第4話 運命の出会い
「ふざけるな!」
森の中にサクヤの勇ましい怒声が響き渡る。
「恐れながら申し上げます……無理です、サクヤ様」
ブリタニア皇宮親衛隊・隊長であるジンが、サクヤに反発する。
傍にいる二人の男女は、事の成りゆきをただ黙って見守っていた。
「ジン、お前も見たはずだ! 私たちの祖国であるブリタニア皇国が、インパルス帝国の奴等に侵略される光景を!」
ジンの拳が硬く握られた。
「冷静になってください、サクヤ様! 私たち四人でいったい何ができます? 無駄死になるだけですぞ!」
口ではサクヤの意見に反対しているジンも、心中ではサクヤと同じ気持ちだった。
おそらく皇王は生きてはいない。
長年の間、隊長として皇王を警護してきたジンの経験がそう思わせた。
皇王の身辺警護を任せてきた隊員たちも、未だ生死の確認が取れていない。
しかし今は、ブリタニア皇国の正統後継者であるサクヤの命を守ることこそ、自分の使命だとジンは思っている。
だからこそ、サクヤを無駄死にさせるわけにはいかなかった。
サクヤはそんなジンの気持ちを知ってか知らずか、断固として自分の意見を曲げなかった。 いや、曲げられなかったのかもしれない。
「……あのう」
二人の成りゆきを見守っていたジェシカが、横から口を挟んできた。
「サクヤ様のお気持ちもよくわかるのですが、そのようなことをなさらなくてもよいのでは?」
ハッとした顔で、ジンがジェシカに視線を向けた。
「〈守護同盟〉か!」
ジェシカはコクリと首を縦に振った。
〈守護同盟〉――300年前に異民族・ビルガ統一軍を撃退し、ベイグラント大陸全土を救ったブリタニア皇国に対して、他の国々の王たちが作った条約である。
それは、ブリタニア皇国に対しての戦争行為の完全禁止であった。
例えば、どこかの国がブリタニア皇国に戦争行為を行った場合、同盟を結んでいる国により徹底的な制裁が待っている。
そして、この同盟を利用し、ブリタニア皇国自身が他国に戦争行為を行った場合にも、同じく制裁が待っている。
だからこそ、この大陸ではブリタニア皇国に対して一切の戦争行為は起きなかった。
そう、数日前までは――。
「インパルス帝国は、明らかに〈守護同盟〉の条約に反しています。 サクヤ様が手を下さずとも、インパルス帝国は終わりですよ」
ジェシカの言うとおりだった。
インパルス帝国は、たしかに軍事力ではベイグラント大陸一なのは間違いない。
だからといって、他の同盟国すべてを敵に回して勝てるはずがなかった。
現に今まではそういう戦争行為自体なかったのだから。
では何故今頃になって?
ジンは嫌な予感がしていた。
自分の知らない所で、何かとんでもないことが起こっている気がしてならなかったからだ。
神妙な面持ちで思考しているジンの隣では、森の方を凝視しているヒューイがいた。
「どうした? ヒューイ」
三人の会話に参加せず、森の方を呆然と眺めているヒューイにサクヤが声をかける。
「いえ……今、何か森の奥で光ったような」
ヒューイはその場から立ち上がると、森の方に向かって歩き出した。
不意に襲ってくるかもしれない猛獣を警戒しながら、よたよたと三人の群れから離れていく。
ヒュン。
ヒューイの背中を眺めていたサクヤの耳に、風を切り裂くような低い音が聞こえた。
そしてその直後、ヒューイの身体が揺れた。
「ヒューイ?」
サクヤの問いかけに、ヒューイは無言のまま立ち尽くしている。
異変を感じたサクヤが、ヒューイに近づこうと歩き出した瞬間、森の奥で何かが放たれた。
「サクヤ様!」
「えっ?」
ジンが咄嗟にサクヤに飛びかかった。
ジンはサクヤを抱きしめるように抱え込むと、低い体勢でその場に倒れこんだ。
ジンは後方を確認すると、後ろの大木には深々と弓矢が突き刺さっていた。
(――敵か!)
