第3話 予想通りだよ(怒)
(重い)
ヴィオレッタがかっちりと着こなした深緑の軍服には、襟元や胸元に幾つものバッジが付けられていた。
付けられているバッジ一つ一つがまあまあな重さをしており、正直言って肩が凝るので嫌いなのだが、これでも本来付けなくてはいけない量の三分の二程度だというのだから恐ろしい。
そして簡易ながらこうやって正装しないといけない呼び出しに
(嫌な予感しかしないんだよなあ……帰りたい)
一つ幾らするのか考えるだけで気が遠くなるような、品のあるアンティークの調度品に囲まれた、グラッセ帝国王宮の一室。
参謀本部の会議室としても使われる部屋で、ヴィオレッタはそんな感情を全力で隠して直立していた。
目の前の長机に座っているのは、ヴィオレッタの指揮する特殊部隊〈
鬼畜宰相ことルヴァルク・シェル・マクシミリアン公爵。
そして、軍のトップに君臨する元帥の地位にいるヴィオレッタの上司であり、宰相と並ぶ公爵位を持つ忠臣。
【皇帝の左腕】とも言われる悪魔元帥ことイレウス・オド・ローズベリアム大将。
宰相閣下は目の前で机に肘をつき組んだ手の上に顎を乗せながら、女であれば国を傾けることもできそうな麗しい笑みを浮かべ、元帥閣下は何が楽しいのかニヤニヤと笑っている。
宰相が浮かべる笑みは常人ならフラッとくるような、もはや凶器と言っても過言ではないものだが、その笑みが腹黒宰相が厄介事を言い出す前兆だと知っているヴィオレッタは、不安しか胸になかった。
「ヴィオレッタ・エル・ヴァイオレット大佐」
「はっ」
ヴィオレッタが提出した討伐報告書の確認が終わってから、そう切り出した宰相閣下に、ヴィオレッタは短く返事を返した。
「まずは討伐が終わってすぐにも関わらず、急に呼び出した事を詫びよう」
「すまなかったなあ」
(マジでそうだよ。休ませろ、鬼畜と悪魔め。過労で倒れたらどうしてくれる。
あと元帥、あんた絶対に悪いと思ってないだろ。
顔がニヤついてるし、語尾が伸びてるぞ、語尾が‼︎)
なんていう胸中の暴言は一切悟らせずに、ヴィオレッタは
「いえ。たとえ火の中水の中、陛下と閣下達の御命令とあればどこにでも馳せ参じるのが軍人としての務めですので」
と軍人として百点満点の回答を返してみせる。
「それは素晴らしい。さて、ヴィオレッタくん。君は十五歳で間違いないかな?」
「はい。入隊時に測定もしているので間違い無いかと」
急に当たり前のことを確認してくる宰相に、遂に
「よし来た。そしてヴィー、お前はその歳で既に皇国からの機密文書回収を何度も成功させ、敵幹部を戦闘不能に追い込んだり、魔獣の討伐でも戦功を挙げ、
それにより大佐に昇格。
加えて【牙城】と【白銀】の二大称号を獲得し、現在は帝国暗部〈鴉〉及び魔獣討伐部隊の隊長としても活躍中。間違いは?」
「……ありません」
うん。全部事実ですね。
でも、なぜ今それをつらつらと述べる必要があるのでしょうか。
是非お聞かせ願いたいですね、元帥閣下?
「うむ」
そして、何故お二人はそんな楽しそうに笑っていらっしゃるのでしょうかっ⁉︎
もはやその笑顔は凶悪と言ってもよろしいですよ?
「やはりこの任務はヴィオレッタ・エル・ヴァイオレット大佐、貴官が適任だろう」
あ、元帥の笑みが一層深まった。
……逃げたい。
「場合によっては今までのどの任務よりも面倒事や負担が付き
「ハハッ、ヴィー。長期任務になるが、これも帝国の為だ。
いつもよりも少し大変かもしれないが、お前ならできると信じてるからな」
元帥の声はヴィオレッタには一部を除いて届いてなかった。
宰相の言った事があまりに衝撃的過ぎて心が大荒れ状態だったからだ。
具体的には、
(おおう。この宰相、ふんわりとした笑みを浮かべながらすごい事言ったぞ)
という、戸惑いが上限突破してしまい、感動に近い感情すら湧き始めているほどだった。
(え、何この宰相、今までの任務が特殊ではないとオッシャル……?
てか、元帥なんかいつもより少し大変とか言ってなかった……?)
たった一人で敵の参謀本部にある作戦立案書を帝国に持ち帰るという任務が、皇国の最上位将軍の暗殺任務が、特殊任務ではないと。
そしてそれらの任務や、D、C、B、A、Sの五段階に分かれる魔獣の危険度の内、最高危険度のSランクの魔獣の討伐任務よりも「少し大変な」任務ですか……ハハッ‼︎
マジで目の前の二人の精神を疑う。SAN値チェックをしたほうがいいと思う。
ま、ともかく。
(全力でお断り申し上げたい。いや、分かってはいるんだ。
今回みたいに宰相が穏やかに、元帥がニヤニヤと楽しそうに笑っている時の任務は、絶対に厄介だが断れない類の任務だって)
何より、軍人は上の命令が絶対。どれだけ嫌でも、どれだけ逃げたくても。
許される返事はハイもしくはイエスのみだ。
(今ここで過労でぶっ倒れたら休めるかもしれないけど)
極寒の中魔獣討伐の遠征に出向き、それから帰ってきたわずか二日後に呼び出しがかけられる。
うん。今ぶっ倒れても怒られない気がする。
(まあ、そんな繊細な体してないから無理なんだけど)
結局ヴィオレッタに出来るのは、予想通り面倒事に巻き込まれそうなのに回避出来ない己の無力さを噛み締め、せめて少しでも生存率の高い任務である事を祈りながら、
「ありがたいお言葉感謝致します。閣下達のご命令とあらば、死力を尽くします」
と、体の後ろで手は組んだまま軍人として無難な答えを返し、ヴィオレッタの答えに満足げに笑う二人を、心の中で鬼畜と悪魔と言って怒りをぶつける事ぐらいだった。
そんなヴィオレッタの内心など知ったことかというように、元帥はニヤリと笑みを深くして任務の内容を告げた。
「うん。ヴィー、いや、ヴィオレッタ・エル・ヴァイオレット大佐、貴官には今春からグラッセ国立学園の生徒になってもらう」
「…………は、い?」
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