第2話

「どうぞ、召し上がってください」

「は、はい……」



 目の前にある物を見ながら僕は緊張気味に答える。あの後、僕は女の子の自室に通され、この家唯一だというメイドの吉良きら芽衣子めいこさんが淹れてくれた紅茶や女の子にとってとっておきだというケーキを出された。吉良さんにとってはどこの馬の骨とも知らぬ僕を招き入れた事があまり好ましくないようで、入り口の扉の前に立ちながら警戒した様子で僕の事をじっと見ていた。


 同年代に見えながらも凛々しさを感じるキリッとした顔立ちに短く切り揃えられた黒い髪、クラシカルなメイド服を纏う均整の取れた体つきや一つ一つの所作はとても美しく、そのために僕には想像も出来ないような努力を重ねてきたのだろうというのが容易に想像出来た。


 そうして吉良さんに軽く会釈してから紅茶を一口飲んでいると、女の子は嬉しそうに笑いながら話を始めた。



「まずは自己紹介をさせていただきますね。私は御供みとも早穂さほ、このお屋敷で芽衣子と共に暮らしています」

「御供さん……僕は共田歩、一緒に帰る友達もいないし、部活動にも入っていないので一人で帰っていた時にここのお屋敷の噂を思い出してどんな物なのか見に来たんです」

「噂……ですか?」

「はい。人形のように綺麗な女の子が住んでいて、風が吹くと同時にその姿を消すからここは幽霊屋敷でその子も幽霊なんじゃないかという噂です。でも、御供さんは幽霊じゃないですよね?」

「はい、しっかりと生きていますよ。もっとも、もう少し幼かった頃に大病を患ってしまい、死の淵をさ迷った事はありますが」

「そうだったんですね」



 御供さんは少し哀しそうに頷く。



「なので小学生、そして中学生の頃は激しい運動などは控えるようにとお医者様からも言われてしまい、その病の件もあってか度々体調を崩す事もあったので基本的に保健室登校にもなっていて、学校でも社交界でもお友達にも恵まれる事はなく、小さい頃から共に生きてきた芽衣子とこうして毎日過ごしているのです。高校もお父様が見つけてきてくださった通信制の学校ですし、芽衣子も同じように通信制の学校に籍を置いていますよ」

「社交界……という事は、御供さんは結構なお嬢様だったり……」

「旦那様は旅行会社を幾つも経営なさっており、奥様もブティックやコスメティックの会社を経営なさっています。早穂お嬢様は社長であるご両親をお持ちになっているご令嬢なのです」

「私自身は大した事はありませんよ。お父様とお母様がこれまで努力を重ねてきただけで、私は優しくも厳しさも兼ね備えている二人の娘として生まれてきただけです」

「御供さん……」



 御供は謙遜するが、僕は御供さん自身もスゴい人だと思った。イメージにあるお金持ちというのは、親の功績をまるで自分の物のように自慢して我が儘の限りを尽くす物だったけれど、御供さんはそんな事はせずに自分の両親の事をしっかりと尊敬しているようだった。そんな高潔な人格はとても素晴らしいと思ったし、その姿も美しいと思った。


 御供さんの姿に改めて見惚れていると、御供さんは哀しそうに小さくため息をついた。



「そんな両親の事を心配させまいと思い、これまで慎ましく生きてきましたが、やはり私も色々な所へ行ったり見聞きしたりしたいです。世の中には色々な物があるというのに、私は何も知らずただ生きているだけですから。そんな事だから幽霊だなんだと言われてしまうのかもしれませんね」

「恐らくその噂の真実ですが、お嬢様が窓を開けていらした時に風が吹いた際に私がお嬢様に窓から離れていただいた隙に閉めた物だと思われます。人形のように綺麗な方というのは間違いありませんが」

「ありがとうございます、芽衣子。あの、よろしければこれからもお暇があった際にここを訪れていただけませんか?」

「え、良いんですか?」

「はい。こうして来ていただけるだけでもありがたいですから」

「吉良さんは良いんですか?」



 吉良さんは仕方ないといった様子でため息をつく。



「お嬢様は普段からあまりお願い事をなさらない方ですからね。そんなお嬢様の願いならば良いですよ。しかし、お嬢様の事は内密にお願いします。よからぬ考えを持った人間に近づかれても困りますから」

「わかりました。御供さん、吉良さん、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いいたします」

「……よろしくお願いします」



 御供さんは嬉しそうな笑顔で、吉良さんは未だ警戒した様子で答えた。ちょっとした好奇心によって出会った二人だったけれど、ただ一人でいるよりは心地よく、夕暮れ時になるまで僕は御供さんと色々な事について話をした。

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