第20話 必勝!エルフ流 学力向上マル秘対策 8(それだけでいい!)

※エルフィーナの視点





「エル先生…………ぼくは…………なんにも………ないよ……」

 休み時間になって、一人で私の傍に寄って来た子がいたの。一郎いちろう君は、妙にしょんぼりしていたわ。



「どういう事なの?」

 私は、誰もいなくなった教室で、一郎君と静かに向かい合ったの。


「ぼくね、勉強はね、そこそこわかるんだけど……教えるほどじゃ……それにね……恥ずかしいんだ」

「恥ずかしいの?教えるのが……」




「う……ん、人…と…ね、話す……のがね……」


「今、こうやって、話せてるじゃない、大丈夫よ」


 でも、一郎君は、周りをキョロキョロ見まわしながら、小さな声で言うの。



「…………それはね、他に誰もいないだろ?それに、エル先生だから…………聞いてくれるから……話せる……の」




 私は、優しく一郎君の頭をなでながら、少し考えて提案してみたの。


「…………一郎君、話さなくてもさ……あなたのよいところを見せれば、いいんじゃないかしら?」

「いいところ?……そんなのないよ」


 一郎君は、すぐに否定したが、私は、その言葉は無視して続けたの。




「私ね……花村先生から聞いてたのよ……あなたのいいところ!だから、早く見たかったのよね……4月に会って、すぐ見ることができて、とっても嬉しかったわよ」



「何?エル先生?教えてよ!何?何?……」


 一郎君は、答えを聞きたくてせがんできたんだけど、私は、ちょっと笑顔でお道化たふりをしてこう言ったの。



「ダメよ、だって、私の宝物なんだもの!

