第36話 やっぱり旅は楽しい

 あっという間に夏の長期休暇がやってきた。

 夏の公務は去年よりも量を減らしてもらったせいか、あっという間に終了し、かねてより計画していたメッケル北方辺境地への避暑に行くことになった。


 メンバーは僕とネーベル、イジー、リュディガー、保護者としてネーベルの養父クレフティゲ老。護衛としてフェアヴァルターとゲルプ、王宮から派遣されたトロイエ。使用人枠で、シルトとガーベル、それからガーベルの助手のピルツ。


 最初は馬だけでという話だったんだけど、さすがにそれは駄目だと宰相閣下に却下されてしまった。

 そうしたらフェアヴァルターが、お忍びの設定を変えてはどうかと提案してきた。

 なので、引退した行商人が孫と一緒に旅行という設定に変更。

 引退した行商人はクレフディゲ老。僕ら四人は孫。フェアヴァルターとゲルプとトロイエは雇った護衛で、シルトとガーベル、ピルツはクレフディゲ老の使用人。

 偽装工作として、王宮からマルコシアス家が所有しているタウンハウスに一度立ち寄って、それからいろいろ支度をしてから出立することになっている。


 荷馬車に偽装した馬車二台で行くことにした。

 外見は荷馬車っぽく見えるけど、車輪周りは振動に強いように強化されているし、荷の部分は空間魔術を用いてカスタマイズされていて、座席部分もスプリングを強くして振動をクッションで吸収させて、座り心地がいい。

 なんか、なんだろう、この馬車を見てると何かを思いだす。

 うーん、なんだっけなー。こういうの、どっかで……。


「あっ、キャンピングカー」


 僕の言葉に、傍にいたネーベルたちが振り向く。

「なに? なんか言ったか?」

「ううん、独り言」

 やべーやべー、ネーベルだけならともかく、イジーたちに聞かれたら、なんて説明すればいいかわからんわ。

「準備ができましたよ。出発しましょう」

 フェアヴァルターに声を掛けられて、馬車に乗り込むと、ゆっくりと動き出す。


 そう言えば、某名作劇場で、葡萄酒が好きなロバと変な顔をした犬を連れた女の子が馬車で旅をするアニメがあったよなぁ。

 そっかぁ、今思えば、あの馬車も僕らが乗ってるこの馬車も、キャンピングカーのはしりだよね。

 この世界も遠い未来、文明が発達したら、馬ではなく魔導で動く車が開発されるのかな?


 メッケル北方辺境領まで、馬車で七日ほど。行きはイジーの要望で、ビルスナー領のレーゲン湖経由でメッケル北方辺境領に行くルートをとる。

 レーゲン湖は塩湖で夏場の今はちょうど乾期になって、まさに塩の大地みたいな感じ。

 どうやらイジーは、塩湖の底? 地表がどうなっているのか見たかったようだ。

 確かに、水が抜けた状態の塩湖って、どうなってるんだろうって思うよね?

 真っ白な塩の大地は、なんだかこの世のものとは思えない神秘的な光景だった。

 写真が撮れたらよかったのになぁ。


 レーゲン湖の傍には野営ができる場所がなかったので、そのまま塩の大地となっている湖を突っ切り、その先にある、ヴィント神とヴァッサー神を祀ってる神殿近くの町で泊まった。

 北上していくにつれて、町も村も少なくなっていくので、野営もふえていく。

 そして意外なことに野営地は結構な数があった。


 いや、野営なんて、現代日本と違って規制されてないんだから、好きなところですればいいじゃんと思うなかれ。

 確かに規制はないけど、野営ができる場所とできない場所があるんだよ。

 まず第一に水場の確保。次に、大きな街道に近く、しかしその街道の邪魔にならないある程度の開けた場所であること。最後に行商人や旅人、冒険者などが何度か野営の設営をしている場所。

 皆が野営を設営する場所なら、盗賊山賊、それから魔獣対策になるからだ。

 だけどそういう場所は、思いのほか少ない。


 領によっては領主が野営場所を定めて、ある程度の手入れをしているところもあるけれど、殆どの領主は好きにやれって感じで、そこまで手を回していない。

 フルフトバールは不帰の樹海に安置拠点を設営しているので、領都や町を繋いでいる街道だけじゃなく、それ以外の林道なんかにも、野営拠点を作って整備しているからか、行商人や旅人がけっこう利用してくれている。


 僕らは本格的な野営は今回が初めてだし、不帰の樹海で魔獣を狩り慣れているクレフディゲ老とフェアヴァルターに指示をもらって、四苦八苦しながらもテントやタープを張って設営した。

 クレフディゲ老とフェアヴァルター、ゲルプは、フルフトバールで魔獣を狩り慣れてるので、時間を掛けずに野鳥を狩ってきてくれたんだけど、ガーベルも野ウサギを難なく狩ってきたので驚いた。


 ガーベルとピルツは、狩ってきた野鳥や野ウサギの解体もできて、あっという間に血抜きから羽根をむしりと皮剥ぎ、そして解体を済ませてしまう。


「本当は鳥もウサギもしばらく置いて熟成させたほうが美味いんですがねぇ」

 僕らは目の前で、ガーベルが肉塊を部位に切り分けていく様を興味津々でみつめる。

「面白いですか?」

「うん、だって普段どうやって料理ができるか知らないんだもん。僕らのところに出てくるのは完成品だから、こうやって調理をしてるところ見るの楽しい。あと、ほら、宮殿や寮で食べる料理と違うから、何ができるかワクワクする」

 僕がそう言うとイジーとリュディガーもうんうんと頷く。


「料理長、キノコと山菜かなりありましたよ」

 籠を背負ったピルツがネーベルと一緒に戻ってきた。

「キノコって、もうちょっと寒くなってからじゃ?」

 季節で言うと秋の実りだよね?

「夏キノコもおいしいですよ」

 ピルツはそう言って、採ってきたキノコと山菜の下処理を始める。

 ガーベルとピルツは鑑定の魔術が使えるので、毒キノコや有毒な山菜の誤食の心配はない。

「鑑定がないとキノコ採るの難しい?」

「特徴をちゃんと覚えていれば。でも食べれるキノコにそっくりな毒キノコもありますからね。簡易の判別はひとかけ口に含んで、舌にしびれ苦みがあるかないかです。しびれ苦みがあるものは有毒ですから食べちゃダメですよ」

 そのうち僕もキノコや野草が採れるようになりたい。

 っていうかぁ……、マツタケあるかな? 焼きマツタケ、醤油垂らしていただきたいなぁ。ジャンボシイタケでもいいよ?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る