私の夢の話

来栖


これは私が小学生のときに見た夢の話です。

 お先にことわって起きますが、明確なオチがある話ではありません。ただただ小学生の私と数人のクラスメイト達が経験した少し怖い思い出を書き起こしていだけです。

 なお、投稿するにあたり一部に変更を加えておりますので全てが実話という訳ではありません。

 では、初めさせていただきます。


 小学生の頃の私は所謂“普通の子”で、何か特別な様子も無く通知表にも行事を頑張っていただの授業に集中して取り組んでいただのと当たり障りの無い内容が書かれていたのを覚えています。

 そんな私ですが、唯一「これは人に語れる」という話があります。

 私が小学校に上がったタイミングでそれまで住んでいた祖父母の家から両親と共に新しい家に引越しました、今まで個室が無かった私は新たに手に入れた自分だけの領域がとても嬉しくて、それまでは両親と共に寝ていたのをいい区切りだと思い一人で寝だしました。

 それからしばらくは特に何も無く、前述の通り学校でもその他大勢として過ごしていた小学五年生の夏です。

 私は夢を見ました。

 私は寝巻きのまま祖父母の家の前に立っていました。裸足に古くなった凸凹のアスファルトが食いこんで来る感触に私は「これが“めいせきむ”か」などと興奮して、辺りをぐるりと見渡し、そして呆然としました。

 まず、空がおかしいのです。空の青が赤に、雲の白が黒に変わっていました。全天がどんよりと重く、不気味なのです。

 周囲も薄暗く窒息感や圧迫感がありました。

 その様子に私は先程の興奮も忘れ明確に恐怖し始めました。本能的に理解できるほどの不吉感。見知った土地のはずなのに初めて来たかのように感じる異常な様子に私は、ただ呆然としていました。

 しばらく立ちすくんでいたと思います。

 ふと、前の方に目をやると道の奥の広場に大小多くの人影があることに気が付きました。

 とにかく不安だった私は恐る恐るですが歩き出し広場の方へと向かいました。ぺたぺたと歩く度に私の足に石が食込み痛みます。50mもないはずの道のりがなぜかとても長く、その間にも空は絶え間なく黒と赤の斑模様を混ぜ返しています。ぐじぐじと捻り込めれるかのような鈍痛に顔を俯けばながらゆっくりと道を進みます。

 どれくらい歩いたでしょうか、しばらくの後に広場の入口にたどり着いた私は、再度呆然とすることになりました。

 私が人影だと思っていた存在は、沼色のボコボコとしたブヨブヨの肌と魚の様な頭を持つ、一言で表せれば魚人でした。その魚人達がワラワラと数え切れない程居ました。

 足元には体育座りの様な姿勢で拘束されている―こちらは普通の人間の様でした―人が居ました、中には私の知人や友人も居り、夢と言えどあまりに異常な光景とリアルすぎるディティールに身体がガクガクと震えてきて立ちくらみのように意識が遠くなりました。ふらりと体が倒れかかったときです、

「うぉっ…」

 と思わず出した声は予想以上に静寂の中を通り抜け、マズイと思ったときにはもう遅かったです。

 薄くなった意識の中でも、たくさんの視線を感じます。

 ふわふわとした思考に本能がガンガンと警鐘を鳴らしているのをボンヤリと覚えますが冗談のようにゆっくりとした意識ではコチラを見つめる暗い目を見つめることしかできませんでした。

 突き刺さる視線に汗がぶわりと吹きで、呼吸は浅くなります。こちらを見つめながらジリジリと魚人は迫ってきます。

 倒れそうな体を必死に踏ん張り、走り出しました。

 夢の中特有の水中を走るようなもどかしい感覚のまま脚を前に出します。

 踏み込む度に裸足にアスファルトが突き刺さりジンジンと痛みます。

 恐怖に縮んだ肺でぜェぜェ喘ぎながら走り、ただただ前だけを見て走りました。

 背後からペタペタと人外の足音が迫っているのが聞こえ、私を更に恐怖させます。

 いま覚えば、高々夢の中なのに何を必死になっているんだとも思えますが、実際そのときの私は「捕まったら何か酷いことになる」という漠然とした、しかし強烈な直感に突き動かされていました。

 どのくらい走ったでしょう、足の裏がジクジクと痛み私の体力にも限界が近付いたときでした。

 ふと迫っていた足音が聞こえないことに気付きました。

 先程までの緊迫感が嘘であるかのように周囲はしんと静まりかえっています。私の荒い呼吸の音だけが赤黒い空の下でゼェゼェと鳴っています。

 そのときの安堵感は今でも当時のまま明瞭に思い出せます。死を思う程の恐怖から解放された私は糸が切れた様にその場にへたりこみ、縮み上がった肺を拡げるように大きく深呼吸をしました。全力で酷使された胸骨が徐々に拡がっていく感覚を覚えながら、足を見ると皮がまだらに剥がれ、大小のアスファルトの欠片が突き刺さった酷い状態でした。

 現実であれば泣き叫んで冷静にいることなどできそうもない惨状でしたが、そこはさすがに夢の中というか、あるいは私がそのような大怪我を体験していなかったからかジクジクとは痛みますが動くことに支障は無さそうでした。

 ぐるりと広場を取り囲むように敷設された道を走ったので遠くはなりましたが先程、人が捕まっていた場所が見えます。私は近くにあった塀の裏に隠れるようにしゃがみ込み、もう追ってきていないだろうかと、ちらとそちらを覗きました。


