第29話 『目立たない』は『みすぼらしい』とは違う
もしかして、そのもっさりとした恰好までも、あのクソ女神の指示とか言うんじゃねーだろーな?
「だって、目立たないようにしろって」
「誰がよ」
「イヴたちのことを教えてくれた声が……」
女神ぇ……。
ほんとーに、余計なことしかしやがらねーな、あの女神。
そしてブルーメ嬢の話を聞いたイヴは、またしても憤った。
「あんた、バッカじゃないの?!」
わ~、某二番目の赤いお嬢さんみたい。
「目立たない? 逆よ、逆! 悪目立ちしてんの! あんたのその恰好は、貴族の娘のくせにみすぼらしい恰好してるから、嘲笑の的になってんのよ! なんで気が付かないの?!」
イヴの言葉にブルーメ嬢は驚きの表情で固まってしまった。
事実なだけに、ブルーメ嬢のフォローができない。
オティーリエなら、ブルーメ嬢に寄り添ったこと言ってくれるかもしれないけど、ここにはいないからなぁ。
ちなみにヘッダは、イヴと感性が似てるから、貴族的な言い回しでブルーメ嬢をへこますだろうから、いなくてよかった。
それにしても、これはいったいどうすればいいのだろうと思っていたところに扉がノックされる。
シルトが扉を開けると、出ていったネーベルとリュディガー、そしてヒルトとヘレーネ嬢がいた。
呼んできてくれたのか。
だけどイヴは入室してきたみんなに気づいていないのか、ブルーメ嬢に対しての怒涛の勢いで叱責する。
「何が目立たないようによ。平民だってお金がないならないなりに、いろいろやってるんだからね! 今のあんたみたいな恰好は、恥ずかしくって誰もしないわ! そんな恰好してるのはね、それこそ親のいない孤児ぐらいよ! それもまだ自分で金を稼ぐこともできないね!」
「イヴ。貴女はまた……。アンジェリカになにをいっているの?」
イヴは近寄るヘレーネに、矛先を変えた。
「ヘンカー家はブルーメ家の家政にテコ入れしてくれたんじゃないの?!」
「してるわ。待ちなさい、イヴ。いきなりどうしたのよ」
「このバカ姉はね、わざとこんな恰好をしているのですって。この恰好が目立たない恰好だと思っているらしいのよ。この恰好が!! ヘンカー家は、目立たない地味な恰好とみすぼらしい恰好の区別もつかない使用人をアンジェリカの侍女にしたわけ?!」
うわ~、言っちゃったよ。
そう確かに、ブルーメ嬢の恰好は目立たない地味な恰好ではなく、みすぼらしいと言ったほうが当てはまるのだ。
ヘレーネ嬢は、状況が把握できていないなりに、イヴが何を言いたいのか抽出する。
「だから、待ちなさいと言ってるでしょう? アンジェリカがわざとこんな恰好をしていたというの?」
「らしいわよ。私は平民枠で入ってるから、お付きの侍女なんかいないけど、アンジェリカには付けてるはずでしょう?」
「えぇ、それはもちろん」
「それでこの恰好。私、学園に入学する前から、アンジェリカにはずっと言ってたのよ。身だしなみぐらいちゃんとしろって。うちの屑親の言いなりになっていた使用人は、全員解雇して、ヘンカー家の審査を通った使用人が新たに入ったっていうのに、まったく変わらないままだったから、ずっと疑問だったのよね。でもほら、私は居候の身だし、学園卒業したら出ていくから、ブルーメ家のことには口出ししないでいようって思ってたんだけど……。アンジェリカ自身が目立たない恰好をしたくって、あんな恰好をしていたようなのよ」
「目立たない……、目立たない?! あれが?! わたくしはてっきり伯爵代理夫妻の悪評を立てるために、わざとやってるのかと思ってたのだけど、違ったの?」
ヘレーネ嬢も、何か意味があってあんな恰好をしているのかと思っていたらしい。
「違うらしいわよ。目立たない恰好がしたかったのですって。ヘンカー家から派遣したアンジェリカのお付きの侍女の美意識ってどうなってるのよ?」
目立たない恰好=みすぼらしい恰好という意識をブルーメ嬢に持たせたのは、身の回りの世話をする侍女だと、イヴは言っているのだ。
確かにそれはあり得る。
身の回りの世話役から誤った情報を取り入れたために、目立たない恰好=みすぼらしい恰好になった可能性も無きにしも非ずだ。
イヴが何を言わんとしているのか、ヘレーネ嬢も察したようだ。
「……お父様たちに連絡入れるわ」
自分たちが厳選して派遣した使用人が、次期伯爵になる令嬢を貶めるようなことをしたのだ。
そりゃぁ、当主に報告しなきゃ駄目だよね。
「まっ、待って!! 違うのよ! アンリはちゃんとやってくれたわ」
「ちゃんとやってそれ? ふざけてんの?」
不愉快極まりないと言わんばかりのイヴに、何故そんなふうに言われるのかブルーメ嬢は分からないようだ。
あ、あ~、この様子なら、その恰好は、ブルーメ嬢の独断。お付きの侍女は無関係なんだろうな。
「私が勝手にやってるのよっ。アンリからはやめてくれって止められたのっ」
「なおさらあんたの侍女は無能じゃない」
侍女は無関係だと説明するブルーメ嬢に、イヴは厳しく吐き捨てる。
「そんなことないわっ」
「あるのよ。だってバカなこと考えて、そんな恰好をしてるあんたを止められてないじゃないの」
イヴの言葉にブルーメ嬢は思ってなかったことを言われたような顔をした。
「え?」
「みっともない恰好をするあんたを止められない時点で、あんたの侍女は侍女失格。お仕えする家のお嬢様に言われたからって、仕事を投げ出していいわけないじゃないの。あんたを言い聞かせられない時点で、あんたの侍女は仕事が出来ない無能よ」
そうなんだけどねー。でも、『お願い』とか『協力して』とか言われたら、言う通りにしちゃうんじゃないかなぁ?
しかもその侍女が、ブルーメ嬢たちと年齢の近い人ならなおのことだよね。
「百歩譲って、侍女のせいじゃない、あんたがそう命令したって言うなら、あんたがその侍女の評価を下げたのよ。可哀想ね。あんたのせいで、あんたの侍女は主人をまともに着飾ることもできない無能だと周囲に知らしめたんだもの」
いや、イヴはこう言ってるけれど、きっとブルーメ嬢の言うとおりにした侍女に対しても、怒っているんだろう。
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