聖獣がなつくのは私だけですよ?

大舟

第1話

「いい子ね、レグルス。今日もありがとう」


青い空が広がる大地の上で、そう言いながら私が頭をなでるのは、私にとって最も大切な存在であるレグルス。

この子はいわゆる”聖獣”で、私たち人間とは比にならないほど絶大な力をその体に宿している。

レグルスがその体にまとう力は魔法の力で、私が願えばこの子はそのすべてを現実のものとしてくれる。

例えば、雨が降ってほしいと私が願えば本当に雨を降らせてくれるし、傷を治してほしいと願えば次の瞬間には傷はきれいさっぱりなくなっている、といった具合に。


…願いをすべて実現してくれるというと、髪の毛をサラサラにしてほしいとか、容姿を美しくしてほしいとか、体を細くしてほしいとか、それこそ無限に望み始める人が多いかもしれないけど、私はそうはしなかった。

それはかわいいレグルスに負担を強いることになりかねないし、もともと私はどちらかというとあまり欲のない人間だったからだ。

もしかしたらレグルスは、そんな私の性格を気に入ってくれたのかもしれない。


「…レグルス、もう疲れたでしょう?今日はゆっくり休んでいてね」


レグルスは言葉を発することはないため、私のかけた言葉に言葉で返事をすることはない。

けれどその代わり、美しい毛並みで包まれた温かい体を動かし、ジェスチャーで私に返事をしてくれる。

どこかうれしそうに自身の体をゆするその姿はまるで子ども様で、私はそれを見てより一層心が温かくなっていくのを感じられた。


「…ふあぁ…」


…レグルスのぬくぬくとした毛並みに手をうずめていたら、なんだか手に感じられるぬくもりが全身に広がっていくような感覚を覚え、じわじわと眠気が私の体の中に湧き出てくる…。

…空を見上げてみると、お日様の位置はまだまだ夜の時間には程遠い、言わばお昼と夕方の間のような時間にある。

性格的に生真面目な私は、この時間に眠りにつくことにどこか罪悪感を感じずにはいられない…。

…でも、今日ばかりはその誘惑に勝てなかった…。


「…レグルス、少し寝よっか?」


私がそう言葉をかけると、レグルスはその場に体を伏せ、自身の体を私が眠るためのベッドの代わりとして用意してくれた。

…私はそんなレグルスの体に吸い込まれるように倒れこむと、その体の上で横になり、心地よい風を肌で感じながら真上に広がる青い空に視線を移した。


…もともとこの場所は、大きな草木が生い茂り、人が住むことを放棄された場所だった。

行く当てのなかった私は、半ば死神に会いに行くような思いでこの地に足を踏み入れた。

しかしそんな私の前に姿を現したのは、死神でなく聖獣レグルスだった。

最初はびっくりした私だったけれど、どういうわけかこの子に気に入られてしまったらしい私は、その時心の中にこう願った。

ほかの誰にも邪魔をされることなく、私たちだけの場所にできるということにもなりうるこの場所で、レグルスと二人で一緒に暮らしていきたい、と。

…そしたらその刹那、このあたり一帯はまばゆいばかりの光に包まれ、次の瞬間には可愛らしい建物と大きく開けた大地が目の前に現れていたのだった。


「…ほんと、今でも信じられない…」


周りを美しい光景に包まれながら、私は少し物思いにふけっていた。

思い返してみれば、こんな満ち足りた生活を送ることになるなんて思ってもいなかった。

…どこにも行く当てのなかった私は、もしレグルスと出会っていなかったらどうなっていただろう?

お腹がすいて仕方がなくて、のどが渇いてどうしようもなくて、体が冷たくて凍えてしまいそうだったあの時、この子が私を助けてくれなかったなら、本当に私は死んでしまっていたかもしれない…。


「…レグルス、ほんと……ありがと……」


逆らいようのない眠気に全身を包まれながら、私の意識はそこで途絶えた…。


――――


ダッダッダッダッ

「…??」


…心地よく眠っていた私の睡眠を覚ましたのは、数頭からなる馬の足音だった。

私は体を起こし、音のする方向へと視線を向けてみる。


「…あれって…。王宮の方人たち…」


馬にまたがり、私の前に姿を現したのは、王宮にて召し使いをしている人たちだった。

彼らはゆっくりと私近くまで来ると、馬から降り、少し乱れた服を整え、丁寧な動作で私の前に正対した。


「お久しぶりです、エリッサ様。その後のお加減はいかがでしょう?」


上品な口調で私にそう言葉を発するシュルツさん。

彼は王に仕える召し使いたちをを束ねる、召し使いの長である人物だ。


「変わりはないですよ。毎日楽しく生活していますから」

「なるほど、そうですか。…聖獣レグルスも元気そうでなによりです」


彼はそう言いながら、レグルスの方にへと視線を移した。

…すると、レグルスはどこか敵対的な視線を彼に返す。

しかし彼はそんなレグルスには構わず、自分の言葉を続けた。


「それにしても、いまだ信じられません。まだ15歳程度のあなたに、聖獣が付き従うなどと……。一体どんな裏技を使われたのか……」

「…一体なにがおっしゃりたいのですか?」


いぶかしげな表情を浮かべる彼に、私はそう言葉を返した。

そうすると彼は、まるで子供に説教する先生のような様子でこう言った。


「…いいですかエリッサ様、大いなる聖獣の力というものは、大いなる人間にこそふさわしいというもの。人間としての器が小さいものが聖獣を扱っても、宝の持ち腐れとなるであろうことは明らかです。ゆえに私は、聖獣レグルスを従えるにふさわしいのはあなたではなく、わがあるじであるノーティス第二王子であると考えています」


そこまで言うと、彼は自身の懐からあるものを取り出し、私に向けて差し出した。


「そんなノーティス第二王子から、あなた様へのお手紙を預かっております。今日はこれをお渡しするために参りました」

「…」


…無視するわけにもいかないので、私は渋々差し出された手紙を受け取った。


「良いお返事、お待ちしております。それではまた」


私にそう告げると、彼は数人の部下を引き連れて再び馬にまたがり、この場から駆け出していった。

そんな彼らの背中を見つめながら、私は手元に残された一通の手紙に視線を移す。

そこには端的たんてきに、こう書かれていた。


『周りの心無い者たちは君の事を虐げ続けてきたらしいが、私だけは君の本当の美しさに気づいていた。今からでも遅くはない、ぜひこの私と婚約関係となり、第二王子夫人として王宮に入ってほしい』


…私の事を虐げていたのはあなただって変わらないでしょうがと、私は心の中でつぶやく。

これまでは私の事を見下し続けてきたノーティス様、けれど今になってその態度を一変させてきた理由なんて、私には一つしか思い浮かばない。


「(…私でなく、レグルスが目当てだっていうのがバレバレ…)」


レグルスもまた手紙の方に視線を移すと、その表情を怪訝な雰囲気で満たす。


…さて、どう返事をして差し上げようかしら…?

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