第19話 必勝!エルフ流 学力向上マル秘対策 7(反響)

 その日の放課後、ボクの机の所まで6年団の楽しい話が聞こえたんだ。

 そう、あの声の大きな1年1組の牧村まきむら先生がやって来たんだ。



「エルフィーナ先生、驚いちゃったわよ、私ー」



 彼女は、”おしゃべりマキちゃん”と言われるくらいよくしゃべるんだ。

 そんなに若い方ではないが、大山里おおやまざと小学校では、自称若手で通っている。誰にでも親しみを込めて”おしゃべり”をするのが、彼女の売りだ。


 その彼女が、真っ先にエルに笑顔で握手を求めていたんだ。




「私ね、6年生が1年生に勉強を教えに来るって聞いて、たぶん必要以上に手取り足取り、1年生に絡んでくるもんだと思ったの!

 だって、今までにもあったのよ、勉強を教えるふりをして、遊びに来ることはね、ね、平野ひらの先生」

 

 何の悪気もなく、笑顔で話す牧村先生だった。


 それを受けて、平野先生も平然と

「そうだね、実は、こいうのはよくやる取組なんだよ」

と、平気な顔で話していた。



「へー、そうなんですか……私、何も知らなくて……迷惑かけたんじゃないかしら?」


 エルだけが、少し困ったような顔をして、謝りかけた時、すぐに牧村先生は大きなかぶりを振って止めたんだ。



「違う違う!そんなことないよ、エル先生。あ、私もエル先生って呼んでもいいかしら?」

「もちろん、どうぞ、お願いします」


 牧村先生の押しの強い話し方に少しびっくりはしていたが、特に嫌な感じではないな、とボクは思った。



「あのね、あの子達、6年生ね、教室へ来たら、最初は黙って私の授業や1年生の様子を観察し出したのよ!

 ……私、びっくりしたわ、研究授業かと思ったぐらいよ……ほんと、あんなに緊張したの久しぶりよ」


「あのー、ごめんなさい、牧村先生」

 またエルが謝って、今度は泣きそうな顔になっていたんだ。あれ?僕が助けに行った方がいいかな?と、まで、思ってしまったんだ。



 すると、牧村先生が、笑い出して、

「いいの、いいの……この緊張はね、とっても楽しかったのよ。

 あ、それからね、私のことはね、”マキちゃん”でいいからね。みんなもそう呼んでくれるのよ。お願い、エル先生!」



 エルもようやく落ち着いたようだったが、僕もホッとした。


「ありがとうございます、マキちゃん!」

 エルは、すかさず笑顔で返していた。流石、エル!



「それでね、しばらくしたら、算数だったんだけど、ブロックを並べて数える1年生の様子を見て、6年生が5つの塊を作ることを教えていたの。

 そしたらね、1年生が早く数えることができるようになったって言って、大喜びよ!

 ……私も驚いたわ、1年生があんなにうれしがるなんてね。


 すごいのは、その後よ。6年生は、また、黙って見ているの。決して余計なことをさせたりはしないの。

 私だったら、つい、あれも、これもって、やらせたくなるのよね。いつもそれで、チャイムが鳴って、勉強時間からはみ出すのよ……。

 それで、きっと中途半端になって、勉強が嫌いになる子が出るのよね」



「まあまあ、そんなにマキちゃん、自分を責めなくてもいいからさ、6年生に手伝ってもらってよかったじゃないか、いつか6年生に恩返しできればいいんじゃない?」



 ”おだての平野先生”は、6年生をべた褒めする牧村先生さえも、落ち込ませないように褒めるので、いつしか牧村先生も6年団混じっているような感覚になっているのかな。なんだかとっても嬉しそう!


「ありがとうね、ぼんちゃん。それに6年の先生達みんな……本当にみんないい子だよ、また来てね」



「へえ、あの子達、すごいね、僕もあの時、話合いの場にいたけど、そこまでやるとは思わなかったよ」

 特別支援とくべつしえん担当の山田やまだ先生は、その時の様子を思い出したみたい。



「たぶん、あの子達は、自分の嫌な経験がたくさんあったんでしょうね。だから無理に教えるということの意味を知った時、自分は何をすべきか気がついたんだと思うの」


「すごいですね、山田先生も、牧村先生も。私なんか、ただ、子ども達を見ているだけです。何も考えていませんよ」




「そんなことないよ、エル先生だって、信じて任せてるでしょ。

 任せるって、すごく大事だと思うんだよね。子ども達はね、任されたから、頑張ったんだよ、きっと」


「お、千恵実ちえみ支援員しえんいんはいいこと言うね。さすがいつも子どもの傍にいるだけのことはあるなあ」


「よしてよ、山田先生。先生に言われると、ちょっとくすぐったいよ…」


「でもね、エル先生、千恵実さんの言う通りだよ。

 あなたが、任せるって決めたから、子ども達が、考えて頑張ってくれてると思うんだ。

 …………あなただって、何か任されてるんじゃないの?これだけ頑張れるんだからね」





 エルは、たった3週間ぐらいのことなのに、ものすごい体験をしているんだ。僕は、そんなエルと一緒に過ごせた時間をなんだかとても大切に思えた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※ここからは、エルフィーナの視点



