、グラウンドが静寂に包まれた。



「6年目標!!」


 この声を合図に、集合していたそれぞれの学年の中に、緑の点が現れ出した。その点は、次第に線になり、 ”信”  の漢字になって浮き上がった。

 6年生は、体育防を緑にし、緑の布も羽織ったのである。



『何だ!集まった子ども達の中に、人文字が浮き出たぞ!……あ!!あの人文字を作っているのは、6年生だ!!』


 気が付いたのは、見ていた保護者や集まった地域の人達だった。


 式台の上で、この瞬間を待ち望んでいた校長は、


「6年生ありがとうーーーーーー! 私は、この運動会を通して、この文字の本当の意味を受け取ることにしまーーーーす。みんなも、がんばってくれたまえ!!!」

と、簡潔に、それでいて熱のこもった言葉を送ったんだ。


 そして、グラウンドは割れんばかりの拍手が巻き起こっていた。





「もとへ、もどってください」

 めぐみさんの指示が出ると、6年生は一斉に動き出し、定位置に整列し、何事もなかったかのように開会式が行われた。



「田中校長先生、僕はドキドキが止まりませんでしたよ。だって、あれだけのことを練習無しでやるって言うんですよ、エルフィーナ先生は。僕は、夕べ聞いて、ひっくり返ってしまいました。

 確かに6年生は綿密な計画を立てたそうですが……他の学年まではね…………」



 僕は、胸を押さえながら、なかなか興奮がおさまらなかった。


「何を言っているのかね素田教頭先生……6年生は、この2ヶ月、どこへ通っていたか知っているだろう?最初に6年生が見えなかったのは、各学年に混じって、その都度細かい指示を出していたからだろうね…………。うちの学校ではね、どの学年だってみんな6年生を信頼しているってことだよ」


「そうなんですね……」


「しかもだ………この運動会を通して、まだその ”信” を積み重ねようっていうんだから、楽しみじゃないか……ねえ」



 嬉しそうに話しながら、開会式を見守っている校長だったんだ。




(つづく)

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