第4話

―リャザン空挺軍大学 寮―


「ねぇ、ヴァーリャ」

「何?エカテリーナ」

「ヴァーリャはなんで軍に志願したの?」

「...つまらない話だが、聞くか?」

「うん、詳しく聞かせてよ」

⦅忘れもしない、あれは2014年にチェチェンのグロズヌイに旅行に行った時のことだ。

 その時は12月で13℃くらいで、風が涼しく過ごしやすかったのをよく覚えている。

 


―チェチェン・イングーシ自治共和国 グロズヌイ マヤコフスキー通り―


「えーとワインはどこで売ってるんだっけ…」

 母がスマホと睨めっこしながら酒屋を探す。

「そこの信号渡ってすぐ横です。もう忘れたんですか?忘れっぽいですね」

「ありがとうヴァーリャ」

「…別に」

 特になにも話さず酒屋へ向かう。

「じゃあ、お母さんはこの列に並ぶから、ヴァーリャはそこら辺ふらふらしてて」

「はーい」


 数十分後


パァンパァン

「⁉︎」

 突如弾けるような、街中には似つかわしくない音が響き渡る。

「発砲…?でも銃の所持は猟銃しか許可されてないはずじゃ…」

 音の方向を見てみると20〜30人ほどの警察官らしき人達が道路のパトロール所に向けて発砲していた。

ドォン

 突如パトカーが爆発する。

 人々はパニックになり、一斉にこっちに傾れ込む。

ドッ

 逃げ惑う人に巻き込まれ、バランスを崩し、倒れ込んでしまう。

「イテテ…」

 人の波が過ぎ去った後、誰かが通報したのか警察が到着しており、先程の警察官らしき人達はこっちに移動していた。

 何かを探しているのか周りをキョロキョロしており、やがて私と目があった。

「!」

 こちらを見つけた途端すごい形相で駆け寄ってきて私の腕を掴んだ。

「えっ、あっ、ちょっ、離してください!」

 そして私を引きずって近くの建物に立てこもった。

「何するんですか!」

「黙ってろ。お前は人質だ。大人しくしてろ」

「離してー!」

「うっせえな。こっちこい」

そう言って服を掴まれ備品置き場のような狭いところに放り込まれる。

「暴れるんじゃねえぞ」

そう言って紐を手足を縛られ、部屋には鍵がかけられる

「お前達は包囲されている!人質を解放しろ!」

 壁に遮られており小さい音だが、外も音が聞こえてくる。

「これはソ連政府がイスラム教徒へ行っている抑圧の代償である!見るがいい!お前達の罪の代償を!」

パァン

「キャァーーーー!」

 銃声とともに悲鳴が聞こえてくる。

「これ以上の抵抗は無駄だ!いい加減やめるんだ!」

「やめろぉ…、やめてくれぇ…殺さないでくれ!」

「我々の怒りを思い知れ!」

パァン

「キャァーーーー!」

 他の人質が殺されているらしく自分もそうなるのかもしれないと思うと途端に恐怖が湧き上がってくる。

「お父さん…お母さん…助けてよ…」

ドン ドン ‥ドォン

 少しして、下からドアを強く叩くような音とともに金属が破壊される鈍い音が響き渡った。

「何?何?なんなの?」

パァンパァン パン パン

‎「تَكْبِيرٌ(アッラーは最も偉大なり)」

ドォン

 連続して銃声が響きわたる。度々悲鳴が聞こえ、度々爆発音が聞こえる。

パン チューン… カン

「ひぇっ!」

 ドアに玉が当たったのか、硬い金属音が鳴る。

「私…死ぬの…?」

 途端に恐怖が込み上げてくる。手が震え、背筋が凍り、不安と寂しさで頭がいっぱいになる。

「ハァ…ハァ…うっ、うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」

 堰を切ったかのように涙が溢れる。

 声を抑えなくてはいけないのに耐えきれず溢れてしまう。

 外からは銃声が止むことなく聞こえ続け、着弾音も次第に増える。

ガチャガチャガチャ

 誰かがドアを開けようとしているのか、ドアを強く揺らしている。

 チェーンが擦れる音が聞こえる。

 工具を持っているのか徐々にドアが開き、光が差し込んでくる。

 死ぬんだ、私は今ここで死ぬんだ。

バン

 ドアが勢いよく開く、目をぎゅっと閉じ、防御耐性を取る。

「よう、お嬢ちゃん」

 恐る恐る目を開けると、目の前にはマカロフを持った20歳ほどの軍服を来た男がいた。

 逆光で顔はよく見えない。

 男はこちらにゆっくり近づいてくる。

 反射的に男から離れる。

「大丈夫だったかい?」

 優しい声で話しかけてくる。

 ナイフで手足の縄が解かれ、解放される。

「お父さんやお母さんはどこにいるかわかる?」

 首を横に振る。

「そうか…よく頑張ったな」

 男が頭を撫でてくる。心なしか少し落ち着いてきた。

「これでも飲んで元気だせ」

 男は近くにあったジュースを手に取り、スライドロックになった拳銃の出っ張りを使い、栓を開け、手渡してくる。

 男はそれを見て少し微笑み、立ち上がってマガジンを取り替え、リロードする。

「俺はもう行くよ。仲間に保護してもらうよう頼んでおくから安心してくれ。それじゃ!」

 そう言って彼は外に走り出していく。いつの間にか銃声は止み、辺りにはパトカーのサイレンと喧騒だけが取り残されていた。

「お嬢さん大丈夫?怪我は?」

「特にありません」

 少しして警察が来て私は保護された。

 建物の外に出ると通りには装甲兵員輸送車や手榴弾発射装置、重機関銃が設置されており、この事件の重大さが伺える。

「ヴァーリャ!大丈夫だった?」

 ふと目を向けると両親が駆け寄ってきた。

「本当に心配したんだから…怪我はない?」

「…ない」

「よかった…。それはどうしたの?」

 母が飲み物を指して質問してくる。

「もらった」

「誰に?」

「軍人」

「そう…あとでお礼言わないとね」⦆



―リャザン空挺軍大学 寮―


「…とまぁこんな感じさ」

「ふーん。ヴァーリャは助けてくれたお兄さんに憧れて志願したってこと?」

「…あぁ、そうだ。

 あとはまぁ、祖父の治療費のためかな」

「なんか可愛いー」

「揶揄わないでくれよぉ…」

「ごめんごめん。…でもありがとね」

「?」

「話してくれて」

「別にお礼を言われるようなことでもないよ」

「それじゃ、おやすみ」

「ああ、おやすみ。エカテリーナ」

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