2
脳に直接響くような、澄んだ聞き取りやすい声だが、一切何の感情も感じられない冷たい声。そんな声に対して抱く感情は、不安や恐怖の類いだ。彼らは不安や恐怖といった、戦闘に支障が出る感情を抑制されてはいるが、全く抱かない訳ではない。
少年二人は、自分たちの間にいる人物から、どうにか逃れようと思考するが、何も思い浮かばない。
「二秒も経ったよ。 まあ背後と首を取られちゃ為す術はないか。 罰として荷物持ちね」
殺気が消え、首が解放されると、少年二人の心臓は、突如、動き出したかのように早鐘を打ち、全身からは冷や汗が吹き出していた。
先に口を開いたのはシンエイだった。
「エイキ……」
二人の間を颯爽と通り抜け、足早に校舎へ向かいながら、エイキは二人を振り返った。さっきまでの緊迫した雰囲気は皆無であり、十二歳の年相応の満面の笑みを二人に向けた。
「ほら、これ持ってよね。 珍しく隙を見せた罰だよ」
エイキは背負っていた二つのバックパックを思い切り空高く放り投げた。
未だ動けずにいた二人は、空高く飛んでいく二つのバックパックを、他人事のように見上げるが、またもや突き刺さるような殺気、鋭い視線に、身体が硬直するも、すかさず身構える。
野生動物が獲物を狙うものとは別の、底知れぬ闇を孕み、己の意志などお構い無しに、死を間近に感じさせられる、悪意をもった殺意。
呼吸は浅く早くなり、周りの音は何も聞こえず、己の鼓動のみがうるさく響く。今の今まで立っていた地面が消えたかのように上下左右が分からなくなる。
二人は空に放られた荷物から、エイキに視線を移した。十二歳とは思えぬ顔つきと、この校庭にいる誰よりも深い闇に沈んだ目は、先程の満面の笑みを浮かべていた人間と、同一人物だと誰が思えようか。
一秒が十秒にも数十秒にも感じられる。エイキは言葉を発さず、口だけを動かした。
『落としたら、片目を貰う』
少年二人は、エイキから目を離していいのもか困惑した。目を離せばまた何か仕掛けてくるのではないか。だが、考える時間はない。
大きく息を吐き、少しでも落ち着きを取り戻そうと足掻く。目線は外さず、落下し始めたバックパックの軌道を感じとり、それぞれにすり足で場所の修正。
二秒後、想定していた以上の過重に、二人の腕は軋しみ、体勢を崩しそうになるが、僅かに足をずらしただけで済んだ。
エイキはそこまで見届けると、微笑んで手を振り、再び校舎へ歩きだす。
「おい、 エイキ待てよ」
シンエイはバックパックを背負いエイキを追いかけ、サイは何事もなかったかのようにバックパックを腕に抱えたまま歩き出す。
「お前これ、規定重量より重いじゃねえか。 また反省文を書かされても手伝わないからな」
「だって、それだけじゃ軽いんだもん。 訓練なんだから負荷がかかってこそじゃないか」
エイキは、シンエイが元々背負っていたバックパックに手を回し、持ち上げ、軽いバックパックに怪訝な顔をする。シンエイの小言にも、うんざりしていた。
「重けりゃいいってもんじゃないだろ。 成長期に過度な訓練をし過ぎたら体は壊れる。 治らねえほど壊れたら終わりなんだぜ」
「僕たちに、座学で習った成長期が本当に当てはまるのかな? もしそうだったとして、全員が四十キロってどうなの。 たかが四十キロ背負って二時間で四十キロメートルを息切らさず走れたって微妙じゃないか。 戦場はこんな程度じゃ役に立たないよ」
「そりゃ、戦場を経験してんのは、お前だけだから俺たちには分からないけどさ」
いつもの二人の押し問答を見つめながら、サイカもこのぬるい実技は好きにはないと思っていたが、ぬるいのはこの実技だけであり、これは整理運動を目的とし、訓練ではない。エイキに教えようと思ったが、仕返しだと考えて辞めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます