第2話「三白眼な2年生とうざ可愛い子犬の絆・2」
高遠さんは、いきなり自分の顔面を殴った。
転がってる奴らに向けてやってたような凄い音がしたので、心配になったのだが…
「いてえ………」
拳が離れて、顔が顕になる。
そこにはアタシがいつも見ていた、高遠さんの顔があった。
彼は痛みで涙目のまま、一言。
初めて、この人はアタシに話しかけてきた。
「すまなかった。」
「え、ぇ?」
困惑してそれしか言えなかった。
何故この人が謝るのだろう。何もしてないのに、寧ろ危険を顧みずにアタシを助けてくれた。
いつも、私が酷いことを言って、それでお姉ちゃんが庇ってくれても「いいんだ。」と怒りもせず、何も言わないでいてくれるのに。
その優しさに付け込んで酷いことばかりしてるのに。
悪いのはアタシの方だ。
寧ろ謝るのはアタシの方なのに。
なのに、高遠さんはバツが悪そうな顔で、だけど本当に申し訳無さそうに、けれど焦りを隠せなくて
「大丈夫だったか?怖がらせたよな?お前がボロボロでムカついて、怒りで頭が真っ白になっちまって……本当にすまなかった!」
何か熱いものが頬を伝っていた。
アタシは、気付いたら泣いていた。
止めようにもボロボロボロボロ、ひっきりなしに溢れて止められなくて、しゃくりあげて泣いてしまった。
「何だこの人は。」
本当にこれしか出てこなかった。
あれだけ酷いことを言って、傷つけてきたのに、助けに来なくても良かっただろうに。
本当に。
初めてアタシに口を開いて何を言うのかと思えば、アタシへの文句でも何でもない。
「ごめん。」「すまなかった。」
と来たか。
アタシが言わなければならない様な事を何の躊躇いもなく言うのだから、もう色々抑えきれない思いでただ泣くしかなかった。
◆◆◆
(やべぇ……小鈴に殺される!?)
小鈴の妹が泣き出して、俺が真っ先に思ったのはそれだった。
それほど怖がらせ……と転がってる連中を見る。痛みで呻いて、或いは恐怖で動けないこいつらの惨状を見て
「そら口を聞いたこともない男がこんな情け容赦なく、複数人殴り倒せば怖いしか出てこないよな」
と、今更ながらに後悔した。
「な、泣くほど怖かったのか!すまん、やっぱやり過ぎ……ても後悔してないが、本当にごめん!」
まだ泣き止んでない小鈴の妹にどうしたものかオロオロ慌てていると、困ったような笑顔で淘太先輩が声を掛けてきた。
「まあま、戦意喪失してるとは言え、敵陣でやるやり取りじゃあない。正門は目立つから、ここから裏口通って逃げるといい。あ、ちょっとお願いなんだけど、その子の耳塞いでくれるかな?すぐ済むから。」
言われた俺はまだ慌てていたせいだろう。
「小鈴の妹、ごめんよ!」
と、小鈴の妹を抱き寄せてから耳を塞いだ。
やってから気付いたが、たぶん淘太先輩は聞かせたくない事をやるだろうから、と取り敢えずそのまま耳を塞いでおく。
「流人君達は先に行きなさい。事後処理は僕と、なんか彼が手伝ってくれるみたいだから2人でやるよ。まあ………もしこのまま逃げるか尚も抵抗するなら、僕もいくらか本気で相手するけどね?」
さっきの俺に向けた、まだ抑えていてくれた圧ではない、本気の圧に俺も少し身が竦む。
倒れてる連中は俺とやり合ってた時以上の恐怖を感じて、驚くほどガタガタ震えていた。
「て訳だから、その子連れて行きなさい。心配しないで大丈夫だよ。」
「ありがとうございます、淘太先輩。圭一も無理すんなよ。」
「しないしない。無理するのはコイツラだからね?」
何をするんだ……
深く考えるのを止めて、俺は里桜の手を引いてその場を後にした。
◆◆◆
小鈴の家で合流して、小鈴が色々と病院に行く準備をしてる間、俺は小鈴の妹と2人になった。
「あの……」
「ん、どうした?」
「ありがとう、ございます。助けていただいて。」
「お礼なら、会う機会あるか分からんが、今度先輩達や、あと小鈴に言ってやってくれ。小鈴は本当に心配してたし、圭一って奴が場所教えてくれて、先輩がお前を助けてくれたんだ。俺はチンピラ掃除してただけだよ。」
「そんな事ないです!高遠さん来てくれなかったら、アタシは今頃……それに、高遠さんにずっと、さっきから言いたくて…」
「……まさか、やっぱりお前の事泣かせたから殺されるのか、小鈴に?」
小鈴との、あの奇妙な関係は楽しかったが、俺の不徳さ故にそんな終わりを迎えるのか、と覚悟を決めたのだが……
「何でそんな事になってるんですか!お姉ちゃんはそんな事しません!!…たぶん。」
「たぶん!?」
「あー、もう!そうじゃなくて、何なんですか貴方!!」
「いや、俺に言われても……」
小鈴に殴り殺されるか刺し殺されるかではないのは助かったが、この子は何が言いたいのか、そう思っていた時だ。
