第12話:チルの望みは

 扉の前に立っていたのは、小柄な黒髪の少年だった。

 走ってきたのだろう。肩で息をしながら、眉を怒らせている。


 勝気そうなその目元が、ヤン・リクと似ているな、とチルは思った。


 そしてヤン・リクを『伯父上』と呼んだということは、彼は……



「スイ・リオ! 客人の部屋にいきなり入ってくるとは何事だ! 失礼だろうが!」


 ヤン・リクが叱り飛ばしたが、少年は止まらない。


「ですが伯父上! この者は!」


 やはり、この少年が『スイ・リオ』なのだ。チルは彼の方へ身体を向け、深く頭を下げた。


「スイ・リオ殿ですね。リャン・チルと申します。貴方のおじい様、先々代への狼藉、この場をかりてお詫びいたします」

「チル殿!」

「ふん!」


 少年はそっぽを向く。


「お前、何故ここに居る? 家はどうした?」

「何故って! ヤン家が妖魔に襲われて被害にあったって聞いて、見舞いにきたんじゃないか! なのに伯父上、なんでリャン・チルなんかと、呑気に見合いなんてしてるんだよ! こいつは、おじい様を殴った罪人だぞ! 俺は、絶対、認めないからな!」


 ぎゃんぎゃんと喚きたてるスイ・リオを、ヤン・リクは睨みつけた。


「いくら思うところがあったとしても身分ある相手だぞ! きちんと『殿』か『姫』と呼べ!」

「うぐっ……そんなの」

「『そんなの』ではない!」


 スイ家のほうが位は上だが、二人の力関係としては、やはり伯父に軍配が上がるらしい。

 しかし、スイ・リオも負けていない。


「伯父上だって! そんなゆるゆるの普段着姿で、縁談相手と会ってるじゃないか!」

「お前という奴は! ああ言えばこう言う。屁理屈をこねるな!」

「見合いの席で、甥を怒鳴り散らす伯父上には言われたくな……痛ぁっ!」


 とうとうヤン・リクのゲンコツがとんだ。スイ・リオは頭をさすりながら、伯父に非難の目を向けている。


「申し訳ない。チル殿。どうにもこうにも、生意気ざかりで。この……」


 彼は甥の頭をつかんで、無理やり上から押し付けた。


「……すみません、でした! リャン・チル……殿」


 全く反省しているようには見えないが、スイ・リオはしぶしぶといった様子で頭を下げる。


「いえ。とんでもないです。むしろ、スイ・リオ殿には、私を非難する権利があります」

「チル殿!」

「私は彼の『おじい様』を殴りとばしたんですから。外野の方たちの言うことは流せますが、親族であるスイ・リオ殿の言葉は受け止めなければ」

「……ふん」


 スイ・リオがしてやったとばかりに鼻をならしたが、その伯父は毅然と言い返した。


「チル殿。それは別の問題だ。例の事件と、身分ある女性の部屋にいきなり入ってきて暴言を吐く無礼を、一緒にしてはいけない」

「なるほど?」


 ヤン・リクの言い分に、チルは納得する。確かに別の問題だ。


「そんな! 伯父上!」

「リオ。ひとまず此処に座れ」

「なんで!」

「いいから座れ!」

「ぐっ……」


 スイ・リオは無理やり座らされ、不貞腐れた。「不服だ」と顔に書いてある。


 伯父は甥のしつけに厳しいようだが、他人行儀ではなかった。喧々としながらも、互いに気を許していることが見てとれて、チルはこっそり微笑んだ。



「チル殿。この際だ。リオもこの場に居ることだし、その事情とやら、直接説明してもらえないか?」


 ヤン・リクの提案に、チルは驚く。


「……良いのですか?」

「不都合があるか? コイツに聞かせない方が良いなら、そうするが……」

「いえ。直接お話しできるならば、願ってもないことです」

「……何の話だよ?」


 顔に『不服』を張り付けたまま、スイ・リオが訊いてきた。二人の話が自分に関わることだとみて、興味を持ったのだろう。


「リオ。チル殿は、お前に渡したい物があるそうだ」

「はぁ? なんで俺が、リャン・チル……殿から、物を受けとらないといけないんだ」

「そうだな。だが、彼女にも事情があるらしい。それを聞く」

「む……」


 伯父の有無を言わせぬ物言いに、スイ・リオは口を尖らせた。


「チル殿」

「はい。スイ・リオ殿。……これを」


 チルが差し出した小箱の中には、蒼く透きとおる石が入っていた。

 手のひらに乗るくらいの大きさで、銀とも金とも言えないキラキラした組み紐がついている。よくよく見ると、スイ家の紋である蒼龍が細かく彫り込まれていた。


「これは……?」

「帯飾りです。……私が作りました」

「え……これを? すごいな」


 どうやらスイ・リオは、根は素直な気性らしい。差し出された帯飾りの精巧さに感嘆し、それからバツが悪そうに視線をそらした。


「……ふん! どういう意図だ。スイ家への謝罪のつもりか?」

「いいえ。それは、私が『ある方』から依頼を受けて、スイ・リオ殿への贈り物として作りました」

「は? 意味がわからないぞ。だったら依頼主に渡せ。その人から受け取るのが筋だ」


 スイ・リオは、当然の主張を口にする。しかしチルは、ゆっくりと首をふった。


「おっしゃる通りです。ですがその方は、すでに鬼籍にありますので、叶いません」


 スイ・リオは目を吊り上げてチルを睨んでいたが、依頼主が『鬼籍にある』と聞くと、わずかにその表情を和らげた。


「……だから、リャン・チル……殿が、代わりに渡しにきたということか?」

「はい」

「伯父上を頼って?」

「そうです」

「なんだよそれ。なんで、そんな面倒くさいことをするんだ? 依頼主が亡くなったのなら、そこで仕事は無効だろう?」


 態度は若干和らげたものの、「納得いかない」といった様子でスイ・リオは訊ねる。


「いいえ。これは仕事として受けたものではありません。個人的に、友人から依頼されたものです。だから、どうしてもスイ・リオ殿本人に、事情を添えてお渡ししたかった」

「もったいぶるな! だったら、その依頼主というのは誰なんだ!」


 チルは一息おいて、その名前を告げた。



「……スイ・リオ殿のお母上。スイ・リエナ殿です」

「!」

「……母上、だと?」

「はい」


 スイ・リオは「信じられない」とばかりに目をみはり、隣のヤン・リクは意外な名前の登場に、眉をひそめた。


「何故、母上が、リャン・チル殿に、そんなものを依頼するんだ!」

「スイ・リオ殿は、お母上と仲がよろしかった、トウ・メラ姫をご存じですか?」

「トウ・メラ姫?」


 首をかしげたスイ・リオに、横からヤン・リクが説明する。


「先代トウ家族長の末姫だ。今のトウ・カラム族長の妹にあたる」

「母上の、ご友人、ということ?」

「ああ。お前の母スイ・リエナとトウ・メラ姫、あとジィ家のジィ・シェリス姫。彼女たちは仲が良いことで有名な三姫だった。……結婚してからは知らないが、確かによく、ことあるごとにつるんでいたな。ヤン家にも、よく遊びに来ていた」

「そう、なんだ」


 混乱している甥に代わり、ヤン・リクが話を進めた。


「で、かの姫が何か?」

「……私は、トウ・メラ姫の側仕えをしていたのです」

「トウ・メラ姫の? だが、見覚えがないな。うちにも来ていたか?」


 ヤン・リクは首をひねった。トウ・メラ姫に付いていたなら、会ったことがあるかと思ったのだが……。


「いえ。私が側仕えになったのは、スイ・リエナ殿がスイ家に入られた後のことです。世間が戦で騒がしい時分でしたから、どちらかというと護衛の働きを求められたのだと思います」

「なるほど。それで……」

「はい。スイ・リエナ殿とは、トウ・メラ姫を介して知り合いました。歳が近いこともあって、個人的にも懇意に。その縁で、スイ・リオ殿への贈り物を依頼されたんです」


 そう言って、チルは再び頭を下げた。


「その話、信じる根拠は?」

「ありません。私の言葉のみです」



 スイ・リオが、声を張りあげる。


「信じられるか! 母上と懇意だった? ならば何故、おじい様を殴ったりしたんだ? おかしいだろう。義理とはいえ、友人の家族を殴るなんて! この恥知らずめ!」

 

 本当に母からの贈り物であれば、それは嬉しい。

 だが何故、スイ家に背いたリャン・チルから受け取らなければならない。しかも、母と懇意だったなど!


 「信じたいが、信じたくない」そんな複雑な心境に、スイ・リオは苛まれていた。



「リオ! ……チル殿。話の腰を折ってしまって申し訳ないが、その、例の事件について、彼に話しても良いだろうか? その点を正してからでないと、通じるものも通じないように思う」


 そう提案するヤン・リクの微妙な表情に、チルは首をかしげた。そして湧き上がってきた疑問を口にする。


「ヤン・リク殿がそう思われるのでしたら、私は構いませんが……。というより、その、事情をご存じなんですか?」

「まあ、そうだな。俺は直接その場に居たわけではないが……当時の主だった者たちは、大方の事情を聞いていると思う」


 それを聞いたチルは、戦慄する。なんということだ!


「なんてこと……!」


 心中の叫びを、そのまま口に乗せることしかできない。


「トウ・カラム族長や、その場に居合わせた名だたる面々が、貴女の助命に走り回っていたからな。公には誰も語らないだろうが、スイの家人からも非難の声は上がったと聞くぞ」

「……!」

「伯父上。どういう、こと?」


 例の事件についてリャン・チルに対する認識が、どうやら自分と伯父では異なるらしい。そう感じとり、所在なげに訊ねたスイ・リオに、ヤン・リクは問うた。


「リオ。チル殿の件について、お前はどのように聞いている?」

「リャン・チル殿が、おじい様、スイ盟主の命令に背いて、暴言を吐いて、殴りとばした」

「……間違ってはいませんね」


確かに間違ってはいない。


「チル殿! ……んんっ。ならば、スイ盟主がその時、彼女にどういう命令をしたのか、それは聞いているか?」


 そう聞かれたスイ・リオは、握ったこぶしに視線を落とした。


「いや。……訊ねたことはあるけど、教えてもらえなかった」

「あんのクソ爺どもが!」

「……」


 忌々しげに吐き捨てたヤン・リクに、チルは憐みの意を示す。おそらくその『クソ爺ども』には、たびたび苦い思いをしているのだろう。


「伯父上! 俺だって小さな子どもじゃない。おじい様の悪評については、何かと聞いているさ。でも、だからといって殴るなんて……」


 スイ・リオは叫び、それから押し黙った。



 かつては栄華を誇った先々代のスイ族長だったが、今では『愚の盟主』と呼ばれている。

 彼は『盟主』という地位を笠に着て、横暴かつ理不尽な行動を、ずいぶんとしていたらしい。

 特に先の戦、ジィ家との戦の際は顕著だったようだ。



 戦時のこととはいえ、耳を疑いたくなるような話も聞いていた。

 ジィ家はスイ家以外の者からも忌み疎まれていたので、そこまで異論は出なかったようだが、スイ盟主の理不尽に、内心辟易していた者は多いのだろう。



 祖父の『そういう話』を、さんざん聞かされてきたスイ・リオは、ため息をつく。

 しかしそうは言っても、スイ盟主は自分の『祖父』なのだ。簡単に割り切れるものではない。


 言葉の続かない甥に向かって、ヤン・リクは静かに告げた。



「ジィ家との戦の最中、チル殿は一人の幼子を保護してかくまった。『ジィ領に属する村だ』という理由で、スイ盟主が焼き払うよう命じた村から逃れてきた子だ」

「え……?」


 スイ・リオは唖然と、目を見開いた。


「たしかにジィ家の奴らは大概だった! 大概だったが、それでも戦を望まず、戦う意志を見せない者もいたのは確かだ。領民は尚のこと。しかし武器を捨てて降伏を申し出た街や村を、焼いて皆殺しにするよう、スイ盟主は命じたんだ」