 最も近いものを挙げるならば、アメリカの墓地でしょうか、先程まで人や魚人がぞろぞろといた広場には、真っ白な十字架が無秩序に乱立していました。

 大きさも向きも角度も何もかもが乱雑で、立ち尽くす様に何百もの十字架が突き刺さっています。

 まるで秩序を感じない乱雑さの中で、しかし十字架は磨きあげられたように一様に純白で、赤く黒い空の光をぬらぬらと反射しまるで血に塗れているかのような様相で、動かないはずのその十字架に私は先程を超える圧迫感を感じ、胃から吐き気が込み上げ、堪らず吐こうとしても十字架達から目を離すことが出来ず、開け放した目が徐々に乾いてシバシバとしてきて、涙がとめどなく溢れ出して、直視に耐え難い不吉感で、それなのに目を背けられず、必死に逃げようとしても、足は震えるばかりでちっとも動かず


 プツリと意識が切れました。


 目を覚ませば、馴染みある自室の天井が見えます。

 ぐっしょりと汗に濡れた寝巻きが酷く不快ですが、そのあまりの現実感が夢が覚めたことを如実に伝えてくれます。

 枕元の時計は午前五時を少し回って、空は白んでいます。

 さすがにもう一度寝る気にはなれず、喉もカラカラだったので水を飲みに立ちます。

 じゃァじゃァとワザと少しだけ大きな音を立てながら蛇口から水を出します。手近にあったガラス製のコップに注ぎながら、夢の内容のあまりの非現実さに自分のことながら想像力の逞しことだと自嘲していました。

 何杯かの水を飲み干し、すっかりと落ち着きを取り戻した私にとって夢の内容は既に喉元を過ぎていました。

 アクシデントで早くに起きてしまいましたが、今日は学校です。友人に話すタネができたなと、この怖い夢をいかにおどろおどろしく大仰に話してやろうかと独りごちていると、とんとんと足音が鳴ります。一瞬、ビクとしましたがよくよく聞けば母の足音です。

 明かりが付いているのに気づいたのでしょう、「おはよぉ」と眠たげな声が聞こえ母が来ました。

 私も「おはよう」と返し、いつもの通りの日常が戻ります。

 何事もなく朝食を食べ、何事なく着替え、何事もなく登校します。

 早起きしたからでしょう。教室には疎らにしか人はいません、朝のホームルームまでにはまだ時間があり私は早速友人を捕まえ夢の話しをしました。小学生の拙い話です、長々としながらやっと逃げ出そうとした所まで話すと既にクラスメイトの大半が揃っていました。

 私たちがあまりに長く話しているので人集りのようになっていました。

「なんのはなししてるの?」

今しがた来たばかりの友人がランドセルをロッカーに押し込みながら眠たげな声でそう問います。

 私は、声の主の友人があの広場で捕まっていた人々の中にいたのを思い出しました。

 私が「俺、昨日、変な夢見てさ、お前も居たよ」と言うと、友人の顔が徐々に暗くなっていきます。

「気付いたら、空が赤黒くてさ、なんか魚っぽい化け物が追ってくるし」とそこまで話すと友人の顔は真っ青になっていました。

 私も周囲のクラスメイト達もさすがに異常に気付きました。皆が心配し、「先生呼んでこようか?」と言う者が現れ出した頃、友人はゆっくりと口を開きました。

「わたしもその夢見た」

 ポツリとこぼすような小さな声でした。

 しかしその声の持つ力は絶大で安心しきっていた私に深く浸透してきます。

 なぜ?なぜ?どうして俺が見た夢をコイツも見てるんだ?

 私は安心したくて、ただの夢だと思いたくて、解放されたと信じたくて、友人に問います。

「どんな、内容だったの?」

「気付いたら知らない道の真ん中にいたの、空がおかしくて怖くなって、前の方に人がいると思って行ったら人じゃなくって、怖くて逃げても追いかけて来て、気付いたらみんな白い棒になっちゃって、わかんないの」

と矢継ぎ早に友人は語ります。

 私は酷い虚脱感に襲われました。

 一度安堵しきったばかりにその落差は暴力的なまでに私にのしかかります。

 周囲は「こわーい」などと軽い反応をしたり「ヤバくない?」と深刻そうな反応をしたりと様々でしたが、当事者である私と友人は内心、泣きたくなるのを必死に我慢していました。

 わななく口で友人に詳しい内容を聞けば、その大筋からディティールまで視点人物が違うという一点を除けば全てが一致していました。

 酷く怯える私と友人とは対照的に周囲は私たちの真剣さに興を削がれたようで誰が言い出すもなく各々の席へと戻って行きました。時計を見れば、もう少しで朝のホームルームが始まる時間です。

 ちらと向いた窓の外には青い空に大きな白い雲が浮かんでいます。等間隔に植えられた木々には青々とした葉が茂り、煩雑なセミの鳴き声と車の走行音は否応なく私に日常を伝えます。私は頭の中を上書きするようにその光景をじっと見ていました。


 

 以上が私の体験した話です。

 前述の通り、明確にオチがあったり原因や結果が明らかなものではありません。しかし、私と友人と詳しい内容を知っているクラスメイト達にとっては得体の知れないという事こそが恐怖に拍車をかけました。

 私に文才が無いので長々とした上に乱雑な文章でしたが、最後まで御付き合いいただきありがとうございました。

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私の夢の話 来栖 @Yorihisa-Okuniya

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