FLY AWAY!
ねこしぐれ
第1話 お誘い
『なあ、
受話器を取って最初に聞こえた言葉に、わたし――
友だちの
ギターで弾き語りしていたら家の固定電話が鳴って、受話器を取ってみると電話なんてめったにかけてこない玲央くんからだったんだ。
「夏の音楽フェス?」
急な電話で、しかもとつぜんのお誘いで、少しとまどいながら聞き返した。
なんだっけ……聞いたことがあるような。それも、つい最近のこと。
『今年から始まった、この地域で開かれる音楽のお祭りだよ。しばふ広場にあるステージで、歌ったり踊ったりできるんだ。年齢制限は無し。プロも初心者も、誰でも参加できるんだってさ』
「そういえば、そんなものもあったね」
おとといの終業日に、担任の先生がフェスに関係するプリントを配布していたのを思い出す。通知表と一緒にお母さんにわたしたあと、1回も見ていない。気になってはいたけど、頭のはしっこに追いやって、すっかり忘れていた。
「音楽フェスかぁ……。楽しそうだね」
『だろ!? 出てみたくない?』
玲央くんが勢いよく言う。星みたいにかがやく目で身を乗り出している様子が、電話越しでも簡単に想像できた。
「そうだね…………」
出てみたい、と返事をしようとしたけれど、反発するように喉がキュッと閉じた。
記憶の底に追いやって忘れようとしていたのに、1ヶ月前の彼の表情や仕草が思い出される。
「……ごめんなさい。やっぱり無理かも」
電話の向こうにいる玲央くんには見えないのに、首をよこにふった。
『
心配そうな声で聞かれて、わたしは「うぅん……」と言葉をにごす。
玲央くんには、かくしても気づかれてしまうよね。あの時あの場所に、玲央くんもいたんだから。
わたしと彼――奏くんが歌のことでケンカしたことは、玲央くんがリーダーのバンドメンバー内で、大きな傷になっている。小学生からの友だち4人で楽しく活動するはずだったのに、ケンカしてからの1ヶ月間は集まることすらできていない。
『ま、考えてみてくれよ。あさって、3時にいつもの場所に集まるんだ。気が向いたら来て』
「うん、わかった。またね」
電話を切って、ふぅ……と息をはく。
お母さんの「誰からだったの?」という質問に「玲央くんから」と答えて、リビングのソファーに座ってギターの弾き語りを再開した。
けれど、まったく楽しくなくて、ストロークの手を止めた。
音楽フェスは、とっても魅力的だ。わたしは、歌を歌うのも楽器をひくのも大好きだから。参加したら、絶対に楽しいと思う。
それでも、やっぱり気になってしまう。あの日、わたしのせいで傷ついた奏くんは、わたしと演奏するのをどう思うんだろう……と。
2日たって、玲央くんが「いつもの場所に集まる」と言った日がおとずれた。
音楽フェスの誘いを電話で受けたときからずっと考えていたけれど、なかなか決められずに今日になってしまった。
集合時間まで、あと少ししかないのに……。
「どうしよう……」
行きたい。もう一度、みんなとバンドしたい。音楽フェスに参加してみたい。けど、奏くんが……。
心はふり子のように右へ左へ揺れ動いて、どれだけ時間が過ぎても止まらない。早く決めなきゃいけないのに、時間が減れば減るほどふり子の揺れは小さく速くなる。
ふと自室の壁にかざられているカレンダーを見ると、フェスの日のメモ欄に『バンド結成1周年!』と書かれていた。
「あれ……いつ書いたんだろう」
でも、そっか……もう1年経つんだ。フェス当日がバンド結成の日だなんて、運命みたいでとってもステキ。
「……運命、か」
たった2文字の言葉に、ポンと背中をおされた気がした。
せっかくの記念日なのに、バンドをしないのはさみしいよ。それに、奏くんと前と同じ関係に戻りたい。
そのためには、うじうじ悩まないで決断しないと。
「……よし、行こう。わたしが一歩踏み出さなきゃ、何も変わらないよね」
グッとこぶしをにぎって、だれかに見せるわけじゃないけど大きくうなずいた。
わたしはギターを背負うと、くつを履いて玄関を飛び出した。
「いってきます!」
いつもよりも速く走って、集合場所へ向かう。
そこは、わたしが卒業した小学校の裏にあって、すぐとなりに湖がある公園だ。その中のテーブル付きのベンチが、いつもの場所。
勉強したり、音楽の話をしたり……あのころは、楽しかったなぁ。
足を止めずに走り続けて到着すると、あらくなった息を整える。
みんながいるか確認しようと木の後ろにかくれてそっとのぞいてみると、集合時間より早い時間なのに、すでにそろっていた。あそこにいないのは、わたし1人だけ。おくれて行くのは、ちょっと気まずい……。
「ねえ玲央。秋帆は誘ったんだよね?」
ベンチの奥の右側に座っている、
玲奈ちゃんは、キャップをかぶったポニーテールの子。サッパリした性格で歌がすごく上手な、玲央くんの双子の妹だ。
頬杖をついて、退屈そうにしている。
「うん。来てくれるかわからないけど、でもきっと来る」
テーブルをはさんで、玲奈ちゃんの向かいに座っているのは、おととい電話をくれた玲央くん。
玲奈ちゃんと色ちがいでおそろいのキャップをかぶっていて、ハキハキ話す明るい子。そして、わたしたちのリーダー的存在だ。
「な、奏」
「……」
玲央くんの笑顔にほほ笑みかえして無言でうなずいたのは、
ショートボブのサラサラした黒髪が綺麗な子で、わたしがケンカして顔を合わせづらい相手だ。まったく話さないのが理由で、みんなから「無口くん」というあだ名をつけられている。
「ど、どうしよう……」
あんなに期待してくれているのなら、顔を見せないとだよね……! 気まずいなんて、考えていられない。ただでさえ待たせているんだし。
「こ、こんにちはっ!」
思いきって木の後ろから姿を見せると、3人の視線がいっせいにわたしに向けられた。
「秋帆、来てくれたんだ!」
「やった!」
玲央くんと玲奈ちゃんが、声をあげて喜んだ。
ただ1人、奏くんだけは気まずそうに目をそらしてしまう。
「こっちだよ、秋帆。座って」
玲奈ちゃんがわたしの手を引っ張って、となりに座らせてくれた。正面は、奏くんだ。顔を合わせると、さっきと同じように目が合わなくなった。
やっぱり、わたしのことが嫌いなのかな……。
「えー、コホン。本日集まってもらったのは、音楽フェスについての話し合いをするためでぇーございまぁす!」
玲央くんが、大げさに咳ばらいをして場の空気を和ませた。
奏くんの目が玲央くんに向けられるのを見て、緊張がなくなって安心したような……奏くんの気持ちがわからなくて不安になるような……ちょっとだけ嫌な感じがして、わたしは首をよこにふって考えを消した。
玲央くんと玲奈ちゃんは、そんなわたしに気がついたみたいだけれど、何も言わなかった。
「夏の音楽フェス。4人で出たいと思っているんだけど、どうかな?」
玲央くんの真剣な気持ちが、声音や表情から、ひしひしと伝わってくる。
電話では軽い口調だったけど、本当はこんなに真剣な顔をするくらい、フェスに参加したいんだよね。
「……うん」
よく耳をすませないと聞こえない小さな声がして、玲央くんと玲奈ちゃんとわたしは息ぴったりに奏くんを見た。
ひかえめな奏くんが真っ先にうなずくなんて……おどろいて声にもならない。
「……そっか……奏、ありがとうな!」
はじめはおどろいていた玲央くんが、奏くんにまぶしい笑顔を見せた。とってもうれしそうで、わたしの気持ちも温かくなる。
「もちろん、あたしは賛成。秋帆は?」
玲奈ちゃんもキュッと目を細めた。
続けて、わたしに聞く。
「賛成だよ。ところで、それは前みたいに4人で活動するってことだよね?」
わたしと奏くんが気まずくなってから、なんとなく活動できていなかった音楽のグループ。
玲奈ちゃんがベースとボーカルで、玲央くんがドラム、奏くんがキーボード、わたしがギターだ。
いろいろな曲を演奏したり、ある時はオリジナル曲を作ってみたり……たくさんの楽しかった思い出がある。
「そう。んで、集まってくれたということは、すっげーやる気があるってことで合ってるよな?」
ホッとした表情の玲央くんの言葉に、全員が首をたてにふった。
「そこで提案がある。フェスで披露する曲は、俺たちが初めてカバーした曲にしないか?」
「小米雪の『絆』だね。すっごく好き!」
玲奈ちゃんが笑顔を見せる。
小米雪とは、テレビに多く出演する大人気バンドの名前だ。有名な音楽番組では常連で、老若男女問わずみんなに知られている。そんな小米雪の楽曲の中でも特に有名で人気なものが『絆』なんだ。
「あたしやりたい! ……って、玲央と2人で話し合ったから言うまでもないね」
「わたしも、それがいいな」
「奏は?」
玲央くんが奏くんに聞くと、奏くんは何度もうなずいた。それから、さっきよりも小さな声でボソボソと何か言ったけれど、まったく聞こえないから、みんなで耳を近づけた。すると、奏くんはあわてて「あ、あの、ね」と言葉に詰まりながら話す。
「練習、の、じ、時間ないから……僕も、賛成……」
「うん、そうだな。時間も大事!」
玲央くんはニカッと太陽のように笑って、奏くんに「ありがとな」と声をかける。
奏くんは少しうつむくとコクリとして、ほんの少しはにかんだ。
「よしっ、じゃあみんな、さっそく今日から練習しよう! また前みたいに、奏ん家で練習できるかな?」
玲央くんが奏くんに聞くと、奏くんはカバンからスマホを取り出して、タプタプ画面をたたく。それから席を離れながらスマホを耳に持っていって、何やら話しているみたい。少し間が空いてもどってくると、玲央くんに右手でオーケーサインを出した。
家で練習できるよ、というときの仕草だ。
「サンキュー! そんじゃ、このあと楽器を持って奏ん家に集合……と思ったけど、玲奈も秋帆も持ってきてるな。一緒に行くか」
玲央くんは準備万端なわたしたちを見て、顔いっぱいに笑顔を広げた。
わたしたちは笑いあって、奏くんの家へ向かって歩きはじめた。
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