第23話   魔城での邂逅

「グオオオオオッ!」


「ガアアアアアッ!」


 薄暗い通路の中に獣の咆哮が轟いていた。


 牛の頭を持つ牛人と虎の頭を持つ虎人が、目の前にいるシュラに向かい猛威を振るっていた。 


 二頭とも〈操獣兵〉と呼ばれる獣人である。


 シュラは、二頭の獣人に挟み撃ちにされていた。


 前門には虎人、後門からは牛人と、まさに絶体絶命の危機であった。 


 しかし、シュラにはさして驚きも恐怖の色も見られない。 


 冷静にその場の状況を理解していた。


 二頭の獣人も、目の前にいる獲物が只者ではないことを本能で理解した。 


 二頭はほぼ同時に、獣特有の凄まじい瞬発力でシュラに襲いかかった。


 虎人は、空に爪痕が残るのではないかと錯覚するくらいの爪撃を繰り出してくる。 


 牛人も同様に、その頭に生えている槍のような二本の角を突き出し、突進してくる。


 前後から襲いかかる獣人に、シュラは不動の姿勢を保っていた。 


 シュラは静かに目を閉じ、呼吸を整える。 


 そして、今まさに二つの猛撃が当たる刹那――。


「はあああああっ!」


 シュラの闘気が爆発した。


 いつのまにか燃え盛る紅蓮の炎が、シュラの肉体を包み込んでいく。 


 普通では考えられない人体発火現象だが、シュラの肉体は炎の中でも平然とその原型をとどめていた。


〈闘神術〉。


 それは人間に隠された未知の能力を引き出し、自在に操る究極の身体操作法。


 シュラの肉体を包んでいる炎は、シュラの〈闘神術〉により具象化された力そのものであった。


「〈――獅神煉舞――〉!」


 炎に包まれたシュラが、その場で高速回転した。


 炎の渦に吸い込まれるような形になった二頭の獣人は、一瞬で身体が爆裂四散し、灰燼と化していく。 


 シュラの炎の拳が虎人の顔面に突き刺さり、そのまま勢いを殺さず体を回転させ、炎の蹴りを牛人の頭頂部に蹴り下ろしたのだ。


 竜巻のような身体の回転が止まると同時に、シュラの体を包んでいた紅蓮の炎が空気に溶け込むように霧散していく。


「……これで7匹めか」


 シュラは額に流れる汗を手の甲で拭うと、おもむろに呟いた。


 サクヤたちと別行動を取っていたシュラは、作戦会議室のような部屋を探索した時に、最初の獣人に遭遇した。


 最初こそ頭部が獣の怪物に動揺したが、それでも〈闘神術〉を発動させたシュラの敵ではなかった。 


 単調な攻撃しかしてこない獣人は一般の兵士よりは手強いが、ゲンジロウのような本物の使い手に比べると、すべてにおいて大きく劣っていた。


 獣人との闘いよりも、〈闘神術〉をこまめに発動させることのほうが、シュラには負担になっていた。


 シュラは牛と虎の獣人を倒した後、気配を殺し再び探索を開始する。 


 壁を背にしながら敵の気配を探り、闇と同化しながら疾走していく。


 単独で行動していたシュラも、この城の異常に気付き始めていた。


 単純な造りになっているはずの通路が出口のない迷宮のように感じ、その中では頭部が獣の形をしている半獣半人の化け物が存在しているのだ。 


 まさに、魔城と呼べる城であった。 


 そう考えていたシュラは、五階に上がったところで八匹めの獣人に遭遇した。


 襲ってきたのは鳥の頭をした鳥人であった。 


「ちぃっ!」


 シュラは〈闘神術〉を発動させずに鳥人を迎え撃った。


 さすがに8匹めともなると、相手の手のうちが読めるようになっていた。


 それは、獣人にも個体差があるということだった。 


 頭部だけが獣の形をしている不完全体と、肉体にも獣の力が反映されている完全体とに別れていた。


 完全体とは違い、不完全体の方は肉体が人間のままなので、その姿に惑わされなければ不覚を取ることはない。


 今、シュラの目の前にいる鳥人も、頭部だけが鳥の形をしている不完全体であった。


「ヒョオオオオオッ!」


 鳥人はシュラを威嚇するように、両手を大きく広げ叫んでいる。


 シュラはそんな威嚇を無視し、鳥人に向かって悠然と駆けた。


 紫電の如くとは、まさにこのことだっただろう。


 数十歩の間合いを瞬間移動したかと錯覚するほどの速さでシュラは間合いを詰めると、鳥人の左膝に強烈な右の下段回し蹴りを叩き込んだ。


 金属が折れ曲がったような鈍い音が響くと、鳥人の左足が異常な形にへし折れていた。 


 それだけでは終わらない。


 鳥人が苦痛を感じる暇もなく、顔面にシュラの左の回し蹴りが突き刺さっていた。 


 眼球は弾け飛び、顔全体が爆発したかのように陥没した。


 シュラの蹴撃を食らった鳥人の上体は大きく揺れ、肉片を撒き散らしその場に崩れ落ちた。 


 その時、


 ゴオオオオオオォォォォォォ――――ッ!

