20 不格好な安堵

 境界の外を歩く女性と出会ったこと。彼女が隣のドームの住人であり、学者であること。一つのドームの中だけでは、人間は生きていけないこと。隣のドームは、かなり深刻な状態であること。彼女のドームの権力者たちは、その状況を見て見ぬふりをしていること。近い内に、自分たちのドームも同じような状況になるだろうこと。そして、このドームの権力者もまた、耳を貸そうとしないこと。彼女が賛同してくれる人たちを集めて、バルブを開けっ放しにするという強硬手段に出ようとしていること。この計画には、ある程度の人数が必要であること。ドーム脱出後は、一時待機場所が用意されていること。

 二コーラは、それらをできるだけレオシュの言葉よりも誇大に、感情に訴えるように説明した。


 時々簡単な質問を挟みながらも、二コーラの熱弁を、全員が静かに聞いていた。

 二コーラの説明が終わったところで、カルラが手を挙げ、

「それで、わたしたちにも一緒にドームの外に出てほしいわけね?」と驚きも見せずに尋ねた。

「そういうこと」

「二コーラが行くなら、わたしも行く」

 そう言ったのは、ヘルタだった。

 二コーラは満面の笑みで、

「ありがとう」と答えた。

「そんなことして、本当に大丈夫なの?」

 一学年下の男子生徒、エイナル・ヘンリクセンが怯えた表情と声で質問した。

「外の安全のこと?それとも規則違反のこと?」

 応じたのは、カルラだった。

「両方だよ」

「そうよ。きっと怒られる……」

 さらに一学年下の女子生徒、アンジェリカ・デュナンも不安そうだ。

「外の安全は、ATSも着ないで歩いている人がいたのだから確かでしょ。外が安全だと大勢の人に知らせることができたら、規則も何も関係なくなると思うけど」

 カルラは落ち着いたものだ。

「少しくらい怒られたっていいじゃない。人を傷つけたり、自分を傷つけたりするようなことじゃないんだから。ねえカルラ?」

 ヘルタはなぜか上機嫌だ。

「たまにはちゃんとしたことを言うのね」

「何より、そういうイベントって、わくわくするじゃない」

「そういうことだと思った」

 カルラの苦笑いも、何だか楽しそうだった。


 エイナルとアンジェリカが不安を口にすると、カルラが論理的に、ヘルタが感情的に説得する、という議論が続いた。

 最初はあんなに熱を持って語っていたのに、意外なカルラの加勢で、二コーラはあまり口を開く必要がなくなった。たまに、カルラに確認のための質問をされて、それに答えるのみだった。

 ジェトゥリオは、もう成り行きに身を任せるばかりだった。ただ、議論の途中で、クラブルームから一人ずつ帰って行く生徒を呼び止めては、口外しないように頼むことが彼の役目になっていた。

 結局、エイナルもアンジェリカも説得されてしまった。もう一人、終始無言ではあったが、エイナルと同じクラスの女子生徒、ブシュラ・カンデラも含め、最後まで部屋に残った七人が、ルジェーナの計画に参加することになった。


 約束の日、レオシュが例の場所へ到着すると、ルジェーナは、今回もすでに境界の向こう側で待っていて、

【こんにちは、レオシュ】と表示された画面を見せた。

【こんにちは。待った?】

【少しだけよ】

【ごめんね】

【何だか同じこと言ってる】

【?】

【二週間前と同じこと言ってるから】

【そっか】

 二人は笑顔を交し合った。

 二週間前と同じ言葉と表情で彼女に迎えられたレオシュの気持ちは、しかし前回とはずいぶん違っていた。

【一時待機場所は、ちゃんと準備できているわ】

【それはよかった】

【明日の決行に必要なものは、すべてそろっているから】

【ぼくの方は、謝らないと】

【どうしたの?】

 ルジェーナの顔が急に険しくなった。

【一緒にバルブを開けるメンバーのことなんだけど、十人は無理だったんだ】

【そう。で、何人集まったの?】

【ぼくを含めて八人】

【なんだ。結構集まったじゃない。ほっとしたわ】

【そう?十人いないとまずくない?】

【そんなことない。何とかなる人数よ】

 二コーラから連絡があったのは、自然研究部での話し合いの直後のようだった。ジェトゥリオも含め、七人も一緒に行ってくれると分かった時、レオシュは飛び上がるほどに喜んだ。

 一番うれしかったのは、これで、ルジェーナに対して何とか恰好がつくと思えたことだ。

 そして、この程度なら、彼女も許してくれるだろうと、実は考えていた。

【ぼくの方こそ、ほっとしたよ】

【ほんとのことを言うと、そんなに人数が集まらないと思ってた。疑ったりしてごめん】

【いいよ。自分でも無理かも知れないって思っていたくらいだから】

【やっぱり?】

【うん。友だちに、なかなか話しかけられなくて】

【思い切って話してみてよかったじゃない】

【まあね】とレオシュは言ったが、半分は騙したようなものだ、という自覚があった。

 二コーラとジェトゥリオが、自分のことを友だちだと思ってくれていることを利用したに違いない。レオシュの方では、決して彼らとの仲が元通りになったわけでも、新たな友情が生まれたわけでもなかったのだ。

 ルジェーナにいい顔をしたい、というその気持ちだけを大事にした結果として、彼らの存在を受け入れたと言ってもいい。

 ジェトゥリオはともかく、二コーラはそんな彼の気持ちを知ったら悲しむだろう、とレオシュは思った。

 しかし、勝手かも知れないが、久しぶりに孤独とは異なる雰囲気の中にいることを感じられたのは確かだった。

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