第9話 転生者は悪役令嬢やヒロインだけじゃぁないんだぜ?

 魔道具の起動を止めて、僕はソファーの背もたれに沈み込む。

「第一王子殿下?」

 姿勢を崩してしまった僕に、アインホルン嬢は何か気に障ることでもしてしまったのかと、不安げな様子を見せる。

「行儀が悪くてごめんね」

 ほんと、ごめんね。アインホルン公女を気遣ってあげられる余裕が、今の僕にはないや。

「いえ、あの……」

「うん、大丈夫。話を続けてもらっていいかな?」

 身体を起こして座りなおしながら、アインホルン公女に話を続けてもらうように促す。

「……もしかしたら、わたくしの説明で、殿下がご理解できないこともあると思われます。もしわかりにくところがございましたら、仰ってくださいますか? 出来るだけ伝わるように説明しますので」

「うん、わかった」

 大丈夫大丈夫、どんな説明でも、通じるから。

 僕の返事に、ほっと息をついてから、アインホルン公女は再び話し始めた。


「前世のわたくしが生まれ育った世界は、かなり文明が発達していました。そしてこの世界のように『魔力』というものはなく、代わりに魔力を消費せずとも使えるエネルギーが存在しました。この世界とは違って貧困の差は少なく、こういった魔道具も一部の特権階級だけが持つのではなく、貴族も平民もほぼ平等に、そして当たり前のように、使用することが出来たのです」

 確かに、金さえあれば、物は手に入ったし、生活もできた。その分失業率も高かったし、なかなか正社員として働くのも困難なところもあった。けど、職種を選ばず忍耐強く、あとメンタルつよつよであれば、生きていく分には何とかやっていける金銭を稼ぐことは可能だった。

「魔道具の中には、離れた場所でも、他人とのコミュニケーションが取れるものがあります。そういった道具を使えれば、作家ではない者でも、自身が紡いだ物語を発表し、多くの人に読んでもらえることが出来るのです。発表された物語の中には、出版会社からお声がかかり、もっと大衆に読んでもらうために改稿して書籍となることもございます」

 それは、もしかしなくても、あれだよね? 小説投稿SNSサイト。

「第一王子殿下。わたくしはそういったところで発表され、後に、『虐げられていた伯爵令嬢は、氷の王太子殿下に溺愛される』というタイトルの書物を読みました」

 いかにもなそのタイトルは、女性向けの作品であることを如実に物語っている。

「その物語の舞台はラーヴェ王国。ヒロイン……主人公は伯爵家の少女で、女伯である母親が亡くなった後、入り婿である父親が、愛人とその愛人との間に出来た主人公と同じ年の妹を伯爵家の屋敷に連れ込み、伯爵家の正当な血筋である彼女を虐げるのです。彼女は年頃になり、王立学園へと入学して、一人の青年と恋に落ちます。青年の名は」

 なんか、もう、聞かなくてもわかっちゃったなぁ。


「「リューゲン・アルベルト・ア゠イゲル・ファーヴェルヴェーゼン・ラーヴェ」」


 僕とアインホルン公女の声が重なる。

 公女は少し驚いたような表情で僕を見るが、でも話の内容から、僕がそのことを察したと思ったのだろう。ずっと緊張で強張った表情を少しだけ和らげて、再び話し始めた。

「物語のリューゲン第一王子殿下は、ラーヴェ王国の王太子で、わたくし……、いえ、アインホルン公爵家の長女である、オティーリエ・ゼルマ・アインホルンは、五歳の時に第一王子の婚約者と王命で定められました」

 アインホルン公女の語る物語と、実際のこの世界には微妙な差があるなぁ。


「アインホルン公爵令嬢は、ヒロインである伯爵令嬢と王太子殿下との恋を邪魔するのです」


 そう言って、アインホルン公女は泣きそうな表情を浮かべる。

「ただお二方の恋を邪魔するのではなく、は、伯爵令嬢の、命を脅かすことをたびたびおこない、それでも王太子殿下のお傍から離れることのない、伯爵令嬢に激しい殺意をいだき……。…お、お二人の仲を裂くために、隣国を巻き込み、ラーヴェ国内を戦乱の恐怖に導いてしまうのです」

 そこまで行ったら国家反逆罪に該当しちゃうよね。たとえ動機が些細な恋心だったとしても隣国巻き込んでの大騒動なら、「コンヤクハキ」とか「ツイホウ」とか「シュウドウインオクリ」なんつー規模じゃぁ収まらんわ。

 もうそれこそ処刑一択になっちゃう。

 ところでその小説に出てくる隣国ってどこ? まさか王妃様の故国じゃあるめーな?


「僕は王太子ではないよ。現在のラーヴェ王国の立太子の儀は、成人してからになっている。それまでは、王子、王女だ。たとえ国王陛下の第一子が王太子になると決められていても、立太子するまでは『王太子』は名乗れない」

 些細なことかもしれないけど、こういった決まり事には厳しいんだよ。特に王族関連に関するものは。

 だから僕が事を起こす四年前だって、誰もが僕のことを『第一王子殿下』と呼んで、一人として『王太子殿下』呼びする者はいなかった。

 言外に、アインホルン公女の知っている小説と、この現実の世界は同じではないと告げたんだけど、どうも微妙な……納得できない? したくない? そんな反応だ。

「……そ、それは、存じ上げております」

 存じ上げてるけど、アインホルン公女は、この世界が、自分の知っている虚構の世界だと思ったんだよね。そっか、そうなのかぁ。あーあー、困ったなぁ。本当に、困ってしまうよ。せめて、知りませんでしたと言ってくれたなら、見逃してあげれたのに。


「それにしても、乙女ゲームじゃなく、ドアマットヒロインが主役のラノベだったのか」


 僕の言葉にアインホルン公女は勢いよく顔をあげ、こちらを見つめる。

「な、なん……」

「転生者は、『悪役令嬢』の自分と、『ヒロイン』だけがなるものと思っていたのかな?」

 言葉を失い驚愕に染まったアインホルン公女に、僕はできるだけ優しく、そして陽気に自己紹介をした。


「それじゃぁ、改めまして、御機嫌よう。青き惑星の中でも、魔改造大好き人種の記憶を持つ同士のご令嬢。僕は、ラーヴェ王国の第一王子、リューゲン・アルベルトだよ」






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