二度かけられたブレーキ
ろくろわ
彼は何故金網に突っ込んだのか。
その事故が起きたのは、この下り坂を降りきった先のT字路であった。下り坂でスピードの乗った自転車がT字路を曲がりきれずに金網のフェンスにぶつかったのだ。
だけどその事故は何処かおかしい。
フェンスの近くギリギリに残るブレーキの跡。自転車に乗り慣れている先輩が起こした事故。
僕はそれを確かめるべく、事の経緯を話した
「ここに君の先輩はぶつかったようだね」
高橋の言う通り、現場の金網には確かに自転車がぶつかったようなへこんだ跡が残っていた。
「そしてぶつかる直前にかけられたと思われるブレーキの跡」
「あぁ、金網のフェンスがへこむ程だ。余程のスピードが出ていないとそんな事にはならない筈だ。ブレーキ跡がギリギリ言う事は、殆どスピードが落ちないまま突っ込んだと思う」
「そうだねぇ」
高橋は僕の言葉半分に、フェンスを見たり近くの道路を見回したりした後、頂上へと続く上り坂を見上げた。
「これ以上、ここには何もなさそうだね。取り敢えず君の先輩が来た道を辿ってみようか。なあに、ここらから頂上までは四キロ。歩いて一時間程だ」
「あっ、ちょっと待ってよ」
高橋は僕の返事を待たず、一人で坂を上り始めた。
頂上へと続く道は、徐々に辺りを木々が覆い始め、作られた影に吹く風が心地よかった。
僕達が峠道を上り始めていくらか経った頃だった。道路に自転車のブレーキ跡を高橋が見つけた。
「ねぇ、これはさっき下で見た君の先輩の自転車のブレーキの跡に似ているね」
「本当だ。先輩、ここで一度ブレーキかけていたんだ」
「あぁ。だけどこれはちょっとおかしいね」
僕は高橋が言った、ちょっとおかしい所がよく分からず、首をかしげた。そんな様子に高橋はブレーキ跡の残る道路を指差し、その後に僕に指を二つ立てながら話し出した。
「一つ。何故こんな所で急ブレーキをかけたのか?二つ。少なくても先程見た金網のフェンスをへこませるには、再びスピードが出るまで漕がなければいけないが、何故再び必要以上のスピードを出す必要があったのか、だ」
「どうして急ブレーキがかけられたと分かるんだい?」
「下りの峠道だ。普通ならある程度はブレーキを握りながらスピードをコントロールする筈だ。だが、このブレーキ跡は最初が色濃く、下るに連れて薄くなっているだろ?これは急にブレーキをかけた事で地面との摩擦が強くゴムが削れたからだろう。スピードが落ちるにつれ摩擦も少なくなったからブレーキ跡は薄くなったんだよ。つまり止まれるくらいスピードは緩まった筈だ」
「成る程。でも何故急にブレーキをかけたんだろう?」
「それを調べる為にもう少し上ってみよう」
高橋の背中を追って頂上へ向かい歩いたが、その後は何もなく、進展があったのは頂上近くのお食事処『鴨そば』の店主に会った時だった。臨時休業中だったみたいだが、偶々店の前にいた店主に話を聞く事が出来た。
店主曰く、先輩は事故の前にこの店に立ち寄ったらしいが、その時特に変わった様子はなかったようだった。
「店主、臨時休業なのはその手のせいですか?」
不意に高橋が店主の話に割って来た。確かに高橋が指摘した通り、店主の右手には少し大きな包帯が巻いてあった。
「あぁ、二~三日前に包丁でざっくりといってな。頑張って見たけど、どうにも上手く料理が出来なくてよ。暫くは休業だよ」
高橋は苦い顔の店主の答えを聞くと「ブレーキの謎が何となく分かったよ」と興味を失くしたように言い、帰ろうと再び峠を下りだした。
「分かったってどういう事だよ?」
僕の質問に高橋は「あと数日すればわかるよ」と答えただけだった。
◆
数日後、お食事処『鴨そば』で食中毒が出たとニュースが流れた。高橋はそのニュースを聞き、先輩の事故について考えを教えてくれた。
「ねぇ、もし自転車に乗ってて急に腹痛に襲われたらどうする?」
「そりゃあ自転車を急いで止めるかな?」
「お腹の痛みが引いたら?」
「直ぐにトイレを探すかな?あっ、もしかして」
「あぁ多分な、その先輩は『鴨そば』で食べた物にあたったんだよ。あの店主、手を怪我していたしたな」
「成る程。それで腹痛がおさまったタイミングでトイレを探すために再びスピードを出して」
「T字路前で二度目の急ブレーキをかけたが曲がりきれずにフェンスにぶつかった」
「そう言う事。後で先輩に聞いてみるといいよ。今日退院だっただろ?」
「うん」
先輩はフェンスにぶつかったが、幸いにも腕を折る怪我で済んでいた。
僕はきっと事故の理由を答えてくれない先輩が、高橋の推理を聞いた時の反応を見て、答え合わせをしようと思った。
了
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