第10話 お家に到着しました!

「じゃんじゃじゃーん! どう? これがわたしの家、すごいでしょ?」


 カナはセルフで効果音をつけて、その家とやらを紹介してくれた。


 実際にカナに連れられてやってきた建物は、ニャオミのものより少し大きな小屋だった。ペンションみたいな感じだ。


 たしかに、四人でも狭くなさそうに見えるけど、金持ちの別荘みたいなのを想像していたから、相対的にしょぼく見えてしまう。


 いや、決してそんなことないんだけどね?


「なに? メイちゃん不満?」


 思っていたことが顔に出てしまっていたのか、カナににらまれてしまった。


「いやいや! そんなことないって。素敵だなーと思って、思わず見とれちゃってただけだよ」


「ふふん! そうでしょ? そうでしょ? ささ、入って入って」


 あからさまなごますりに、流石に不快感をあらわにするかと思ったが、むしろご機嫌になってしまった。カナは上機嫌にドアを開けて僕たちを招いてくれた。


 さっきも思ったことだけど、カナってめちゃくちゃ乗せられやすいタイプだ。


 男性とかに騙されて大変な目に遭いそうだけど、これは、性癖に救われているってことなのか?


 まあいいや。


 とりあえず機嫌を直してくれたことに、僕はほっと胸を撫で下ろす。


 それから、カナに促されるまま家へと入った。


「おお……」


「壮観でしょ? 絶景でしょ? 自信作なんだよ?」


「うん。これは本当にすごいと思う」


「でしょでしょ?」


 カナの家は外見よりも中身の方が心を奪われてしまった。それは、入った瞬間声が漏れてしまったほどだ。


 コテージと呼ぶには立派すぎる内装は、外観で受けた印象を取り返すだけの迫力がある。


 というのも、現代日本にもあるような生活に必須の便利設備らしきものがそこかしこに設置されているのだ。


 近づいていって見てみると、何やら魔法陣のような模様が表面に描かれていた。


 電気、ガス、水道が通ってるような場所とは思えないけど、それはどう見ても蛇口だった。これはいったい……?


「これはね。魔道具だよ」


「魔道具!」


 僕の疑問を解消するように、カナは模様入りの蛇口をひねった。


 すると、その蛇口からじょぼじょぼと水が流れ出した。


「おお……っ!」


「こんな山の中じゃなかなか手に入らないんだよ? ねぇ?」


 カナは、未だ外にいるニャオミとマイちゃんの方をニヤニヤとした表情で見ながら言う。


 二人は、興味がありそうにしながらも、見るだけで入ってこない。入り口の辺りから警戒するように中をじっと観察している。


「たしかに、魔道具の加工は技術がいるが、アタシだってできにゃくはにゃいにゃ」


「でも、あんな簡単にお水は手に入っていなかったと思うですにゃよ?」


「それは、そうにゃんだが……」


 どうやら、ニャオミにも技術はあるらしいが、カナほどの加工力は持っていないということのようだ。


 しかし、おそらく他の設備も蛇口同様の効果を持っているのだと考えると、ここならば現代的な生活も送れることだろう。


 多少身の危険を冒しても手に入れる価値はありそうな気がする。


 もっとも、これは現代的な生活をしてきた僕だから思うのかもしれないが。


「わたしとしてはすぐに試してもらってもいいんだけど、まだ怖いみたいだから、少しずつ慣れてもらえればいいかな」


「案外気が長いんだ」


「狩りは焦ってもうまくいかないからね」


 達観したようにカナは言った。


 どうやら、見かけ倒しの偽物狩人ではなく、カナは本物の狩人らしい。


「ただ、流石にあのサイズのクマさんをどうこうするのはちょっと大変だなぁ」


 言いながら、カナは外に転がしてあるクイーングリズリーとグリズリージュニアを見た。


 爆発で吹き飛ばされていたものの、形としては無事だった二体のクマを運んできたのだが、狩人でもうまくいかないことはあるらしい。


「解体なら僕がやるよ。色々と世話になってるし」


「ほんと? 別に、体で払ってくれてもいいんだよ?」


「絶対やだ。肉体労働の方がマシだから」


「わたしと肉体労働してもいいんだよ?」


「どういう意味だよ。いや、聞かないから、答えないでくれ」


「仕方ないなぁ。また後日ってことで」


「やらないからな」


 釘を刺してから家を出ようとする僕の手をカナはなぜか取ってきた。


 ヤられると思い、反射的に防御姿勢を取る。


「いや、同意もないのに何もしないよ」


「かわしてなければ色々してそうなヤツが今さら何を言うか!」


「否定はしないけどね」


「しろよ! まったく……いや、手、離してくれない? 行けないんだけど」


「いや、道具はどうするの?」


 ツッコんで出て行こうとする僕にキョトンとした感じでカナが聞いてきた。


「ああ。大丈夫だよ。名刺があるから」


 僕はそう言って名刺を取り出した。


「いや、そんな紙じゃ無理でしょ」


「ねーそう思うよね? 僕も名刺以外の武器がほしかったよー」


「言うてお前は名刺以外使わにゃいだろ」


 さすが、前世から僕のことを知る女神様はお詳しい。


「そうだけどさ……あるじゃん憧れとか色々」


「全部名刺に応用されるだけにゃんだろ。なら、わざわざ不要なところに割くリソースはにゃい」


「そうですか」


 実際、これまでだってそうだった。


 イラストは名刺のモザイクアートでやってきたし、マジックをするにもトランプより名刺を使ってきた。それに、料理も包丁代わりに名刺を使っていたくらいだ。


 料理に関しては、以前、動画を投稿したこともあったが、ストップモーションだと勘違いされた。


 そのため、後日生放送でもやったけど、手品ができちゃうだけにタネと仕かけを疑われた。


 こっちはタネも仕かけもないんだけどね。


「これでよし……」


 さっくりと解体を終えて額の汗を拭う。


 見ると、作業に集中していたのか、先ほどまではちみつをベロベロしていた二人組はすでに焼かれた肉にがっついていた。


 僕もさっさと御相伴にあずかる。


「いただきます」


「召し上がれ!」


「うんまっ!」


 一口目からわかる美味しさ。


 こんな世界だ。調味料なんて限られるはずなのに、肉汁があふれる肉のジューシーさだけじゃない何かが口の中に広がっている。


 とにかくうまい!


「強い魔物のお肉は美味しいんだよ。できれば、キンググリズリーも食べたかったなぁ」


「なるほど」


 人間を食物扱いしていたのに、結局人間に食べられるとは、なんというか皮肉な話だ。


 ただ、話していたキンググリズリーの肉は爆発で四散してしまってここにはないのだが。


「ところで」


 改まった様子でカナが僕の顔を見ながら話しかけてきた。


「なに?」


 僕は少し居住いを正して聞き返す。


「メイちゃんはいつまで半裸でいるつもりなの? わたしは目の保養になるからいいんだけど、それで誘いに乗ってくれないのは、なんというか欲求不満」


 言われて僕は自分の体を見下ろした。


 僕の体には、返り血で赤く染まったシーツが巻いてあるだけだった。

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