第3話 ヒロインの婚約者は愚鈍?

「幼馴染みふぁーすと?」

「あー、幼馴染みびいき」

 僕の質問はブルーメ嬢にとっては思いがけないものだったようで、言われて初めてそのことに気が付いたと言った様子だった。

「申し訳ありません。私、全然そのことに思い至りませんでした。と言うか、もしかしたら、メラニー様は気が付いていなかったのかもしれません」

「なんで? って聞いてもいい?」

「はい、あの、こう言っては何ですけれど、パウル様はご両親の前では、幼馴染みの方の話は一切しないのです」

 ん?

「その幼馴染みの方は、フィッシャー家に出入りできる立場の方ではないので……」

「どういうこと?」

「フィッシャー領の領民の方なのです」

「ま」

 っじかー!

 伯爵令息の幼馴染みっていうから、てっきり隣領の貴族の令嬢かと思いきや、まさかの領民!!

 あー、それだったら、確かに親にはその幼馴染みの話なんざしねーわ。

 これが少女ではなく少年だったら、領民の声を聴くのはいい経験だと捉えられるけれど、少女はなぁ……。

 貴族の子息が領民の少女と仲が良いなんて、それはさすがに親が危惧するし、近づくなと怒り出すだろう。

 つまりフィッシャーは、そういったことを理解できる頭はあるわけか。

 小賢しいな。

「じゃぁ、その幼馴染みファーストするようになったのは、この学園に来てから?」

「いえ……、どう説明したらいいのでしょうか? まずそのお幼馴染の話が出てくるようになったのは、イヴがパウル様を相手にしなかったからなのですが……。最初からお話ししたほうがいいですね」

 ブルーメ嬢の話によると、まずブルーメ前女伯とフィッシャー夫人は学生時代からの付き合いで、子供が出来てから、話し相手と言う名目で、一・二回ほど顔通ししていた。

 そのあとフィッシャー伯爵の投資がぽしゃって、フィッシャーとブルーメ嬢との政略ありきの婚約が結ばれ、夫人に連れられて月一で訪問するようになる。

 その訪問の交流は、ブルーメ前女伯が体を壊し床に就くようになるまで続けられたが、ブルーメ前女伯が亡くなり、喪に服す期間もあって、フィッシャー家からのお伺いは途絶えるが、ブルーメ嬢の負担にならない範囲で、ブルーメ嬢がフィッシャー家にお呼ばれされるようになった。

 その間、ブルーメ家では伯爵代理が後妻と異母妹を引き連れて戻ってきて、屋敷での生活が始まる。

 その話を聞いたフィッシャー伯爵が、ブルーメ伯爵代理の爵位簒奪を疑い、フィッシャー伯爵はフィッシャーを連れて、ブルーメ家へ訪ねたわけだ。

 フィッシャー伯爵はブルーメ伯爵代理に、次期伯爵であるブルーメ嬢とフィッシャー家との婚約をどこまで知っているのかという話をしたのだが、伯爵代理は、『前妻の決めたことに口出しする気はない』とだけ言ったそうだ。

 つまりは、フィッシャー伯爵とブルーメ前女伯との取り決めを、破棄するか継続するか、伯爵代理には知ったことではないというわけである。

 伯爵代理の態度に思うところはあったようなのだが、フィッシャー伯爵は義理堅い人物で、ついでに言えば実直でもあったため、ブルーメ前女伯にした借金と息子の婚約をご破算にすることはせずに、政略込みの婚約は継続された。

 ついでにブルーメ嬢の境遇を心配したのか、フィッシャーに、月一の訪問を再開するように言いつけた。

 そこでフィッシャーは、再びブルーメ家に訪れるようになったのだが……。

 フィッシャーはブルーメ嬢そっちのけで、イヴとの交流をしたがった。

 イヴはフィッシャー伯爵とフィッシャーに、伯爵代理と後妻の娘だと挨拶をした後は、訪れるフィッシャーにわざわざ挨拶するなんてことはせずにいたのだ。

 が、しかし。フィッシャーのほうは何か様子が違っていた。

 やたらとイヴのことを気にして、話題に出すようになった。そして隙あらばイヴに接触しようとしていたらしい。

 実際、フィッシャーは交流のお茶会で、指定されていた場所で大人しく待つことはなく、ブルーメ家の屋敷をふらついて、イヴの姿を探していたようだ。

 そしてイヴの姿を見ると嬉しそうに駆け寄って、ブルーメ嬢が来るまでお茶に付き合ってほしいだとかいろいろ言っていたらしい。

 イヴは最初からフィッシャーのことは相手にしておらず、自分の勉強を邪魔しようとするフィッシャーに対して、顔を見るたびに激しく罵っていたそうだ。

 この話は、ブルーメ家の執事と侍女長の指示で、イヴにつけられていたメイドが、そのように証言していて、間違いはないというお墨付きもあるそうだ。


「フィッシャー伯爵に連れられて、お父様との話し合いに来た時に、一応お父様と再婚したお継母様、それからイヴの紹介をしたのです。その時にパウル様は、大変イヴに興味を示していました。そのあと、イヴから素っ気なくあしらわれ……、いえ、あのアルベルト殿下はもうご存知ですから、正直にお伝えしますが、パウル様はイヴからこっ酷く罵倒されました」

 あぁ、うん。その光景が目に浮かぶよ。

 だってフィッシャーはブルーメ嬢の婚約者なんだから、ブルーメ家の屋敷に訪れる理由はブルーメ嬢に会うためだ。

 イヴはその辺のことちゃんと理解しているから、ブルーメ嬢とお茶をする部屋で大人しく待つこともせず、ふらふらと歩き回り、イヴの姿を見た途端に、嬉しそうに駆け寄ってきた異母姉の婚約者に対して、嫌悪を抱いたんだろうな。

 てめーなにやってんだ。ってね。

「それで、イヴにそういった態度をとられてからは、近づかなくはなったのですが……」

「何かあった?」

「交流の訪問が減ったんです」

 減った?

「正確には直前でキャンセルされることが多くなったんです」

 まぁイヴに付きまとって、それをやり込められたんだろうし、顔を合わせないように気を付けはするけれど、絶対顔を合わせないという保証はない。

 訪問するのが気まずくなったのかもしれないね。

「キャンセルの理由が、例の幼馴染みの方でした」

 あっ! そこでフィッシャーの幼馴染みが出てくるわけね?

 えー、全く、あいつ何やってんの?



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