次の日、朝の会で、子ども達も同じように興奮していることが分かったの。



「昨日、おれ、1年生に”すごい”って言われぞ!」

「すごいな、勝。何を教えたんだよ」


「何って、ブロックを数えてたんだよ。1年生は、1個ずつしか数えないから、5個の塊を作ることを教えたんだ。そしたら、数えるのが早くなったって言って、すごい喜んでさ」


「お前、調子に乗って、10個の塊とかも教えたんじゃないのか?」

「いや、まだそこまで勉強しているようじゃなかったんで、おれは黙って見ていたよ」




「勝君、えらいわね、私も1年生の教室に行ったのよ。

 そしたら、お花も、団子も、ベンチも、みんな1個、2個って数えているの、だから、人間は『ヒトリ、フタリ……』って数えるのよって教えたの。その後「トンボは?」って聞かれて、『1ぴき、2ひき……』って教えたの」



「1年生は、数える勉強をしているんだね」


「そうね、それで、『物によって言い方が違うの?』って聞かれたのよ。私、ちょっと困っちゃったわ」



「で、どうしたの?」


「物には、名前があるように、数える時にその名前に合わせるのよって教えたの……でもね、数え方の名前は、そんなにたくさんは無いから、一緒に勉強していきましょうって言っておいたわ……もし、1年生に聞かれたらお願いね」



「よーし、おれも、いろいろ覚えておくぞーー」











「ぼくねー5年生1組に行ったんだー」

 

 あれ、大助だいすけ君、なんだか浮かない顔をしているわ。どうしたのかしら?


「どうしたんだよ、大助」


「算数だったんだよー」


「あ、お前、算数は苦手だよなー」



「うん、でもねー、でもねー。

 ぼくね、準備はしていったよ、メモ帳に鉛筆📝は、しっかり持って行ったんだ。

 5年生ね、小数のしくみについて勉強してたんだよ。ぼくさ、5年生に教えることをすっかり忘れちゃって、先生の算数の勉強を真剣にメモしてたんだ。

 おまけに質問もしちゃったんだよね」



「え?大助が?いつもは、質問なんてしないのに、どうしたんだよ、いったい」


「だって、5年生が何を勉強してるかわからないと、自分が何を教えればいかわからないだろ?だから真剣に先生の話を聞いてたら、思わず聞きたいことがあってさ……」



「5年生の先生は、あててくれたのかい?」


「なんか、びっくりした顔してたけど、当ててくれたよ。そして、ぼくが、一生懸命メモをしてたら、なんか笑ってたなあ」



「笑ってたあ?笑われたのか?」


「別に、それはどうでもいんだけど、実は小数のとこさ、わかんなかったんだよね。

 でもさ、昨日、5年生の教室で授業を見て、先生に聞いた後、もう一回うちに帰ってから5年生の教科書を引っ張り出してやってみたら、何だか問題が解けたんだ。

嬉しかったよ。

 5年生には申し訳なかったけど、なんか自分の勉強になったような気がしたなあー」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 私、その後の休み時間に、廊下で後ろから走って来た人に呼び止められたの。

 大きな声だったから、ちょっとびっくりして振り向いたんだけど、隣の学年の先生だったのよね。


「……やあ、すみま……せん、エルフィーナ先生、昨日会えなかったもので、5年2組の前田まえだです」



「いいえ、こちらこそ。昨日は、うちの子達がお邪魔してすみません。

今朝、聞いたんですが、あまりお役に立てなかったようで、それどころか授業のお邪魔もしたらしくて……」



「いえ、いえ、まったく、そんなことはないんです……逆ですよ。

 特に、大助君は、えらかったですね。

 最初、僕は何をしてるかわからなかったんですよ。

 でもね、周りの子に聞いたら、教えるためには、何が必要かを見極める必要があるからはじめはじっくり観察するんだというじゃあありませんか。……驚きましたよ。


 ……僕はね、彼を知っているんです。彼は、算数🧮は得意じゃないんですよ。でもね、あれだけ集中して授業を見ることができるなんて、僕はもうそれだけで、嬉しくて笑いが止まらなかったんです。

 なんせ、彼の1年の時の担任ですからね。


 増してや質問したんですよ。……すごいじゃないですか。

 これはね、彼が5年生に勉強を教えるより、もっとすごいことなんです。5年生にとって、ものすごいお手本になったんですよ。

 エルフィーナ先生、本当にありがとう。どんどん子ども達をよこしてくださいね、待ってますよ」

 



 前田先生は、自分の想いだけ吐き出して去っていったの。

 私は、何か心地よい嵐が吹いた感じがしたの。しばらく彼の後ろ姿を見ながら、廊下でいろいろ考えてしまったわ。


 ふと、我に返り、慌てて教室に戻り、大助君に今の話をしてあげたの。

『前田先生の笑いは、本当に嬉しさのあまりの喜びだったのよ』って。

 

 大助君、素直に喜んでいたわ。嬉しかったのね。そして、自分の勉強に対する自信ができたみたいに、しっかり前を見つめる眼をしていたわ。




(つづく)

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