エピローグ
一年のほとんどが穏やかな気候と、緑の自然に囲まれた場所にその村はあった。
下界から隔離されたようなその村は、森林がざわめく空間にひっそりと存在していた。
季節は春。
村の入り口にある大きな桜の木々からは、薄桃色の花片が空中に舞い散っていた。
まるで命を散らせているかのような桜の花片も、その村の人々からしてみれば、春の訪れを知らせてくれる大切な自然の使者であった。
村の中には、数軒の家屋が並ぶように建てられている。
木造建築の家々は、お世辞にも立派だとは呼べなかった。
しかし、そこには平穏があった。
貧しくても苦しくても、その村の子供たちからは、無邪気な笑い声が絶えなかった。
そんな村の奥に、ひっそりと小さな家が建っている。
よく手入れされた庭の花壇には様々な花が植えられており、持ち主の人格が窺えるようであった。
その庭にはテーブルと椅子が置かれており、一人の老婆が椅子に腰掛けていた。
年は六十過ぎというところか。
質素な服を着ており、慎ましい生活をしているのがよくわかる。
しかし、どことなく気品に溢れ、春風のような柔らかい雰囲気が全身から醸し出されていた。
老婆は、肩に止まる小鳥たちと会話をしているように戯れている。
小鳥が囁く優雅な一時。
まるで時間が止まっているような空間に、どこからか子供の泣き声が響いてくる。
「うわ~ん、おばあちゃ~ん」
顔をくしゃくしゃにさせ、ぼろぼろと涙をこぼしながら子供が老婆に抱きついてきた。
まだ幼いが、どことなく老婆にそっくりな顔立ちである。
あらあらと、老婆が子供の頭を撫でながら、どうして泣いているのか訊いてみた。
「あのね、あのね……」
両手で涙を拭いながら、自分が村の子供たちに苛められたのだと老婆に話した。
「それはひどい目にあったわね」
子供の頭を撫でながら、老婆はやさしい笑顔で見つめている。
「あいつら、いつも僕が弱いからって苛めるんだよ」
「……そうね」
老婆は一瞬悲しげな表情を見せたが、すぐにニッコリと微笑んだ。
そして、天使のような笑みを浮かべながら、子供に諭すように話しかける。
「でもね……ただ、泣いているだけじゃ何も解決しないのよ」
「…………」
子供はモジモジしながら、その場にうずくまってしまった。
いくら正論を話したところで、まだ幼い子供である。
そこのところも老婆はきちんと理解していた。
だが、誰かが言って上げなければならないことだ。
そうして子供は大人になっていくのである。
子供の将来を思う老婆の前には、今にも泣き出しそうな表情の子供が一人。
しかし老婆には、この子供を喜ばすとっておきの話を知っていた。
「あらあら、泣いちゃだめよ。 ……そうだ! ボウヤが泣かなかったら、おばあちゃんがとっておきの話を聞かせてあげる」
それを聞いた途端に、子供の表情がパアッと明るくなった。
「聞かせて聞かせて!」
子供は心を高揚させながら、老婆に耳を傾ける。
その時、
「お~い、ゴハン出来たわよ~」
子供の耳には老婆の話ではなく、母親の声が聞こえてきた。
「ええ~! もう、そんな時間なの?」
子供は残念そうに呟いた。
老婆の話も聞きたかったが、さすがに空腹には勝てなかったようだ。
子供はお腹をさすりながら、その場に立ち上がった。
「じゃあ、また来るね! サクヤおばあちゃん」
子供は老人のサクヤに手を振りながら、家へと帰っていく。
足早に駆けていく子供を見送ると、年老いたサクヤは腰掛けていた椅子の背もたれに身を預けた。
あの時、シュラとともにカルマにとどめを刺したサクヤは、その瞬間に激しい炎に包まれ、気がつくとインパルス城を見下ろす丘の上に倒れていた。
どれくらいの時が経っていたのだろう。
すでにインパルス城は跡形もなく落城していた後であった。
ただ一人、サクヤだけがその場に取り残されていたのだ。
あれは夢だったのだろうか。
そう思い込んだサクヤの右手には、半分に欠けた〈オリティアスの瞳〉が握られていた。
その後、サクヤは各地を転々とした。
帰る場所も目指す場所も失ったサクヤは、ベイグラント大陸を出ようと貿易船に乗せて貰い、見知らぬ外陸へと向かった。
サクヤには、以前から行ってみたいと密かに思っていた場所があったからだ。
それは、遥か東の大陸にある〈ジーファン〉。 シュラの生まれた国。
さすがに、少女一人が旅を続けるのは苦しかった。
時には孤独の重圧に耐え切れず、死にたいと思ってしまうことも何度かあった。
しかしその度に、
(諦めるな、サクヤ! 諦めるな!)
シュラのあの力強い言葉がサクヤの心を奮い立たせ、止まった足を再び動かした。
それから数十年。
サクヤはシュラの生まれ故郷〈ジーファン〉にある、小さな村の椅子の背もたれに身を預けている。
「シュラ……私は諦めなかったわ。どんなに悲しくても、どんなに苦しくても、私は生きることを諦めなかった。だって、それが貴方と交わした最後の約束でしたものね」
サクヤは静かに目を閉じると、そのまま深い眠りについた。
夢の中には、闘神の姿はもう出てこない。
出てくるのは、いつもサクヤに向かって微笑んでくれた青年の姿。
〈完〉
================
【あとがき】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
主人公たちの人生はまだまだ続きますが、物語自体はここで幕引きとさせていただきます。
「面白かった」や「次回作に期待」と思われた方はフォローや★★★などで応援してくれると嬉しいです。
そして、新作の異世界ファンタジーも連載しております。
【タイトル】
【連載】若き最強のサムライ、異世界でも剣を振るう ~神威一刀流の秘剣を伝授された拙者、異世界に誘拐された婚約者を見つけるため剣鬼とならん~
目次ページです
https://kakuyomu.jp/works/16818093077851548668
よろしければ、ご一読くださいm(__)m
【完結】オリティアスの瞳 ~祖国を滅ぼされた元第一皇女、闘神の力を持つ青年と復讐の旅に出る~ 岡崎 剛柔(おかざき・ごうじゅう) @xtomoyuk1203
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます