甘い死をあなたに

大餅 おしるこ

第1死 擦過燐

これはある甘いお話。

黒いスーツを纏う、銃使いの黒髪の少女。

甘いとは正反対の、生と死をかけた日々。

ある部屋へ突撃したとき、少女はある出会いをする。


「お嬢! 行きますぜ!」


「……あぁ。」


バーンとドアを蹴破り、中へ入る。


「……あれ? 親玉は?」


「チッ、逃げられたか。

お前らは別の部屋を探せ。

出口は塞いでるから逃げられない。

どこかに隠れているはずだ。

私はこの部屋を一応見ていく。」


「了解!」


男たちが部屋を出ていく。


「……ん?」


「あ、あ……。

こ、殺さないで……!」


「何だお前?

情報にないな、息子なんていたか?

名前は?」


「れ、れんって言われてて……。」


「フン、隠し子か。

よくある話だな。

邪魔にしかならん。

殺しておくか。」


ガチャリと銃を向ける。


「ひっ……!

ま、待って!」


最後の力を振り絞って連と言われた男の子は女の子に抱き着く。


「あぁもう、今から死ぬのに鬱陶しい奴だな!

……くぁ……。

うん?」


あくび?

こんな時に?


「お嬢! いましたz……。

てめぇ! お嬢に何してやがる!」


「ひっ!」


「ま、待て!」


「お嬢? 銃でも突き付けられてるんですかい?」


「いや、気になることがある。

本当なら親玉は私が殺りたいところだが、任せる。

私はこいつに用があるんでな。」


「了解。

若い奴置いときましょうか?」


「二人がいい。

大丈夫だ、ヘマはしない。」


「承知。」


男が出て行った。


「……連とか言ったな。」


「あ。

す、すみません。

わけもわからず抱き着いちゃって。」


冷静さを取り戻りたのか、連が離れる。


「……ふむ。」


「あ、あの……?」


「痣だらけだな。

お前、ここの親玉に暴行でも受けていたのか?」


「はい、邪魔者でしたね。

生きていると都合が悪いとかで……。

……ふぅ、覚悟が出来ました。

どうぞ。

殺してください。」


「まぁ待て、死に急ぐな。

ちょっと頼みがある。

目隠しをして耳を塞ぐぞ。」


「……? はい。」




体中を軽く叩かれた後、

何か盛大にクラシックがかかるヘッドホンと

どう目をやっても周囲が見えない目隠しをされる。

しばらくして背中が少し押される。

歩け、かな。

体勢から車に乗った気がする。

そこから時間がたち、再び歩く。

体の感覚からエレベーターに乗ったようだ。

また歩いて服が引かれたので足を止めた。

ヘッドホンと目隠しが外された。


「……あれ?」


周囲を見渡すと、割と広い部屋。

どこかとかはあまり気にならなかった。


「聞こえるか?」


「あ、はい。」


「自己紹介が済んでなかったな。

まぁ私は捨て子でな、名前がないんだが。

擦過さっか りんと一応名前をもらっている。」


「燐、さん。」


「燐でいい。」


「はい。」


「ここがどこかは聞かないのか?」


「あまり気にならないというか……、

もともと死ぬ運命でしたし、

どうあってもいいというか……。」


「向こうにソファーがあるだろう。」


「ありますね、革の立派な。」


「頼みがあるんでな、座れ。」


「はい。」


ソファーに座ると、燐が隣に座る。


「あ、すいません。

先に座っちゃって……!」


「何を怯えている?」


「いや、あの。」


「邪魔者だった、というのは嘘じゃないらしいな。」


「……はい。」


「頼みというのはな、ちょっとな。」


「ん?」


「この部屋にいる限りは自由にしていい。

ただしこの部屋からは出られない。

まぁ、監禁にはなるか。」


「はい。」


「……変な奴だな。

嫌じゃないのか?」


「えぇ。」


「さっき、私に抱き着いたろう?」


「す、すみません!

気が動転してて……!」


「そうじゃない。

最後まで聞け。」


「は、はい。」


「こんな世界で生きていると眠れなくてな、

私の場合は睡眠不足が特に酷い。」


「目のクマ、酷いですもんね。」


「医師の見立てでは、

いい加減まともな睡眠をとらないとそろそろ死ぬらしい。」


「え!?」


「お前が抱き着いたとき、久しぶりにあくびが出た。

そこでだ。」


「はい。」


「頼みというのはな、私を抱いて寝てみてくれないか。」


「えぇ!?」


「この格好では寝れんな。

着替えるか。」


上着を脱ぐ燐。


「ちょ、ちょっと!

僕がいますよ!?」


「ん?

なんだ、真っ赤だぞ。」


「そんなに、ぽんぽん見るものでなくて……。」


「……。

初心な奴だな、分かった。

向こうで着替えてくる。」


仕切りの向こうで燐が着替えている。


「待たせたな。」


「可愛いパジャマだね……?」


「ピンクが好きでな、口外したら殺してやる。」


「覚悟はできてます。」


「……クソ真面目な奴だな、冗談も通じないのか。

ほら、お前の着替えだ。

向こうで着替えて来い。」


「はい。」


着替えを受け取って仕切りの向こうで着替える。

シンプルな部屋着だった。


「さて、寝るか。」


「あの、どこまで本当なんですか?」


「何がだ?」


「抱きしめて寝るって、嘘ですよね?」


「そこは真に受けないのか……。

嘘は言っていない。

頼みだと言っているのに嘘を言うバカがどこにいる。」


「えぇ……。」


電気が消え、ベッドに入る燐。


「何してる、早く来い。」


「は、はい。」


少し離れて燐の隣に入る。

ベッドはセミダブルなのか狭くはない。


「ほら、後ろから。

早くしてくれ。

待ちきれない。」


「し、失礼します!」


嘘か本当か、覚悟を決めて燐を抱きしめる。


「くぁ……。」


「燐?」


「やっぱりだ。

お前が接触すると眠くなる。

あ、ダメなやつだこれ。」


「ほ、本当に?」


「ふあぁぁぁ……。

あ、寝る……、寝るぅ……。

すぅ……、すぅ……。」


「ね、寝ちゃった……。」




しばらくして。


「っ!」


ガバッと体を起こす燐。


「起きた? おはよう。」


「私、寝てたのか?」


「よく寝てたよ。」


「……殺さなかったのか?」


「へ? なんで?」


「考えもしなかったって顔してるな。」


「理由がない。」


「ふむ。

ではビジネス関係が成り立ったと考えていいか?」


「僕はここにいる限り安全で。」


「私は眠れる、ということだな。」


「生きれると思ったらここがどこか気になってきました。」


「ん? 私の部屋だが。」


「あぁ、燐の部屋……、部屋ぁ!?」


「じゃなければ寝たりしないだろうが。

うあぁぁ、バカみたいに体が軽い……。

だが、久しく寝たから逆に具合が悪い。

変な感じだな。

さて、着替えるか。」


上着を手にかける燐。


「燐! 待って!待って!」


「あ。

そうだった、連がいるんだったな。」


「まぁ自分の部屋だったらね。」


仕切りまで歩いて行って燐が着替えている。


「適当に漁ってていいぞー。」


「え? 勝手に?」


「私は料理なんざせんからな。」


「そうなんだ。

よっと。」


ベッドから起きて台所まで歩いていく。

なんでもついてるね……。


「ん? 連? どこにいった?」


スーツに着替えた燐が連を探して見回す。


「台所ー。

焼きそばでも作るよ。

……で、いい?」


「焼きなにだって?」


「焼きそば。」


「なんだそれは。」


「ソースを絡めて焼いた麺?」


「ん? ……ん?」


「ちょっと待っててね。」


手際よくフライパンを回し焼きそばを炒める。


「おぉ、いい香りだな……。」


「はい、お待たせ。」


「どうやって食べたらいいんだ、これは。」


「お箸で適量つまんでも……、あ。

慣れてないならフォークにしよう。」


フォークを出すと不思議そうに見ている燐。


「使ったことがない。」


「刺して回す感じ?」


「こうか?」


麺の山にフォークを突き刺してぐるぐる回している。


「そんな感じ。」


「むぐむぐ……、お。

うまい。」


「よかった。」


「燐、髪ぼさぼさだね。」


「めんどくさくてな。

いつもうちの若いもんに直してもらっている。」


「よかったらやろうか?」


「……いいのか?