「……ごめんなさい。アタシ、高遠さんにずっと酷いことを言って、意地悪だって沢山したのに、全然怒んないの良いことに、それに甘えて……、それで、それなのに助けてもらって!」
「………え、それだけ?」
「そ、それだけって、はぁ!?」
「いや、だって……たしかにお前の第一印象は最悪だったのは認めるが……、そもそも俺が小鈴と中途半端な関係で留めてるから悪いんであって、お前が俺を悪しざまに見るのは当たり前だろう?」
ぶっちゃけ、いつか小鈴の妹に最低でもぶっ飛ばされるくらいは覚悟してたので、それくらいならゲームで言うと、最終ダンジョンで奥の方で見つけた宝箱開けたら薬草出てきて「それだけ!?」というくらいの物だ。
「……アタシの事、本当に怒ってないんですか?」
「寧ろ俺が怒られる側だろうに。殴られるくらいの覚悟はしてるぞ。」
「コイツが俺の大切な人の妹だからだ。守る理由はそれだけなんだよって、言うのも……」
「……言うな恥ずかしい。助けて恩着せて仲良くしようね、なんて寝惚けた事抜かすほど、人間腐ってねえよ。俺が助けた事なんて忘れりゃいいんだ。」
言った言葉を聞かれた挙げ句、覚えられていたのでそっぽを向くと、ぷっ。と笑う声がしたので見ると、小鈴の妹はおかしそうに笑っていた。
初めて、俺相手に笑っていたのだ。
「お姉ちゃんが選んでくるだけあって、クセの強い変な人なんですね、高遠さんって。」
「小鈴の妹が真面目すぎるんだよ。俺は別に――」
「里桜。」
「は?」
「小鈴の妹じゃなくて、里桜です、りお。これから長い付き合いになるのに、ずっとその呼び方するつもりですか、高遠さん。」
小鈴の妹、もとい里桜は不満そうに頬を膨らませてこちらを見ていた。
「嫌だろうと思って、名前呼びは避けてたんだが……」
「へんなとこで律儀ですね……。アタシも流人先輩って、呼ぶんで、別にいいです。言っておきますけど、アタシのお姉ちゃんなんで、簡単にあげませんからね!」
「またこれは…手厳しい事で。」
そう言うと里桜はにかっとひまわりの様に微笑んだ。ろくでもない1日であったし、何か複雑ではあるが、全部が全部悪い1日では無いみたいだ、と俺も里桜に微笑んだ時だ。
後ろに人がいる気配がして振り向いた。
里桜は里桜で、ぎょっとしていた。
見ると小鈴が涙と鼻水で顔をグシャグシャにして泣いている。
「どうした小鈴?!」
「お姉ちゃん!?」
2人で立ち上がって何事かと小鈴の隣に駆け寄ると
「やっど……りおちゃんがりゅーぐんとなが良くなって、おねえちゃん嬉しくって……ふぇぇぇぇぇ……」
「ちょ、流人先輩泣かせましたね!」
「俺のせいか!俺の………半分俺のせいだな…。いや、なら残り半分は里桜だろうが!」
そうドタバタドタバタと、雨宮家でそんなやり取りがあり、俺達は………
◆◆◆
「なあ、里桜……何してるんだ?」
「え、とくとー席に座って本読んでるんですけど。」
「……そうかよ。」
アタシはお姉ちゃんの部屋で背中から聞こえる声にそう返す。今読んでるマンガが良いところなんだから邪魔しないで欲しいものだ。
「いつから俺の膝はお前の特等席とやらになったんだ。」
「………いつからでしょう?お姉ちゃんの後なのは間違いないので、お姉ちゃんとアタシの特等席ですね♪」
「拒否権は。」
「拒否したら泣いて、あること無いことお姉ちゃんに言いつけます。」
「好きにお座りください、お嬢様。」
そう返ってくるのを聞いて、アタシは
「よろしい♪」と返して流人先輩の胸に頭を預ける。
後頭部越しに聞こえる心音が、どこかアタシを安心させる音だった。
「俺は奏みたいになる予定は無いんだが……」
「流人先輩にあんな事出来る甲斐性なんて求めてないんで、そこは心配してないです。」
「2人でも大概だと思うが……」
「そこはほら、姉妹として。」
アタシは今、お姉ちゃんと同じ好きな人を持って、学校以外ではこうして甘えてる。
さすがに学校でやるには恥ずかしいから、ああやって毎日ケンカみたいな事してるけど、それを嫌とも言わずに合わせてくれるから、この見た目で寄りつかないでいる人は本当に勿体ない。
まあ、あげないんだけど。
あの時の記憶は最悪で、忌々しいけれど、アタシにとって、この人の良さの一つを知る事が出来た切っ掛けでもあるから、実は全部が全部、悪いわけじゃない。
だからなのか……
「ねえ、流人?」
「………急に呼び方変えるな。すげー恥ずかしい。」
「今度、お姉ちゃんと3人でまたデート行こ?」
どうにもアタシは、この歪な関係が思いの外好きらしい。
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