第38話

その声とともにエリッサたちの前に現れたのは、他でもない、ノーティス第二王子その人であった。


「や、やっぱりここにいたか…。いきなりレグルスが走り出していったから、これは何かあると思い、そのあとを追いかけてみれば…」


大して体力もないのに精一杯走ってきたからか、ノーティスは息を切れ切れにしながらそう言葉を発した。

一方のレグルスは、すでに自分の周りに集まった全員を瞬間移動させる準備を整えていたものの、そんなレグルスの事をエリッサが軽く手で制し、ノーティスとの会話に移る姿勢を見せた。


「何の御用でしょう?私に婚約破棄を突き付け、出て行けとおっしゃられたのはノーティス第二王子様の方ですよ?」

「そ、そんなことは分かっている!」

「私はあなたに言われたとおりにここから去ろうとしていますのに、どうしてお止めになるのですか?」

「う、うるさいぞ!いいから話を聞け!!」

「(はぁ…)」


ノーティスはかなり感情的になりながら、エリッサに対して言葉をぶつける。

そんな彼の話に付き合う義理はエリッサにはないのだが、元婚約者のよしみで一応話だけ聞いてやることにした様子。


「…それで、お話というのは?」

「エリッサ、正直に言ってみろ。君は私との関係を終わらせ、ここから出ていくことなど、本当は望んでいないのだろう?」

「???」


ノーティスの言葉を聞き、その頭上にわかりやすく”?”を浮かべるエリッサ。

それは決してノーティスを煽っているわけではなく、本当に彼の言っていることが理解できないことからくる反応だった。


「私は人々の上に立つ第二王子なのだ。ゆえに相手の思うことなど、言われなくても理解することができる。…そんな私の直感によれば、君は私と結ばれて妃となることに、未練を残している。違うか?」

「(……)」


どや顔で高らかにそう言葉を発するノーティスの姿に、エリッサはいったい何から告げればいいのかと考えを巡らせる…。

後ろでその会話を聞いている子どもたちに至っては、完全にひいている様子。


「エリッサ、聞いてほしい。君を追い出すことにしてしまったのはすべて、私の嫉妬だったのだ。夫となる私の事よりも、君はレグルスの方にばかり愛情を注いでいただろう?私はそんな君たちの関係に嫉妬し、感情的になってしまったのだ。そのことはここに謝罪させてもらうから、今一度婚約者の関係に戻り、やり直そうじゃないか!さぁ!」


ノーティスはそう言葉を発しながら、一歩、また一歩とエリッサに歩み寄り、自身の右手を彼女の前に差し出す。


「さぁ!一緒に王宮に戻ろう!レグルスも一緒だ!さぁ!」

バチンっっっ!!!!

「っ!?!?」


エリッサに向けて差し出されたその手が、彼女の右手を掴もうとしたその時、ノーティスの手は強い衝撃とともに大きく払いのけられる。

…予想外の出来事に対し、驚きの表情を浮かべるノーティスの目に映ったのは、エリッサの後ろですさまじい表情を浮かべるレグルスの姿だった。


「こ、こいつ…!!どこまでも生意気な…!お前には関係のない話だ!!今は私とエリッサが話をしてるんだ!ペットは出しゃばらずに大人しくしてろ!!」

「レグルスがペット、ですか……」

「!?」

「ノーティス様、あなたがレグルスの事をその程度にしか思っていないということがよくわかりました」

「…なにを…言っている?」

「分かりませんか?では改めて…。私はあなたとの関係の修復なんて望んでいませんし、あなたと婚約して妃なりたいだなんて全く思っていません。むしろ、いくらお金を積まれて頼まれたって嫌なくらいです」

「…貴様、自分で何を言っているのか分かって…」

「分かってないのはあなたの方です。第二王子であられることはすごいことだとは思いますが、それをすべて打ち消してしまうほどにご自分には魅力がないということをよく理解された方がいいと思います。繰り返しになりますが、あなたとの婚約関係なんて私は全く興味がありませんので」

「うるさいもういい!!!お前のような非常識で頭の悪い女などこっちから願い下げだ!!」

「そうですか…。それじゃあお互いウィンウィンで終われそうですね。今までありがとうございました」


エリッサはノーティスにそう言葉を告げると、そのままレグルスの待つ方に向かい、瞬間移動の準備に取り掛かる。

いよいよ二人の関係は完全に終了しようとしているさなか、ノーティスはエリッサに向けてこう言葉を投げかけた。


「…おいおい、このまま終わらせるつもりか?お前にはまだここでやらなければならないことが残っているだろう?」

「…なんですか?」

「お前の聖獣が暴れたせいで、王宮はめちゃくちゃになったんだ!!きちんと元通りにするのが飼い主の責任だろうが!このまま逃げるなど人間として論外だと言っているんだ!!」


もはや開き直っているようにも感じられるノーティスのその言葉。

それを聞いた時、エリッサは素直にその心の中でこう思っていた。


「(まぁ、戻してあげるのは別にいいのだけれど…。でも、なんだかそれは生理的に嫌なんだよねぇ…)」


どこまでも被害者面をするノーティスに対し、エリッサはとどめの一言をぶつけることとした。


「はぁ?そんなの知りませんよ?」

「なんだと貴様!」

「だって、婚約破棄の時にレグルスは自分のものだって言ったのはノーティス様ではありませんか。つまりレグルスが王宮で暴れたのはあなたの管理不行きなだけで、私には何の関係もない事です。そうでしょう?」

「…!!」

「もうこれ以上お話することもありませんので…。それじゃあ」


その言葉を最後にして、エリッサは子どもたちを伴ってその場から消えていった。

…完全に自分の言い逃れのすべを封殺され、あとに残される形となったノーティスは、これから先に自分のもとに降りかかるであろう未来を想像し、その体を震えさせる事しかできないのだった。

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