ジンは、矢が飛来してきた前方に注意を払う。
その時、ジンの隣にいたジェシカが甲高い悲鳴を上げた。
ジンとサクヤがジェシカの前方に目を向けると、ヒューイの身体が仰向けに倒れていた。
よく見ると、ヒューイの額には角が生えたかのように弓矢が突き刺さっていた。
その場に緊張が走った。
辺りにはピリピリと戦場の空気が充満している。
サクヤはともかく、ジンとジェシカは動揺を隠しきれなかった。
いくら話しに夢中だったとはいえ、敵の気配をまったく感じなかったからだ。
サクヤたちが動揺していると、前方の森の奥から針のような鋭い殺気を纏った人影が姿を現した。
全身を漆黒の布で覆い隠し、手にはそれぞれ武器が握られていた。
よく研ぎ澄まされた短剣や、伸縮自在の槍の刃が、闇夜に怪しく煌いている。
三人の背筋から冷たい汗が流れた。
インパルス帝国の斥候らしき男たちからは、殺気以外の感情が見られなかった。
ただ、人を殺傷するために存在しているような人形――そんな感じだった。
闇の中から現れた男たちは全部で六人。
一人は後方で弦を絞り、いつでもサクヤたちに必殺の一撃を放てる距離に弓を構えていた。
その弓手を前方で守るように五人が壁を作っている。
訓練された見事な陣形だった。
それに比べて、サクヤたちには圧倒的に不利な状況だった。
三対六とはいえ、サクヤは戦力にならない。
それにひきかえ、敵は全員が戦闘の熟練者であり、一人は遠距離用の弓矢で三人を狙っている。
すかさず、ジンとジェシカが腰の剣を抜き、サクヤを守るように人壁を作った。
自分たちの命を引き換えにしても、サクヤだけは逃がさなければならない。
ジンとジェシカは同じ気持ちだった。
お互い膠着した状況の中、敵の一人の身体が動き始めた。
ゆっくりとサクヤたちに歩み寄ってくる。
まったく隙のないその歩き方を見ても、やはり相当な使い手であった。
サクヤたちに近づいてきた男は適度な間合いで立ち止まると、顔に巻いていた黒布をゆっくりと解きはじめた。
まだ若そうな顔立ちだったが、それよりもサクヤたちが驚いたのは男の肌の色だった。
日焼けしたかのような赤褐色の肌の色は、明らかにこの大陸の人間ではなかった。
サクヤたちの目の前で素顔を見せた男は、その風貌から察するに300年前にベイグラント大陸を侵略しに来た異民族の末裔であっただろう。
サクヤ自身も夢物語で聞かされたことはあったが、実際に生身の姿を見たのは初めてだった。
「ブリタニア皇国・第一皇女、サクヤ・ムーン・ブリタニアス様ですね」
赤褐色の肌の男が口を開いた。
その男が喋った言葉は外陸の言葉ではなく、流暢なベイグラントの言葉だった。
頭目とおぼしきその男はあくまでも紳士的に対応している感じだが、後方にいる連中は殺気をまったく解いていなかった。
「私たちは『ブリタニア皇国の皇族すべてを皆殺しにせよ』、との命令を受けています。 抵抗は無駄ですよ」
殺気の渦で押し潰されるような恐怖に耐え、サクヤが男に話かけた。
「それは、インパルス帝国・国王、シバの命令か?」
インパルス帝国の国王であるシバとは、サクヤは子供の頃に二、三度対面したことがあった。 歴戦の将軍たちの中でも、一際目立つ存在だった。
一国の王とは思えないくらい幼稚で、豚に服を着せたような極度の肥満体。
ベイグラント大陸一の軍事力を統括するはずのその男は、争いごとが歴代の王たちの中でも上位に君臨するくらい嫌いで、帝国内の武芸大会などの勝負事を一切禁止したほどだ。
そんなシバを目の当たりにしたサクヤは、子供心になんと王位継承というのは恐ろしいのだろうと本気で思ったくらいだ。
一方でシバが正面切って戦争を仕掛けて来ること自体、サクヤは信じられなかった。
しかし、頭目の男の答えはサクヤのそれとは違っていた。
「シバ? ……いえ、違いますよ。 名前はお答えできませんが別の人物です」
(シバではない?)
サクヤはますますわからなくなったが、目の前にいる頭目の男の言っていることが嘘でも冗談でもないことは、後方にいる男たちの身体から放射される殺気が教えてくれていた。
「……さて、そろそろですか」
頭目の男がゆっくりと右手を上げた。
すると、頭目の男の後方にいた仲間たちが、サクヤたちを取り囲むように陣形を作った。
すっかり囲まれてしまったサクヤたちは、あっというまに絶体絶命の状況に陥ってしまった。
弓手がジンとジェシカに狙いを絞る。
サクヤ一人が目的であれ、護衛はむしろ邪魔なだけだ。
ジンとジェシカは微動だにできなかった。
ここで敵に斬りかかったとしても、人数も実力も違いすぎる。
戦っている間にサクヤが狙われてしまえばそれで終わりである。
かといって、この場にじっとしていても弓矢の的になるだけだ。
頭目の男は、上げた右手を今度は下ろそうとした。
手を上げることが相手を包囲する合図ならば、下ろそうとする動作は……。
サクヤたちはどうすることもできなかった。
弓手がキリキリと弦を振り絞る。
後数秒で、空気を切り裂く必殺の一撃がサクヤたちに向けて放たれるだろう。
「では、さようなら」
そう言うと、頭目の男が右手を勢いよく振り下ろした。
(――来る!)
サクヤは目を閉じた。
その動作しかできなかった。
目を開けた瞬間、ジンとジェシカのどちらかの悲鳴が聞こえるかもしれない。
「ぐおうっ!」
ひどく不細工な悲鳴がサクヤの耳に聞こえてきた。
サクヤは、ジンがやられたのだと思った。
しかし、ジンの声とは違うようだった。
サクヤは恐怖で塞がった瞼をゆっくりと開いた。
ジンとジェシカが呆然と立ち尽くしている。
どうやら二人は無事らしい。
サクヤはどうなっているのかと、敵のほうに視線を向けた。
奇妙な光景がサクヤの目に飛び込んできた。
敵の一番後方にいた弓手が、その場に大の字に倒れている。
それもただ倒れているのではない。
弓手の上には何か黒い物体が乗っていた。
すると、弓手の上に乗っていた黒い物体が、のそりと起き上がり喋り始めた。
「わりい……邪魔しちまったかな」
全員の視線が一点に集まる。
起き上がった男は、ただへらへらと笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます