幕間①
──それは、百夜が十夜と野分を見送る数日前の、丑の刻。
雨粒が、ひっきりなしに窓を叩いていた。梅雨入りしてまだ間もない。晴れ空を拝めるのは、随分と先のことになるだろう。
満つは別段雨が嫌いではないけれど、髪がうねってまとまらないことだけは毎度苛々してしまう。
眠るだけのこの時間、無造作に下ろした髪先を指でいじりながら、寝台に腰掛ける満つは燈史郎の帰りを待っていた。満つは妖で夜目が効くから、灯りの類いはなくても本来なら問題がない。ないけれど、満つの部屋には
(……弱く、なったな)
暗闇が怖いなんて、決してそんなことはないけれど。
知らずため息をこぼしていれば──同時に、入り口の硝子戸が静かに開く音がする。
腰を上げた満つが部屋を出れば、脱いだ羽衣の雨粒を払っていた燈史郎が顔を上げた。
「寝ててよかったのに」
「寝てたよ」
そう言って手拭いを放ってやれば、燈史郎は濡れた毛先をわしゃわしゃと拭き始める。
「──やっぱり、警備がきついね。本家に忍び込むのは難しいなぁ……」
肩をすくめながらの燈史郎の言葉はもう、何度も聞いたものだ。耳にたこができる。
「確実に、本家にあるはずなんだけど」
「──やめれば? もう」
「……なに? 満つ。まさか、情でも映った?」
その一瞬、燈史郎の細められた瞳に凄絶な光が宿る。それを軽く受け流して、満つは卓に置いてある小瓶の中の金平糖をひとつ、口に含んだ。
「そうだっつったら?」
「馬鹿言わないでよ。なんのために、今まで頑張ってきたと思ってるの?」
眉を下げて笑った燈史郎は、そのまま二階へと上がっていく。その後ろ姿を見送り、満つは頭を掻いた。
「……自分がどんな顔してるかもわかんねぇんだから、人間ってめんどくせぇなァ……」
ひとりごちてから、自身も眠ろうと自室に戻った満つは寝台にごろりと横になった。
「痛ってぇ……」
こめかみを押さえ、丸くなる。
「……遊鷹、遊鷹、……ゆたか」
遊鷹には少し前に会えたから、これでも痛みはマシな方なのだけど。
自分から距離を置いておいて、会いたいなんてどの口で言えるのだろう。燈史郎も、仕方がないことだが満つが遊鷹と会うことにいい顔はしない。
行燈の柔らかな灯りをぼんやりと見つめて、やがて満つはゆっくりと瞳を閉じた。
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