 ……だけどね、きっと他の教室の人も、見るだけで、宝物と思ってくれるわよ。

 給食の時間に、自分の給食を持って行って来なさい。

 黙って食べて来るだけでいいからさ、あなたのいいところを見せてきなさいよ!」



「えー?なんか、エル先生に騙されてるような気がするなー、でも、ぼくはエル先生を信じてるから、行ってくるよ…………でも、がっかりして戻って来ても怒らないでね……」


「何言ってんの、怒るわけがないし、がっかりなんかしないわよ……さあ、休み時間よ、好きな事をしておいで」






・・・・・・・・・・・・・・・・


 給食が始まったと同時にクラスの中が、少し騒がしくなったの。




「あのう、エル先生、給食時間なのに一郎君が居ません」


「ああ、一郎君は3年生の教室へ行ったわよ」

「ええ!一郎がいないのかよ~、がっかりだなあ」

「そうね、今回は席替えで、せっかく一郎君がうちの班になったのにね………」

「なあに、みんなそんなに一郎君と給食を食べるのを楽しみにしてるの?」



「え?エル先生は、楽しみじゃないのかよ?」

「もちろん、楽しみよ……でも、みんな、そのことを一郎君に言ってあげてるの?」


「あ、うん……いや、何となく……恥ずかしくてな」

「私も……言ってないわ」



「私なんか、あんまりお話もしてないの。

 ……でも、一郎君の食べるとこは大好きなの。いっつも、何でもおいしそうに、嬉しそうに食べてるのよ。

 そして、きれいに残さず食べるの」



「本当にあなた達は…………。えっとね、大事なことを伝えることも、勉強なのよ。伝えられると、嬉しいでしょ!」



 そう言ったあと、私は、自分ではきちんと伝えているかどうか、ちょっと考えてみちゃった……………。





「そうだな、一郎が戻ってきたら、話してみような、なあ、みんな……」


 勝君が、教室のみんなに声を掛けてくれたから、もう大丈夫ね。





・・・・・・・・・・・・・


 給食が、終わって戻って帰って来た一郎君は、不思議な顔をしていたわ。


「お帰り……どうだった?3年生の教室は……」



 帰りを待っていた6年2組のみんなは、口々に尋ねたの。

 いつもは、そんなに声を掛けられることもないので、少しびっくりした一郎君だったけど、今日はなんだかみんなに聞いてもらいたいことができたみたいね。



「あのね、あのね……ぼくね、3年2組の教室で給食を食べただけなんだけど………先生に褒められちゃったんだよ。

 それだけじゃなくて、3年生の子がね、拍手してくれたんだ。ぼく、給食を食べただけなのに……」



 それを聞いたとたんに、クラスのみんなが、一郎君に駆け寄って行って謝りだしたの。



「ごめん一郎、おれ、お前といつも給食を食べることができて、すっごくうれしかったんだ、言ってなくて、本当にごめん」


「え?」


「一郎君、私、一郎君の食べ方見てると、嬉しくなるの、私も、黙ってて、ごめんね」


「ええ?」


「私、一緒の班で、給食を食べることができて、よかったって思ったのよ。嘘じゃないからね」


「えええ?」




 思わぬ告白に、一郎君は、びっくりしているわ。うふっ。

 そして、何か一郎君は思い出したみたいなの。


「…………エル先生…………ぼくね…………小さいころ、おばあちゃんに言われたことがあったんだ。

 …………一緒にご飯食べると、いつも楽しいねって。

 …………おばあちゃんは、もう亡くなってしまったけど、そういえばいつも何か食べてると、傍におばあちゃんがいるような気がしてたんだ。

 …………だから楽しかったかもしれない…………でも、これからは6年2組のみんながいるから、もっと楽しくなると思うな……」


「よかったわね、一郎君。これからも楽しい食事を続けてね」


「うん、ありがとう、エル先生」





・・・・・・・・・・・・・・・


 放課後、やっぱり私は廊下で呼び止められたの。

 全速力で走ってくる3年2組の上山うえやま先生は、満面の笑みだったわ。


「すみません、給食でお世話になった3年2組の上山です。

 今日は、助かりましたよ。よく、あの子をうちのクラスに寄こしてくれましたね。

 本当にありがとうございます」


「いえいえ、一郎君は、自分の意思で行ったのですよ。私は、何も決めていませんよ」


「そうだったんですか……だったら、なおさらすごいですね。

 彼は、黙々と給食を食べていましたが、何とおいしそうに、嬉しそうに食べたことか。

 実は、うちのクラスは、食べ物の好き嫌いが多くて困っていたのです。

でも、一郎君の食べっぷりを見ただけで、自分も一口食べたいという子が続出しましてね。

 私は、泣きそうになり、思わず一郎君を褒めてしまいました。

 一郎君は、ポカンとしていましが、エルフィーナ先生からもよろしく伝えてください、お願いします」


「いいえ、わざわざ、ありがとうございます」


「また、いつでも来てください。もちろん、給食以外でも、他の子も、待ってますよ、じゃあ」


 上山先生は、若い先生だからかな。給食を子ども達に食べさせるのに、苦労していたのね。それが、楽しそうに食べる一郎君は、もうそれだけで“褒める”に値したということかな。


 良かったわね、一郎君!




・・・・・・・・・・・・・・




 私は、この話を6年団の先生達にも話したの。


「そんな楽しい光景をエル先生は、独り占めしていたんですか……ずるいなあ」

と、笑いながら1組の平野ひらの先生は冷やかしていたけど、私はちょっと嬉しかったわ。



「私だって、花村はなむら先生に聞いたことなかったわよ……あ!きっと自分達だけの秘密にしてたんでしょ」

と、同じく1組の特別支援担当の一条いちじょう先生も笑いながら言ったの。


「いやあ、自分達は、当たり前だと思ってたんだけなあ……」

と、頭をかきながら山田やまだ先生は、私と顔を見合わせたわ。


「冗談ですよ……それにしても、あの無口な一郎君の活躍が分ってよかったですね」

 またしても”褒めの平野先生”が、嬉しそうに言ったあと、一言付け加えたの。


「明日から、給食時間には、6年2組にギャラリーが増えそうですね……あははは」




(つづく)

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