ロマンの話をしよう。

プロローグ①


 「まこっちゃん、結婚したって!」





 泣き出しそうな空、なんて残酷な予感。そんな情景描写があったら、次の瞬間に来る通知は悪い知らせに決まっていて、泣きたいのは私だ。放課後の教室は人もまばらで、午前中よりずっとじめじめしている。


 同じ中学に通っていた友達からそんな連絡が来たのは、高校に入って二度めの梅雨が始まった頃。


 たった一行だけのそれを、文字を、目で追っているのに、脳が理解してくれない。


 文章の意味は分かる。

 まこっちゃんが結婚した。ただそれだけのこと。ただそれだけのことが、一体どういうことで、私に何を引き起こすものなのか、頭の中枢というか、脳の芯みたいな場所に思考が届かない。

 心のどこかが嘘だと思っている。信じられない、信じたくない。だって、まこっちゃんは、まこっちゃんは____




 「見てよこれびっくりでしょ」


 

 私の絶望などつゆ知らず、画面を見ている間にも通知が溜まっていく。

 写真を送信しました、という体温のない文章が表示されて、もう見ていられなくなって電源を切った。写真だなんて、そんなの、開く勇気ない。

 無理だ。見れない。認めたくない。



 息継ぎみたいにスマホから顔を上げたら、不思議そうな顔でこっちを見るクラスメイトと目が合った。



 「大丈夫? 具合悪い?」

 「全然大丈夫だよ!」

 



 大丈夫なわけあるか!!

 上手く笑えなかったけど、今は何を聞かれても答えられる気がしない。これ以上口を開いたら、口だけじゃなくて目からも余計なものが溢れてしまう。


 静かに席を立って教室を出るのと、堪えきれずに涙が流れるのと、ほとんど同時だった。

 人目につかない場所に移動してから、諦めて写真に既読をつける。




 「……あぁ、うわあああぁぁ……」




 文字通り膝から崩れ落ちた。私の知らない表情をしていて、だって、そんなに、幸せそうだったら何も言えなくて。

 最初から私に入る隙なんかないことは当然で、ずっとわかってたじゃないか。

 わかってたはずなのに、なんという傲慢なことだろう。いつの間にまこっちゃんの視界に入ってるって勘違いしたのかな。

 喉の奥に熱い塊が迫り上がって、ぼろぼろ溢れる涙が止まらない。






 まこっちゃん、末永くお幸せに。








「「あ」」


 不意に、本当にふっと、目が合った。

 相手が立ち止まった。そりゃそうだよな、こんなところで泣いてたらな、と頭のどこかで冷静に考えている自分がいて、現在進行形で目が合っていて、それでもなお涙は流れ続ける。


 「……」


 相手の口が、無音のままパクパク動く。どう声をかけるべきか迷っているのが分かる。

 ああ、どうしよう。



 「あっ……」



 くるりと背中を向けて駆け出した。涙は止まるどころかますます激しく流れる。

 ごめんなさい。

 次会ったときに何か言われたらどうしよう。何を聞かれても答えられない。

 会わないように避けられたらよかったのに。ああ、もう、どうしてこんなときに、こんなところで、よりによって。





 ____瑞木に、見つかるなんて。

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