第7話 はちみつです

「これはにゃかにゃか」


「おいしいですにゃ。ニャオミ様」


「でしょでしょー! 命をかける価値はあると思うんだよね! メイちゃん一緒に食べなよー」


「馬脚を現しやがったな!」


 僕の指摘にキョトンとした顔をするカナ。


 本当に何を言ってるのかわからないといった感じで見てくるから腹立たしい。


「そして、ニャオミとマイちゃんもだ。なんで餌付けされてるんだよ」


「餌付けじゃにゃい、食事にゃ」


「そうですにゃ、メイメイ様。カニャ様じゃありませんが、ご一緒にどうですにゃ?」


 二人しておいしそうにはちみつをペロペロと舐めていた。


「僕だって、こんな状況じゃなきゃはちみつ食べたいよ」


「なら遠慮せず食べればいいじゃん」


「これまでからして、クマのテリトリーから盗んできたんだったら、もう親子とかじゃなくてそのグループごと敵に回してるだろ。もうなんで異世界に来てすぐにこう連続でこんな目に遭うんだよ」


「イセカイ?」


「なんでもない!」


 認識してしまえばどうということはない。


 今回の鬼ごっこには、カナを追いかけ回していた一番最後の鬼がいたわけだ。


 そりゃそうだ。だってカナは、クマの好物を盗んだんだから。


 それに、単純に考えてもわかることだ。クイーングリズリー、グリズリージュニアときたら、キンググリズリーとかいるだろ普通。


「おいカナ」


 僕が呼び捨てにすると、カナはびくりと肩を震わせた。


「なに? もう呼び捨てにしてくれちゃうの? やったー! そんなに早く仲を進展させてくれちゃうなんて。わたしうれしい」


「名前に敬意を払ってないだけですよ」


「またまたー、照れちゃって可愛いんだから」


 すかさず抱きついてこようとするカナの腕をすり抜けて、僕は改めてカナを見る。


「つれないなぁ」


「今はそんなことしてる場合じゃないんです。耳をすませば、他のクマが接近していることがわかります」


「じゃぁ後でしてくれるってこと?」


「そういう意味でもないです」


「でも、わたしには聞こえないけどなぁ」


 耳に手を当てて音を集中して聴いている様子をカナだが、それでも、小首をかしげて不思議そうにするだけだった。


 なんとなくそういうものかな、と思っていた今の僕の身体能力だけど、どうやら人間より高いと言う事は推測通りだったらしい。


 とはいえ、そんな検証している場合でもない。


「カナ、ここまでどうやって逃げてきたんです? とても万全の装備には見えませんけど」


「聞きたいことってそれ? それはねー」


 なぜか楽しそうにしながら、またしても懐をまさぐるカナ。


 テレレーと効果音を口で言いながら、カナは小さな木の実のようなものを取り出した。


「これこれ、こけおどしの実って言って。投げてぶつけると爆発するの」


「そんなのでクマを退治したんですか?」


「いや、クマ退治は流石に無理だよ? だってこけおどしだよ? あくまで逃走用。今はないけど、これを矢じりにつけて弓を放って脅かして。それでここまで逃げてきたんだ。すごいでしょ?」


「へー」


 自信満々に胸を張って言うカナ。


 これでクマを連れてきていなければ、僕だって感動したかもしれない。


 だが、僕の反応が不満だったらしく、カナは口をとがらせた。


「もっと褒めてよ。メイちゃんが聞いたんだから」


「すごいすごーい」


「えへへー」


 あからさまな棒読みで言ったのに、カナは照れたようににへらと笑って頭をかき出した。


 きっとそれっぽいこと言ったら、乗せられるタイプだ。


 しかし、こんな人のせいで、マイちゃんはクマに追われていたのだと思うと、不憫でならない。


 かといって、この人を犠牲にしたところで、特に役に立ちそうにない。弓矢ももう使えないみたいだし。


 仮にキンググリズリーが先程のグリズリージュニア以上に硬い毛を持っているのなら、討伐するのは難しそうだ。


「あのカナ」


「なにかな? メイちゃんわたしの恋人になりたくなった? それともわたしのパートナーになりたくなった? いいよ。わたしはいつでも可愛い女の子はウェルカムだよ」


「違います。そのこけおどしの実について聞きたいんです」


「これ? 食べられないよ?」


「違います。そんな乾燥剤みたいな発言を聞きたかったんじゃないんです」


「じゃあ何?」


 不思議そうにするカナに、僕はやれやれと息を吐いた。


「それ、威力出ませんか? 加工とかすれば、脅かすだけじゃなくて、何かしらのダメージを与えられませんかね?」


 矢じりにつけて矢を放ち、爆発させられるなら、遠距離武器として名刺芸を強化できると考えたのだ。


 近接武器としては使えずとも、グリズリージュニアにやったのと同じように戦えれば、勝ち目はあるかもしれない。


 過去を思い返すように、カナは腕を組みつつ言う。


「うーん。たしか、二、三個同時に使ったら、大爆発ができるよ」


「本当ですか?」


「ここで嘘はつかないよ。メイちゃんなんか真剣みたいだし」


「ありがとうございます!」


 僕は素直に頭を下げた。


 慌てたように、カナは手をブンブンと振った。


「いいっていいって」


「それじゃあ早速」


 僕が名刺を取り出そうとすると、カナは僕の動きを止めるように手を突き出してきた。


「なんですか?」


「いやぁ、期待してくれてるところ悪いんだけど、残り三個なんだよね。矢じりにつける感じなら加工できるけど何をどうするつもり?」


「ちょうど三個なんですね。ならきっと大丈夫です」


 そこで、カナが勢いよく背後を振り返った。


 その先からは、カナの耳でも聞こえるほどの距離まで来たのか、バッサバッサと木がなぎ倒される音が聞こえてくる。


 キンググリズリーはすぐそこだ。

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