 

 大気を震わす轟音と衝撃が波紋となり、インパルス城全体に浸透した。 


 それはまるで、天が落ちてきたかのような凄まじい衝撃であった。


「なにっ!」


 突然の衝撃と強震に襲われたシュラは、地面にその身を勢いよく叩きつけられた。


 城内から発生した巨大な力の塊が城壁を突き破り、城の外へと消えていくのを、シュラは地面から伝わってきた〈気〉の波動により知ることができた。


 そして、その力を使った人間が誰であるのかも――。


「カルマ!」


 シュラは立ち上がると、周りを警戒することも忘れ、勢いよく大地を蹴った。


 疾風の如く、雷光の如く、紫電の如く、本能の命じるままに疾走した。


 城内には灯りなどは点っていなかった。


 ただ底知れぬ暗黒の海が広がり、魔物の体内か異世界にでもいるような錯覚に陥ってしまう。


  それでもシュラは、そこに道標が存在しているかのような一糸乱れぬ速度で、闇の中を突き進んでいく。


 シュラは感じていた。


 巨大な〈気〉の波動が、ピリピリと肌に突き刺さってくる。

 

 まるで、この世の負の感情をすべて混入したかのような禍々しい〈気〉。 


 その〈気〉の波動は元凶に近づくにつれ、徐々に濃厚になっていく。


 不意にシュラの足が止まった。


 シュラの眼前には、社交場に使われるような大広間が存在していた。


 普段は華やかな場所なのであろうが、シュラには巨大な魔物が大きく口を開け、獲物が飛び込んでくるのを待ちわびているかのように感じられた。


 見れば、入り口の一角が大きく破損していた。


 土煙が辺りに蔓延し、無数の瓦礫の欠片が地面に散乱している。


「この奥か……」


 シュラは魔物の口の中に躊躇せずに飛び込んだ。


 シュラは一気に走り抜けるつもりであった。 


 しかし、鼻腔を刺激したある匂いが、シュラの足を再び止めた。


 大広間の一角に充満していた血の匂い。 


 それも夥しい数ではない。 


 せいぜい一人か二人……


「!」


 まさか? 


 シュラの脳裏にサクヤたちの顔が浮かんだ。 


 大広間にも灯りが点ってないため、近くに寄らなければ誰だか確認ができない。


 シュラは自分の鼻を頼りに、血臭が放たれている場所まで一気に駆けた。


「これは?」


 その場所には、二つの死体が地面に横たわっていた。


 一人はジンと同様、大柄な体格の剣士であった。


 身に着けている鎧や、鍛え抜かれている肉体を見る限りでは、相当な手練であることは一目瞭然であった。 


 その屈強そうな剣士の首は、恐ろしい力でへし折られていた。


 もう一人は老人であった。


 科学者か医者のようでもあるが、白衣ではなく黒衣を身に着けており、その老人の顔には苦悶の表情が浮かんでいた。 


 よほど恐ろしい体験をしたのであろう。 


 老人の額には小石くらいの穴が空いており、その場所からは大量の血液が流れ出ていた。 


 大広間に充満していた血の匂いの正体はこれであった。


 そんな二人の死体の先には、ある部屋に続いている大階段が無言で存在していた。 その最上段には扉らしきものが見える。


 シュラは大階段に足を踏み出した。 


 一歩一歩、噛み締めるように大階段を上っていく。


 扉の前に着くと、わずかな〈気〉の波動が感じられた。 


 だが、そんなことは今のシュラにはどうでもよかった。


 シュラは目の前の扉をゆっくりと開けた。


 部屋の中に入るなり、シュラの視界に男の姿が映し出された。


「この日が来るのをどれだけ待ったか……すぐに殺してあげるよ、義兄さん」


 玉座の隣には、まるでこの世を統べる支配者の如き笑みを浮かべた男が立っていた。 


 サクヤの父親を殺し、ゲンジロウをたぶらかし、シュラのすべてを奪った銀髪の男。 


〈闘神術〉を極めた超人――カルマである。

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