14:攻守交替


 数時間前までは疾風の気持ちがわかなくて不安だったくせにと、現金なやつだと言われてもいい。こんな風に想われてたんだってわかったことが本当に嬉しかった。

 けれど本人的には大恥を晒してしまった疾風がそれを心良く思うわけもない。


「……なに笑ってんだよ。俺はまだ怒ってんだけど」

「へ?」


 まだ赤い顔を不機嫌そうに歪めて茜を見下ろしていた疾風が視界を埋め尽くす。


「……え?」

「おかしな誤解は解けたかよ?」


 彼が話す度に息がかかる。どちらかが少しでも動けば唇同士が当たってしまう程の近距離に、茜の全身に熱が走った。

 耳どころか首まで赤く染まって硬直した茜の頬を疾風が軽くぺちぺちと叩き、そしてゆっくりと上から下へとなぞる。一度だってされたことのない甘さを帯びた指先に、言葉にならぬ悲鳴を上げた。

 咄嗟に疾風を押し退けようと肩を押すけれど、びくともしなかった。むしろその指先は何度も何度も頬を往復する。


「で、誤解解けたわけ?」

「と、解けたっ! 解けたからっ!」


 離れてほしいと明らかに顔に出ているのに、疾風は意地悪く笑った。その顔に思わず見惚れた。


「それで、お前は?」

「……、え?」

「なんであんな誤解したのか、今朝なにを言いかけたのか。挙げ句俺以外の男と出かけた理由。全部吐け」

「え、ヤダ」


 疾風の頬がひくりと引き攣り、茜はしまったと口を手で覆う。部屋の温度が二度ほど下がったような気がした。


「なんだと……?」

「あ、や、そのっ! 今のはつい……!」


 言い訳を探しながら、いや、できれば言いたくはないが。

 そういえば三枝に取って貰ったぬいぐるみはどこへやったかなと、視線だけで探す。ぬいぐるみは鞄と共に足元に落ちていて、安心した。

 でもどうしてわざわざその時にぬいぐるみのことを思い出したのか自分でもわからない。わからないが、結果としてそれが火に油を注いだことは、わかった。

 顎を掴まれて、強引に視線と意識を疾風へと戻される。


「へぇ、そんなにあの先輩の方がいいのか? ああ、そうだよな。俺より先輩の方が優しくて紳士的なんだもんな?」

「やっ、それは売り言葉に買い言葉で!」

「……茜、こっち向け」

「…………え?」


 なんて言えば疾風の気が済むか、巡らせていた思考に急ブレーキがかかる。


 ――ねえ、今、名前、呼んだ?


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