第5話 ダンジョン感マシマシ
「……悪かったわ」
「いや、いいよ。話すより体験した方が分かりやすいだろうし」
ともあれ、俺たちはひとまず辺りを探索してみることに決めた。
石レンガの部屋には普通に出口があったので、そちらの方に進んでみる。
廊下の壁には、まばらにランタンっぽいなにかが備え付けてあって、一つ拝借しようかとも思ったけれど、強く固定されていたので諦めた。
「そういえば、あなた名前は何ていうの?」
「人に名乗る時は……まあいいかそういうの。間宮一郎だよ。間宮でも一郎でも好きな方で呼んでくれ」
「そう。じゃあ一郎くんで。まみやってなんか舌が絡まるし」
「そうかな……ところで、こっちは何て呼べば良いんだ?」
「村上葵。好きなように呼んでくれていいわ」
「じゃあ村上さんで」
「無難ね」
まあ、素直に謝ってくれる辺り、悪い人ではないんだろう。
今のところ気になるところと言えば、ちょっと歩くのが早いってことくらいだ。
まあ、俺がインドア派過ぎて常人の歩き方を忘れているだけかもしれない。
いかにも動きやすそうなジャージ姿で、突然走り出しているわけでもないし、これくらいは別に気にしなくていいや。
「不思議なところね」
「ああ、いかにも地下牢……もしくはダンジョンって感じだ」
いや、そもそもダンジョンは地下牢って意味だっけか。
忘れたけど、ニュアンス的には後者の方がしっくりくるな。
「私そこら辺詳しくないのよね。ファンタジー……っていうんだっけ?」
「うん。って言っても、これくらいなら、全然現代でもありそうだけど」
もしこれで、宙に浮くクリスタルだとか、ガイコツ戦士とかが出てきたら確信できるんだが。
今のところ、なんとなく雰囲気がそれっぽいってだけで、確信に至る何かがあるわけじゃない。
「案外、ただの地下鉄とかかもしれないわ」
「日本にこんな場所残ってるかなぁ」
地域をよくよく調べたら、案外、こういう場所もあるのかもしれない。
とは言え、別に俺の棲んでる地域にそこまで伝統文化なさそうだしなぁ。
奈良とか京都とかならともかく、新興住宅地の周辺にこんな古風な遺跡無いと思う。
わかんない。俺に地元愛がなさすぎるだけで、本当に調べたらあるのかもしれないけど。
「あ、そろそろ広間に出るわ」
「マジ? なんでわかるんだ?」
「風通し?」
「野生の姫君かなにか?」
「セクハラ?」
「なんでだよ」
質問に質問を重ねるテキトーな会話を繰り広げていたら、本当に広間っぽい場所が見えた。
半分冗談だと思っていたので、素直に関心してしまう。
見たところ、壁や床の材質は変わらず、石レンガのままではあるけれど。
そんなことより、重要な光景が俺の目に飛び込んできた。
「これは……!」
倒れた鉄格子や途切れた鎖、割れたタル。
その全てが風化した趣を醸し出している、ダンジョン感マシマシの内装。
どこぞのダンジョンクロウルゲームでみたような光景が、現実の眼前に広がっている。
「すごいぞ葵くん!」
「急に博士ね」
「ここは紛れもなくダンジョンなんだ!」
「そうなんだ」
なんだそのテキトーな対応は。
VRでもARでもデスクトップでもコンシューマーでもない、現実世界にこの光景が広がっていることの素晴らしさがわからんのか。
見たまえ、このいかにもドロップアイテムのありそうな牢屋の数々を。
お手軽装飾アイテムの白骨死体に頼らない、ファンタジー感を。
少し踏み入れば足元の鎖がジャラリと音を鳴らす、ユーザーエクスペリエンスへのこだわりを。
「こりゃきっとどこかに宝箱もあるぞぉ!」
「どうでもいいけど、はしゃぎすぎて転ばないでね」
「何を言う! ダンジョン探索の基本は常に気を抜かず、目の前の全てを見逃さないことだぞ!」
一歩間違えれば壁から出た槍で串刺しになる世界だぞ。
天井から岩が転がり落ちてくるような世界だぞ。
数多くのダンジョン探索ゲームで培った、俺の探索能力を舐めないで頂きたい。
「だったらなんでそこの箱見逃してるのよ」
「は?」
言われて気づいた。
広間に入って、左手側すぐのところ。
鉄格子の外れた手前の牢屋の隅に、いかにもな箱が置いてある。
あの、ファンタジーでよくあるチェストというやつだ。
上にガバって開いて半身突っ込みながら中身を漁るあれだ。
簡単に言えば宝箱だ。
「うっひょ~!」
「ちょっと! 警戒はどうしたのよ!」
ああん、警戒だとぉ?
こんな始まってすぐ置いてある宝箱に罠が仕掛けられているわけないだろう。
そうか、村上さんはゲームをやらないからわからないんだな。
「こいつはきっと初期装備ってやつだよ。ダンジョン探索者へのサービスに違いないさ!」
いわゆるお約束ってやつだ。
そりゃ、この環境が何回もリトライすることを前提とした、いわゆる死にゲーみたいなものだとしたら、話は変わってくるけどさ。
俺たちはまだゲームを始めたばかりなわけだし、こんな初心者の心を挫く場所になにかあるわけ……
「いってぇ!」
「は?」
呆れたような声と一緒に痛覚。
見ると、宝箱から鋭利な牙のような何かが突き出している。
ああ、これひょっとして……
『ギュイーン』
そっか、そういや俺たち、ここまで来るだけで既に4回やり直してるんだもんな。
『ドオォォンッ!!』
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