第3話 復讐に駆られた元プリンセス
静寂な森の中に、四人の人間が焚き火を囲んで車座に座っていた。
一筋の光もない暗闇の中で、目の前に焚かれている炎の光だけが、唯一、四人の身体を赤く照らしていた。
森の中からは夜行性の動物たちの鳴き声や、虫の羽音が聞こえてくる。
そんな生命の音色を聴いていると、自然というものがいかに恐ろしく、人間がいかに無力な存在なのかが再認識されるようであった。
「……決めたぞ」
一人の凛とした少女の声が、静まり返っていたその場の沈黙を破った。
年齢は今年、十六になったばかり。
細く綺麗に流れている野薔薇のような深紅の短髪に、天から授かったとは思えない整った顔立ちをしている。
また白く透き通った肌は白雪のような美しさが映えていて、年齢以上には低く見られないだろう。
また、その少女は高級感が漂う純白の衣服を着用し、胸の辺りにはブリタニア皇国の象徴である青獅子の紋章が刺繍されていた。
そして凛とした表情の中には、少女とは思えない強い意志の力が感じられる。
少女がその場に立ち上がると、周りに座っていた三人が注目する。
「サクヤ様?」
サクヤと呼ばれた少女は、全員の視線が自分に集まったことを確認すると、自分の決意をはっきりと口にした。
「インパルス帝国に行く。 そして、父と……ブリタニア皇国の仇を討つ!」
突如、サクヤの正面に座っていた男が立ち上がった。
「なりません!」
男は子供を叱り付ける親のように、サクヤに怒声を上げた。
年齢は五十くらい。
黒髪には毛糸のような白い部分も目立つが、年齢を感じさせない堂々とした体格。
身体には銀製の軽甲を身に付けており、腰に携えてある剣の鞘には、ブリタニア皇国の象徴でもある青獅子の紋章が刻まれていた。
「何故だ! ジン!」
ジンと呼ばれた男は頭を抱えた。
何から説明しなければならないのか、わからないような素振りだった。
サクヤは、自分の左右に座っていた二人にも視線を向ける。
「ジェシカ、ヒューイ、お前たちもジンと同じ意見か?」
ジェシカと呼ばれた女性は、外ハネになっている栗色の髪の毛をいじりながら下を向いてしまい、ヒューイと呼ばれた男性は金色の長髪を手で整えながら、サクヤと目を合わせようともしなかった。
二人とも年齢は二十代前半くらいで、ジンと同じ銀製の軽甲を身に付けており、剣の鞘に刻まれている青獅子の紋章が焚き火の炎に当てられ怪しく光っていた。
サクヤの周りに座っていた三人はブリタニア皇国・皇宮親衛隊の隊員であり、本来は皇王の身辺警護が仕事であった。
だが、今は事情が違っていた。
話は300年前に遡る。
サクヤたちの国々が存在するこの大陸はベイグラント大陸と呼ばれ、周囲を海に囲まれた孤立した大陸である。
今でこそ平穏が続いていたこのベイグラント大陸も、300年前には他の大陸から来た『異民族』と呼ばれる侵略者に悩まされていた。
ベイグラント大陸には、大小合わせても数えるほどの国しか存在しない。
しかも、各国の軍事力は拮抗していて、滅多なことでは戦争にまで発展しなかった。
しかしその中において、インパルス帝国と呼ばれる国だけは群を抜いて軍事力が高かった。
だが、帝国を統治する国王が代々『戦争嫌い』という珍しい国でもあった。
一方、サクヤの母国であるブリタニア皇国は、軍事力よりも食料や装飾品の物資を輸出するなどの生産力が自慢であった。
広大な土地を保有していたため、周期的に兵士たちを農役に就かせて国庫を潤せていた。
そんな形だけでも平和な大陸に侵攻してきた異民族は、ベイグラント大陸の軍事力を遥かに凌駕した存在だった。
赤褐色の肌。
聞きなれぬ言語。
動物の姿を模倣した不気味な形状の鎧で全身を纏い、呪術的な雰囲気の塗装が施してあった。
すべてにおいて、ベイグラント大陸の人間たちには恐怖の存在だった。
そして各国の王たちは、この異民族に対して『共闘戦線』を結び、侵略者に立ち向かったのである。
血で血を洗う戦争。
しかし、戦争に不慣れであったベイグラント大陸の国々に比べ、他の大陸を侵略しようと乗り込んでくる異民族との実戦経験の差は、天と地ほどの開きがあった。
ベイグラント大陸一の軍事力を誇っていたインパルス帝国も、この侵略者たちにはなす術もなく敗北した。
敵の統率力もさることながら、白兵戦の経験の差が決定的な敗因であった。
――ベイグラント大陸最強の国が堕ちた。
あらゆる人たちが、その報告を聞き絶望した。
もはや他の国では歯が立たない。
ベイグラント大陸全体が制圧されるのも時間の問題だった。
そして、ベイグラント大陸の半分を制圧した異民族は、遂にブリタニア皇国にまで侵攻してきた。
ブリタニア皇国は物資生産国。
大陸の半分を制圧した異民族の将軍たちは、ブリタニア皇国は『何の支障もなく楽に堕とせる国』と考え、わずかな数で挙兵した。
しばらくして、異民族の将軍たちの元に伝令が届いた。
将軍たちは「ブリタニア皇国制圧完了」という報告が来たものだと、誰しも疑わなかった。
「…………」
一人の将軍が伝令係に、もう一度伝令内容を復唱するように命じた。
伝令係は、もう一度伝令を復唱する。
「も、申し上げます。 我らビルガ統一軍・右翼部隊2000! ブリタニア皇国侵攻作戦において……全滅致しました」
将軍たちは、伝令の内容を理解できない様子でその場に立ち尽くした。
翌日、ブリタニア皇国に侵攻した部隊の生き残りが、異民族の本陣営に戻ってきた。
兵士はかなりの重傷を負っていて、この場所まで辿り着けたことが奇跡だったであろう。
治療部隊が急いで手当てにかかった。
「……かみ……かてな……い……まじん」
帰還した兵士は小言を呟きながら、意味不明な言葉をただ繰り返していた。
そんな兵士の状態から見て、ブリタニア皇国には何か得体の知れないものが存在することは、誰の目にも明らかだった。
事態を重く見た異民族の将軍たちは、急遽、部隊を編成し、ブリタニア皇国に侵攻した。
ブリタニア皇国軍・4500に対して、ビルガ統一軍本隊・12000。 戦力の差は歴然であった。
しかし、異民族・ビルガ統一軍はブリタニア皇国軍に大敗し、ベイグラント大陸を去ることになる。
この戦いは後に〈ベイグラント大戦〉と呼ばれ、ブリタニア皇国はベイグラント大陸の〈守護神国〉とまで崇められるようになった。
なおこの戦いにおいて、一人の青年の存在が深く関与していたことは、知る人ぞ知る伝説であった。
そして話は再び現代に戻る。
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