18 不細工な会話
「ただいま」
「おかえりなさい」
HKRは、登録されている人間ならいつ連れて来ても不審がらない。
「上がって。知っているだろうけど、誰もいないから」
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ、二コーラ・アトリーさん」
「失礼します」
「いらっしゃいませ、ジェトゥリオ・スルバランさん」
「お久しぶり」
HKRにそんな風に語りかけるなんて、やはり二コーラは少し変わっている。
「ずいぶんお久しぶりです。一年と八ヶ月と……」
「いいよ、そんなの数えなくても」
レオシュが慌てて止める。
「はい、承知しました。お飲物をお持ちしましょうか」
「うん、お願い」
「あの、わたし、キノコ茶は苦手だから」
「存じ上げております、二コーラ・アトリーさん。イオン飲料をお持ちする予定です」
「ああ、おれも」
「承知しました、ジェトゥリオ・スルバランさん」
「それじゃあ、三つとも同じのにして」
部屋の中が、キノコ茶とイオン飲料の混ざり合った香りで満たされるのは、あまり素敵ではない。
「承知しました」
「レオシュのところのHKRって、ちょっと妙じゃない?」
階段を上がりながら、二コーラが小声で言った。
「そうかな?みんなあんなものでしょ?」
「おれは二コーラの家のHKRも妙な気がするな。きっと、それぞれの家族の癖とかが反映されるんだろ」
「そういうことか」
二コーラは、なぜか納得しているようだった。
「それより二コーラ、小さな声で話したって、HKRにはみんな聞こえてるぞ」
「そっか」
「うちのHKR、部屋の中のことは関知しない設定にしてあるから、この中は大丈夫だよ」
レオシュが、自分の部屋のドアを押して、二人を促した。
「で?」
二コーラは、部屋に入るなり、先ほどの話を再開しようとした。
「まあ、座ってよ」
レオシュのその言葉で、三人は、それぞれ自分のために用意されたグラスを手に、小さなテーブルの周りに座った。
「それにしても渋い趣味ね」
二コーラが部屋の中を見回す。
「これが落ち着くんだ」
レオシュは、少々自慢気な顔で応じたが、彼女の方は褒めたわけではなかったようで、
「そう?何だか、年寄り臭いよ」と鼻の上に皺を作って、壁や床を睨みつけていた。
「そんな話をしに来たんじゃないだろ。レオシュ、話の続きをしろよ。ただし、順を追って、な」
「分かった」
レオシュは、丁寧に、そして懸命に話した。
二週間前に、境界の外を歩く女性を目撃したこと。POCOを使って、彼女と会話をしたこと。彼女が隣のドームの住人であり、学者であること。ドームの外はVGの濃度がとても低く、すでに安全になっていること。一つのドームの中だけでは、人間は生きていけないこと。彼女のドームでは、人口減少がかなり深刻な状態であること。いずれは、レオシュたちのドームでも確実に同じような状況になるはずであること。しかし、彼女のドームの権力者は、自分たちの権勢欲のために、その状況を看過していること。そして、このドームの権力者もまた、耳を貸そうとしないこと。
それらを、できるだけルジェーナの言葉に従って説明してみた。
「どうも、信用できないな」
二人は黙って聞いていたが、途中から苦笑いしていたジェトゥリオは、レオシュの話が一段落したところで、そう突っ込んできた。
「ぼくが嘘をついてるって言うの?」
「その可能性もないことはないが、それより、そのルジェーナって人に騙されているような気がする」
「ジェトゥリオは会ったことがないから、そんなこと言うんだよ。実際に会えば、いい加減な人間ではないって分かるはずさ」
「そんなに美人なのか?」
「えっ?」
「ルジェーナさんのことだよ」
「ああ、まあ」
レオシュは顔が紅潮するのを自覚した。
「ほら」
「ほらって?」
二コーラが興味深そうに、二人の会話に割って入った。
「おかしいと思ったんだ。どんな感じの人だったか、まるで話さないから。おれたちは健全な青少年だぜ」
「どういうこと?」
「いくら二コーラに遠慮していると言っても、容姿について触れないのは、そこに何らかのやましい気持ちがある証拠だ」
ジェトゥリオは、目を閉じ顎に手を当てて、しみじみと言った。
「なるほど」
二コーラが、妙に納得しながら同じ格好をする。
「境界の外を歩く美人に言われたことを、疑うことのできる男はいない」
「そんな乱暴な……」
レオシュは溜め息をついた。
「ジェトゥリオも?」
二コーラの興味は、少々違う方向に向かった。
「たぶんな。直接会ったら、無条件に信じてしまうかも知れん」
「なるほど。でも、疑う根拠もないわよね」
「まあな」
「レオシュ、それで?」
ふらふらとしているように思えて、きちんと話を戻すあたりが、二コーラらしい。
「だからルジェーナは、賛同してくれる人たちを集めて、強硬手段に出ることにしたんだ」
「それが、ドームを飛び出すこと?」
「そう。バルブを開けっ放しにすることで、事実をそれぞれのドームの住人たちに突きつけるんだ」
「レオシュも賛同者になったということね」
「うん」
「ほかの賛同者は?」
「ルジェーナの仲間は結構な人数らしいよ」
「そうじゃなくて、このドームの人」
「ぼくだけ……」
レオシュの声は、思わず小さくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます