第13話

「……ハルくん、やっぱり変わっちゃったね」

「え?」

「だって昔は、どっちかというとハルくんがグイグイきて、私がスカしてる感じだったじゃない」


 少し言い方に語弊はあるが、おおよそ間違ってはいない。

 彼女が公園に一人でいるところを、最初に声をかけたのは千晴だ。それこそはじめはとんでもない塩対応だった。


 なんとか歩み寄ろうとお菓子をあげようとしたときも、「嫌よあなたみたいな子豚ちゃんになるでしょ」などといって切り捨てられた。


「たしかに、あの頃のひかりはだいぶ尖ってたね」

「そっちこそちょっとやせてイケメンになったからって、調子に乗ってるでしょ?」

「はあ……なんかすいません」

「まったく、見た目も私好みになって最高じゃないの」

「はい?」


 ぷい、とそっぽを向いて弁当をつつき始めた。

 発言と行動が見合ってないが気にしても仕方ない。ただの聞き間違いかもしれない。

 

 千晴もパンを口に運び始める。

 ひかりが急に無言なので、食べながら話題を振ってみる。


「そのお弁当って、もしかしてひかりが作ったの?」

「え? それは……そうだわよ?」

「変な口調になってるけどいまの間は何? どう答えるのがベストか考えた?」


 自分で作ったというのは非常に嘘くさい。

 お弁当は白一色、ということもなく色鮮やかだ。しっかり栄養素を考えられている。


「だってお手伝いさんが作ったのとか言ったらテンション下がるだろうし……」

「え? そうなの?」

「ち、ちがうよぉ?」


 あからさまに目が泳ぐ。

 その可能性は高い。嘘が下手すぎる。

  

 その後は特にこれといって会話がないままに、お互い昼食を済ませた。

 こうやってたっぷり時間があると、意外に話すことがない。いや、ないわけではないのだが、なんとなくひかりの様子が固い……というか雰囲気が重たい。


 お弁当箱をしまうと、ひかりはスマホを取り出して触りだした。なにをやっているのかと思ったらゲームだった。一瞬にしてここの住人になったようだ。

 千晴も手持ち無沙汰に自分のスマホを眺め始める。

 

「あの……ハルくん?」


 呼ばれて顔を上げると、不安そうな顔のひかりがこちらを見ていた。


「私、なんかハルくんを怒らせるようなことした?」

「は?」

「だって、さっきから全然しゃべらないでスマホ見てるし……」

「いやこっちのセリフ」


 ひかりの手元を指差す。なにやらぴろんぴろんとゲームの音がなっている。


「あっ、ご、ごめんね怒らないで。そうだよね、私が一人でゲームやってるからだもんね。ハルくんもゲームやるよね? よかったらこのコード入力して」

「なにをどさくさにまぎれて招待ボーナスもらおうとしてんの」 

「違うの、違くて……なんか気まずくって、思わずスマホに逃げちゃったみたいな……。だって久しぶりで、ハルくんと何話せばいいかわかんないんだもん」

 

 なにやら難しそうな顔でゲームをしているので千晴も空気を読んで黙っていたのだが、ここにきてコミュ障を発揮していたらしい。

 

 思えばいつも話題を提供していたのは千晴のほうからだった。

 なにか言うと、「それのなにが面白いの?」「で?」「からの?」などと上から目線の相槌が返ってくる。


 当時はそれでうまくやれていたのかもしれないが、いざひかりが自分から、となるとなにを喋ったらいいかわからない、になるようだ。

 ふんぞり返っていたツケが回ってきたとも取れる。


「それに今ゲームが楽しくてしょうがないの。無料でこのクオリティのゲームが遊べるなんて、いい時代になったよね」

「……いつの時代の人?」

「ハルくんも知ってるでしょ? 私の家、スマホ禁止ゲーム禁止マンガ禁止テレビ禁止エロ同人禁止とそれはもうがんじがらめで。それがやっと今になって解禁されたの」

「まだ禁止のほうがいいやつあるぞ」

「だからもう完全に浦島太郎状態よ。オカエリナサトよ」


 ひかりの家はとにかく厳しく、娯楽のたぐいはほとんど禁止されていた。

 だからはじめて千晴の家でゲームをしたときも、衝撃を受けていたようだった。以来こっそり遊びに来ては、一緒にゲームをするようになった。

 

「ハルくんちで一緒にスーファミしてたのが懐かしい。またやりたいなぁ」

「いや、さすがにもう動かないと思う」

  

 千晴も千晴で、別の意味で娯楽には疎かった。家に余裕がなく、そっち方面に使うお金がなかったのだ。


 叔父がプレゼントと称して、いらなくなったマンガやゲームなどを千晴の家においていった。それを遊びに来たひかりと一緒に消費していた。そのため当時から娯楽は周りより二、三世代ぐらい前だった。


「楽しかったなぁ、決定ボタンのきかないコントローラーでスト2やってたあの頃……」

「それ美化していくのキツいかもしれないね」

「十字キーが壊れてて波動拳と昇龍拳が出せないハルくんのリュウをわたしがガイルで……」

「絶望しかないやつ」


 今思えばよくやっていた。我ながらすさまじい忍耐力だ。

 過去の自分に同情していると、ひかりが急にスマホを握りしめながら前のめりになった。


「ううっ、あ、ああああ!」

「ど、どうしたの?」

「ガチャすり抜けた……」

「あ、そう」


 いきなり何事かと思った。驚かせないでほしい。

 面を上げたひかりが指をさしてくる。

 

「はい今のでマイナス30リカレポイント」

「語呂が悪い」

「かまってちゃんにはそういう無関心が一番効くの。今のリアクション全然だめ」

「自分でかまってちゃんって言ってるよ。じゃあどういう反応が正解なの?」

「『えっ、マジ? うっわ最悪だね。大丈夫? ワイチューンカード買ってこようか?』」

「理解ありすぎる模範解答」

「これでプラス10リカレポイントかな」

「修羅の道すぎる」


 どこの聖人を想定しているのか。

 そのリカレというワードというかネタ、気に入っているのか出会い頭からやけに押してくる。そういえば、と思い出して、千晴は切り出す。


「その、リカレになってくださいって話のことなんだけど……」

「待って!」


 ひかりが突然鋭い声で待ったをかけてきた。

 鬼気迫る表情で膝を詰めて、身を乗り出してくる。

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