第8話 キングとエンカウントしました!

「ニンゲン。ワシラノタカラヲカエセ!」


 キンググリズリーが人の言葉を話したことに少しギョッとしてしまった。


 キンググリズリーは王冠状に硬化した頭部をギラギラと光り輝かせている。その王冠は、人間の王と比べても遜色がない美しさを持っているように僕には見えた。


 加えて、その体格はこれまで見てきたどのクマよりも大きい。堂々としたその姿は王と言って差し支えない。どこか美しさを感じてしまう風貌だった。


 だが、今はそんな状況ではない。僕はすぐに頭を打って意識を戻す。


 クマがはちみつを好きなのは、ファンタジーの中だけかと思っていたけれど、どうやら僕の予想は当たっていたようだ。あまり嬉しくない方向だけど……。


 とりあえず、僕は一歩前に進み出て言った。


「それはちょっとできない相談かな」


 今ここに、自称女神とその信者、そして、よくわからない変人女子はいない。カナに名刺を加工してもらってから、すぐに逃げてもらったからだ。


 当然、彼女たちがはちみつを持っていってしまったので、キンググリズリーの言うお宝は、もうここにはない。


 僕たちが許されない理由はそれだけではないだろう。


 キンググリズリーは、転がる妻と息子の死体を見て、眼光鋭く僕をにらんだ。


「コレハ、オマエガ?」


「僕がやった」


 威圧するようなキンググリズリーの問いかけに、僕はひるむことなく端的に答えた。


 嘘をつける状況でもない。それに僕は、そもそも嘘が得意じゃない。


 こんな僕の発言を受けて、キンググリズリーが低く唸った。


「ニンゲンフゼイガナメタマネヲ! ワシハ、コノモリノアルジゾ。タカガニンゲンノブンザイデ、ワシラニタテツクツモリカ! イチショクモツニスギナイクセニ!」


 怒りがにじんだ言葉を聞いて、僕の体はピクリと震えた。


 いや違う。食物という言葉に反応してしまったのだ。人間が食べ物として見られていることを受け入れられなかったのだ。


 キンググリズリーは、僕ら人間を食物として扱っている。向こうの方が食物連鎖の上。この世界ではそういう認識らしい。


 だからこそ、カナは命がけではちみつを盗んだ。


 驕った考えの彼らに一矢報いたくて。


 これは僕の妄想か……。


「食物ね……」


「クイコロス」


 前世の自分を振り返る余裕などなく、キンググリズリーは僕へと向けて駆けてきた。


「ちょっとは考えさせろよ」


「グオオオオオ」


 僕の言葉に無視を決め込んで、荒々しくキンググリズリーは走ってくる。


 仕方ない。


 僕はグリズリージュニアに対峙した時と同じように、キンググリズリーめがけて名刺を投げた。だが、キングの名の通り、王冠状に硬化したその頭部は、名刺を受け止め通さなかった。


 他の部位も同じように、毛皮に引っかかるだけで、出血は見られない。


「うーん……急所は丈夫ってことか?」


 ならばと、攻撃先を手足へと変えて名刺を投げる。


 ただ、これも軽く刺さった程度だった。


 一瞬、動きが鈍くなったように見えたが、すかさずその刺激に反応するように手足が硬化されただけらしい。


 今回の攻撃では警戒させることで接近を止めることしかできなかった。


「コザカシイゾ。ニンゲン! セイセイドウドウタタカエ!」


「正々堂々戦ったら、こっちに勝ち目がないでしょうが」


「ヒキョウナ!」


「そう言われても……」


 実際、正攻法が通用しないなら、卑怯な手に出るしかないだろう。


 まあ、それにしたってこの戦い方はあまり期待していなかった。これで片付けばラッキー程度のお試しだ。


 なんにしても、名刺投げは要練習だな。素材の見直しもした方がいいかもしれない。


「さて、本題といこうか!」


「ドコヘイク!」


 シンプルな名刺投げによる戦法を諦めて、僕はまきびしのようにクマの手前に名刺を投げて、素早く背を向け走り出した。


 クマの足は、杭のように地面に固定され、その場から動けなくなったらしい。追ってくる足音は聞こえない。


「ココマデキテニゲルツモリカ! ヒキョウモノ!」


 遠くから低く響いてくるクマの声を聞いて、僕は再度振り返る。


 これくらい離れれば充分だろう。距離にしておよそ五十メートル。


 僕はカナに加工してもらった名刺を懐から取り出した。黒く染まった名刺を。


 時間がなく、試せなかったから、威力がどれほど出るのかわからない。


 ただ、その威力は掛け算のように強まるらしい。


 僕はもう一歩余分に後ろに下がってから、腰をひねって名刺を構えた。


「いけっ! 『エクスプロージョン』!」


 名刺を投げる。


 そして、寸分違わずクマの頭部に着弾。


 と同時、まばゆく名刺が輝くと、とても名刺が爆発したとは思えない轟音が僕のところまで響いてきた。


 その瞬間、僕は悟った。


「あ、巻き込まれる」


 くるりと名刺に背中を向けて、一目散に走り出す。


 そんな一動作の間だけでも、背中を熱が撫でるのを感じた。


「おさまれバカ、おさまれバカ、おさまれバカ! 威力出すぎだっての!」

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