お前に利益なんざないが。」


「いいからいいから。」


洗面所からブラシをとってきて燐の髪を梳かす。


「うちのもんみたく無理をしないんだな。

気持ちがいい。」


「そう?

ちょっと癖ついちゃってるね。

整髪料ある?」


「洗面所になかったか?」


「見てくるね。」


洗面所に再び行くと、離れた場所に整髪料がおいてあった。

ドライヤーもあるね、持っていこう。

癖のついている部分に数回スプレーを吹く。

前髪も癖がついているので手を翳す。

驚いた燐が飛びのく。


「手をなぜ翳す?」


「顔にかかるでしょ?」


「へ?

あ、そういう意味か。

恐ろしいほどに気が回るな、お前は。」


「向こうではそんな感じだったから……。」


「すまん、悪いことを言った。」


「ううん。」


ドライヤーをかけながら髪を梳かす。


「綺麗な髪だね。

ストレートパーマかけてるの?」


「なんだそれは。」


「地毛なんだね。」


「詳しいんだな。

何を言っているのか全然わからん。」


「熱いアイロンみたいなのあてたりした?」


「私の髪は服か。」


「じゃなくて、ヘアアイロン。」


「へああいろん?

よく分からんが、洒落ものには疎くてな。

そういった類のものは自分にはしてない。

私の仕事は人殺しだからな。」


「あ、そっか。

燐可愛いから、忘れてたよ。」


「……今、なんて言った?」


「ごめん、調子に乗った。」


「……じゃなくて、なんて言った?」


「可愛いなって……。」


「私が?」


「燐が。」


「嘘だろう?」


「嘘じゃない。」


「……若いもんに言われたことなんざないが。」


「気を遣って言わないだけじゃない?」


「そうか。」


「というか、燐は若いのに若いもんって言うんだね?」


「親父がそう言ってるから自然とな。」


「り……。

あ、いいや。」


「何だ?」


「僕おかしいみたい。

すごく失礼なことを聞こうとしてた。」


「いいから言えよ。」


「生まれが大変なのに、上の人なのかなって……。」


「あぁ、捨て子の話か。

成績がいいだけなんでな。

自然と人を使う側になった。」


「へぇー。」


「……あ。」


「どうしたの?」


「銃を離して寝てたな。

こんなこと今まではなかったんだが。」


「あれのこと?」


テーブルに置かれている銃に向いて言う。


「あぁ、普通の人間では扱えん銃だ。」


「大きいね。」


「デザートイーグル50AEと言ってな。

両手でちゃんと構えて撃たんと肩が外れる。

一発で象を殺せる代物だ。」


「え?

そんなすごい銃を燐が使ってるの?」


「揶揄い半分に渡された。

肩が外れても撃てるもんなら撃ってみろと言われてな。

ぶっぱなしたら見事に右の肩が外れてな。」


「大丈夫だったの?」


「肝が据わっていると可愛がられた。」


「強いね。」


「何でもやらんと舐められるからな。

……くぁ……。」


「燐?」


「どうもいかん。

連に触られると眠くて仕方ない。」


「僕って何なのさ……。」


「知らん。

ただ一つ明らかなのは、お前が私にとって必要なことだけだ。」


「うん。 あれ?

綺麗なセミロングだけどちょっとここだけ不自然に短い。」


「そこか?

撃たれて髪が飛んだんじゃないか?」


「えっ!?」


「よくあるが……?」


「なんかお互い慣れてる部分が極端だね。」


「かもしれんな。」


雑談していると、扉が開く。


「お嬢、入りま……あれ!? 髪直したんですかい?」


「連にやってもらった。

お前より筋がいいぞ。」


「いい匂いもします。

朝飯作ったんですかい?」


「それも連にな。」


「お前器用だな……。」


「あはは……。」


「お嬢、例のやつの時間です。」


「あぁ、今行く。」


「待ってやす。」


扉が閉じる。


「いってらっしゃい?」


「あぁ、行ってくる。」


扉を開けて燐が出ていく。


「あれ。

燐、扉閉め忘れてるよー。」


扉を少し開けて顔を出して周囲を見回すが誰もいない。

逃げるなら、今だ。

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