第2話 辞表
「何? 四天王を辞めたいだと?」
暗闇の中で声が上がった。
玉座に浮かぶシルエット。
そしてこの威圧感。
俺は魔王の御前で跪いていた。
「はい、魔王様をお守りするにあたり日々、力不足を感じております。私のようなものが四天王を名乗るのは分不相応ではないかと……」
「本気で言っているのか?」
その声に苛立ちが乗っているのが分かる。
怖えぇーっ……!
思わず縮み上がりそうになる。
やはりそこは魔王だ。
これだけ離れていても凄まじい殺気をピリピリと感じる。
引きニートだった俺がそれでも逃げ出さないでいられるのは、ジルグとしての記憶があるからだと思う。
実際、四天王が束になってかかっても魔王には太刀打ちできないだろう。
それくらいの圧倒的な力の差を感じる。
だがここで、はっきり意志を伝えておかないと後で困るのは自分だ。
「はい、本気です」
「そうか……」
そこで張り詰めていた空気が僅かだが弛んだような気がした。
「なら丁度良い」
「え……?」
「貴様のことは余も四天王に相応しくないと思っていたところだからな」
「……」
「能力だけの話ではない。貴様の姑息で卑怯な遣り口は魔王軍の品格を貶めている。自己の利益の為ならば同胞すらも罠に嵌め、踏み台にする。そんな奴が四天王の座に居座っていては魔王軍全体の士気にも関わる。寧ろ貴様の方から言い出してくれたことでこちらも手間が省けたというもの」
「は、はあ……」
魔王からの評価が低いのは分かってたけど、こうもボロクソに言われるとはなあ……。
でもまあ、そう思われているのも理解できる。
ゲーム内でのジルグは自分の出世や手柄の為ならば、どんな汚い手でも使う卑劣極まりないキャラクターだからだ。
四天王の間でも煙たがられていたし、プレイヤーからのヘイトも溜めまくってた。
もし、このゲームをプレイした人にアンケートを取ったとしたら、嫌いなキャラクターランキングで確実に一位を取ることだろう。
「しかし今一度、聞きたいことがある」
「なんでしょう……?」
魔王が玉座から僅かに身を乗り出したのが分かった。
「貴様のような地位や欲に固執する男が、急にそのような事を言い出すのは些か不自然だと思ってな。よもや余を嵌めようとしているのではあるまいな?」
「めっ、滅相も無いです」
ここで中途半端な答えを口にしたら、一瞬で殺されそうな雰囲気だ。
周囲の空気が張り詰める。
やっべー……なんか言い訳を付け加えた方がいいだろうか?
でも下手なこと言ったら余計に事態が悪化しそうだな……。
ここは一つ真面目に答えておくべきか?
例えば――、
『これまで同胞を踏み台にしてきた罪滅ぼしとして一線を退き、後進の育成に心血を注ぎたい』
とか?
……。
いやー、無いわー。
そんな綺麗事、ジルグは言わないし、急に改心した感じになるのも不自然すぎる。
ふざけてるのか? ってキレられて、速攻で殺されそうだ。
じゃあ逆に、ジルグらしい言い訳をしてみるのはどうだろうか?
例えば――、
『四天王より割の良い仕事を見つけたので転職したい』
とか?
いや、無理無理っ!
いくらなんでも率直すぎる。
これもまたガチギレされて瞬殺コースだ。
ここはそうだな……その二つの間を取った答えがいいんじゃないだろうか?
自分に得があり、魔王にとっても利益がある理由。
それでいて嘘とも言い切れない大義ある内容だ。
となると――、
「辞することを認めて頂けた際には、少しばかりの間、人間社会にこの身を紛れ込ませてみようと考えております」
「なに……人間だと? 何故に?」
「付与魔法の研究の為です」
魔王は闇の向こう側で顎に手を当てた。
「そういえば、貴様はその手のものに目がなかったな」
彼の言う通り、ジルグは付与魔法の事となると、のめり込みすぎる所がある。
実験台にした魔物が死んでしまうまで限界を超えて強化してみたり、肉体が崩壊しようが全く気にせず無理矢理に進化を促したりと、マッドサイエンティストさながらの人物なのだ。
そんな奴が人間の魔法を学びたいと言い出したところで然程おかしくはない。
「魔族が持つ付与魔法は全て知り尽くしてしまいましたので、次は人間の付与魔法について調べたいのです。延いては人間共の強さの根源を知ることができ、結果的に魔王様のお役に立てることにもなると思いまして……」
そこで魔王は僅かに肩を揺らした。
「なるほど、実に貴様らしい。よかろう」
「では……私の訴えを認めて頂けるということで?」
「ふむ」
おっしゃー! やったぜー!
これでバッドエンドは完全回避!
案外、楽勝だったな。
早速、荷造りして魔王城を去る準備をしないと。
「だが、それには条件がある」
「はい……?」
「四天王とは余を守護するだけでなく、外界に対して世の力と威厳を示す象徴でもある。それが一時とはいえ、欠けることは罷り成らない。きちんと代わりの者を用意した上で去るように」
「え……」
「ああ、それと、言わなくても分かっていると思うが、後任は四天王に相応しい能力の持ち主に限るからな」
「は、はい……」
俺は全身の力が抜けて行くのを感じていた。
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