「嘘だ! そんなの……」

「信じたくないのは分かる。だが事実だ。それどころか、異論を唱えたトエク家の将軍は、首を落とされたんだぞ」

「……そんな」


「結局、トエク家の二の舞を恐れた者たちが、命令を遂行したんだ」

「……」



「そんな村から逃げてきた幼子を、チル殿はかくまった。それを知ったスイ盟主は、チル殿と幼子を捕らえて公の場に引きずり出し、その子を殺せとチル殿に命じた」

「……」

「そしてチル殿は、スイ盟主を罵倒し、殴りとばした」


 ヤン・リクは頭をかき、長いため息をつく。


「……本当、なの?」

「俺も聞いた話だからな。チル殿。相違はあるか?」

「大筋は相違ないかと。……ですが、正義感や大義でやったわけではないですよ。かなり、その、自分の感情の赴くまま、でしたから」


 チルが苦く笑って答えると、ヤン・リクはさもありなん、とうなずいた。


「だろうな。トエクの大師が愚痴をこぼしていたぞ。自分たちが必死で撤回を求めて声を上げているのに、『何故もう少し、我慢できなかったのだ!』と」

「……それは、申し訳なかったですね」

「機会があれば、礼を言うことだ。貴女の助命に走っていたのは、主にトウ・カラム殿とトエク大師だ。俺も、トエク大師から話を聞いた」

「……」

「リオ。そういうことだ。盟主を直接殴りとばすのは、確かにどうかとは思うが、『それだけの事情』ではある。彼女の過去と、帯飾りのことは別の話だ。わけて考えなさい」


 スイ・リオは叔父の説明に言葉を失くしている。

 しばらくうつむいたまま黙り込んでいたが、ようやく顔を上げるとチルを見た。


「……リャン・チル殿。ひとつ、いいか」

「ええ」

「その、リャン・チル殿がかくまっていた子どもは、どうなったんだ?」

「……」


 予想外の問いに、チルは驚いた。てっきり責められるかと思ったのに。


 彼女の沈黙をどう捉えたのか、スイ・リオが顔をゆがませる。


「え、……まさか、死?」

「ああ、いえ。大丈夫です。ちゃんと生きています。詳しくは言えませんが、今は養い親と一緒に、市井で元気に暮らしていますよ。さすがに私が育てるわけにはいきませんでしたが……そうですね。実は、今でも手紙のやりとりをする仲です」

「そう、か。……よかった」


 ほっと息をついたスイ・リオの口元に、チルはかつての友人の面影を見た。


「スイ・リオ殿は、人の心に寄り沿う気遣いと、その器量をお持ちなんですね。……お母上と、よく似ていらっしゃる」

「な……! ふん! 勘違いするな! その子どもに死なれていたら、寝覚めが悪いだけだ!」


 とたんに小憎たらしく変貌した彼の眉に、チルは彼の父親の面影を見た。

なんとも面白いものだと、呆れて笑う。


「素直でないところは、お父上そっくりのようで……」

「……!」


 スイ・リオは目を白黒させ、頬を染めたが言葉が出ない。


 ふと隣を見ると、ヤン・リクが笑いをこらえていた。いったい何がツボに入ったのか、目尻には涙がにじみ、口元を押さえて肩を震わせている。


「ヤン・リク殿……?」

「いや、チル殿。すまない。違いないと思ってな! 言い得て妙だ」

「伯父上!?!」


 非難の表情を向けてくる甥をひとしきり笑うと、伯父は息をついた。


「チル殿と一緒だと、本当に退屈しないな。リオ。すまんな。だが、その帯飾りは受けとって良いと思うぞ。……少なくともチル殿は、妹夫婦のことをよくご存じのようだ」

「そんなこと言われても。……俺は、母上のことも父上のことも、よく覚えてないし」


 スイ・リオは頬を膨らませて抗議する。

 スイ・リエナが夫と共に亡くなったのは、彼が物心つく前のことだ。彼は両親を想うとき、不確かでおぼろげな記憶に頼るしかない。


「そうか。……そうだな。」



 チルは沈んでしまった二人を見て、静かに言った。


「スイ・リオ殿。あなたがまだ、お腹の中にいた頃の話です。スイ・リエナ殿は私に『この子に何か細工を見立てて、作ってやって欲しい』と、おっしゃったんです」

「母上が……。ちょっと待て。俺が生まれる前の話なのか?」


 予想外の展開に、スイ・リオは呆気にとられた。


「ええ。まだ男か女かすら分からないのに、ですよ。そう言ったら『だったら、この子が生まれて大きくなった時に、うんと似合う物を作ってあげて』と、笑っていました」

「……」

「おっとりしていて穏やかで、確かにのんびりはしているのですが、……意外とせっかちといいますか、そそっかしいところもある方でした。何気に三姫のなかで、真に怒った時の苛烈さは一等でしたしね!」

「……そう、なのか」


 初めて聞く母親の意外な姿に、得も言われぬ感情が湧き上がってくる。

 スイ・リオは、蒼い帯飾りをじっと見つめた。


「この帯飾りの色や模様も、母上が?」

「……スイ・リエナ殿からは『スイ・リオ殿に似合う物を』という依頼でした。貴方と直接お会いすることはできませんでしたが、髪は父譲りの黒、瞳は母譲りの蒼だとお聞きしたので、それにあわせました。……石の色味が合っていて良かった。じつは少し、不安だったんです」

「……」


 スイ・リオが視線を帯飾りからチルへと移すと、彼女は困ったように微笑んだ。


「これは、あくまで私とスイ・リエナ殿の約束の品です。この後どう扱おうと、それはスイ・リオ殿の自由です。ですがせめて、どうかお受け取りいただけないでしょうか」


「……わかった。これは受け取る」


 スイ・リオの承諾に、チルは黙って頭を下げた。



「ただひとつ。条件がある」

「……なんでしょう?」


 スイ・リオは、なにやら言いにくそうにしていたが、もごもごと要望を述べた。


「その、今後も、母上の、生きていた頃の話を、聞かせてくれないか」

「…………」

「無理か?」

「いえ。ですが、スイ・リエナ殿のことならば、ヤン・リク殿の方が詳しいのでは、と」


 もっともな意見だが、スイ・リオはバッサリと切り捨てる。


「伯父上がする母上の話は、なんというか、現実味が薄い!」

「なんだと?」

「だって、伯父上ってば絶対、母上に夢みてるよ! 良いことしか言わないし」

「…………」

「リオ、お前! ……チル殿も、黙らないでくれないか?」


 伸びてきた伯父の腕を、今度こそはとするりと躱し、スイ・リオはチルを見た。


「だから、母上と仲が良かったと言うのなら、友人から見た母上の話を、色々聞かせてほしいんだ。それが、条件だ」


 正面からのぞき込まれたスイ・リオの瞳の懐かしさに、チルはやっとのことで笑うことができた。


「そういうことでしたら、喜んで」

「……よし」


 スイ・リオは、満足そうにうなずいた。



「ですが、どうしましょう? 私はスイ家を出入りすることができませんし。スイ・リオ殿が、リャン家やトウ家を訪ねるのは、障りがあるのでは? 手紙でというのも味気がありませんし」

「確かに。いきなり禁を解くのも不自然だしなぁ」


 悩む二人に、横からヤン・リクが口を出す。


「ならば、ここを使えばいい。リオがヤン家に入り浸るのは珍しいことではないだろう。チル殿には、ご足労をかけることになるが……」

「それは、構いませんが……。それこそ良いのですか?」

「ああ。こちらとしては、願ってもないことだ」


 ヤン・リクは、にやりと笑った。


「ええっと……」

「伯父上。わかりやすいのか、わかりにくいのか、そこははっきりした方がいいと思う!」

「……」

「……」


 甥からのするどい指摘に、ヤン・リクは黙りこんだのだった。



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